未来放浪記

菅原十人

序章

過去

 ここは研究所だ。どこにその研究所があるのかは不明であり、一般的には存在すら知られていない。

 そして俺はその研究所の被験体だ。


 俺はその研究所の被験体に与えられる個室にいる。最低限の家具しかない殺風景で、白で統一されている個室だ。その数少ない家具であるベッドに俺は腰を下ろしていた。

 


 この研究所では、ある研究をしている。

 それは—————、


「コールドスリープ、か」


 それは人体の体温を下げしばらくの間、体の老化を防ぐ睡眠方法を指すのだとか。

 俺自身別にこれに詳しいわけではない。あくまでこれは、とある人から聞いた知識を俺なりに要約しているだけだ。


 と、部屋につけられたスピーカーから、声が聞こえる。


『・・・・被験体0032。今すぐに実験室に向かうように』


 機械的なアナウンスが部屋に響く。短く要件だけ伝えると、スピーカーの電源は切れた。

 0032というのは俺の認識番号名前だ。どうも俺は実験室にお呼びであるらしい。


「はあ、実験室か・・・・・。ここから結構遠いんだよな」


 誤解を招かぬように言うと行く気が湧かないのは、距離が遠いという問題だけではない。

 そもそも自らの体をいじられに好んで行きたくなる程、俺はマゾではないし。さらにつき加えて今回は、得体の知れない人体改造手術なるモノを施される予定だそうだ。

 別に俺的には今の体のままで満足しているので、そっとしておいて欲しい。自らの肉体の改造なんて、本当に心の底から望んでいない。

 それが本音だ。何があろうと拒否したい。




 けど、仕方ないんだ。負け組の人間には文句を言える権限ちからなどあるはずない。だから、俺は嫌でも従うしかない。


 だって俺は、被験体0032だから。

 







『————値正常。心拍数正常。精神値正常。検査結果被験体0032、異常無し。手術成功率測定中———、完了。成功確率61%。』


 電子音声が、静まり返った実験部屋に響き渡る。

この部屋にはたくさんの機械の姿が垣間


 寝台の上で俺は寝かされており、更に身動きできないようにと全身を固定されている。更に口辺りにはごっついマスクをつけられていた。

 意識は朦朧としていて、すぐにでも眠りに落ちそうだ。

 けど、眠りにつくまではまだ時間がありそうだったので、することもなく視界に入る蠢く機械の腕を黙って見上げていた。


 ・・・・成功確率61%、か。思ったより成功確率高いな。もっと低いのかと思ってた。


『準備完了。被験体0032、施術可能。施術許可、要求。待機状態モード、移行。』


 ああ、・・・・・・・ヤバイ。もう目の前が、ぼやけ、てきた。体がだ、るい。もう意識が・・・・。


『・・・管理者許可、確認。待機状態モード、解除。』


 体から力・・・、抜け、る。何も、見え、な、・・・。


『施術、開始。』


 ・・・・。

 ・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。









 それから意識が戻ったのは、しばらく後の話だ。

 結局、手術は成功したらしい。

 その手術が病気の治療とかなら手放しで喜べたのだが、何というか複雑である。


 いや、生きてるだけマシなのか ?

 というか・・・失敗したらどうなったのだろう・・・ ・?

 いや、多分考えない方が幸せなのだろう。

 少なくとも、今までとはあまり自分の体の感覚は変わってないし(俺的には)。


 後、ついに俺が『コールドスリープ』を受ける日が決まった。


 2日後だそうだ。


 2日後にはカプセルの中に入れられて、それが始まる。

 今までの研究通り、細胞が破裂して死ぬのかもしれないし、もしくはそれ以外の方法で死に至るのかもしれない。

 コールドスリープは、今まで成功の試しがないという無茶苦茶な実験だ。


 だから、俺は失敗すると思っている。



「全く、何を言うかと思ったらどうせ失敗するだと? ・・・・我々は必ず、その試みは成功させると心に誓っておるのだ。その言い方は聞き捨てならない」

「・・・・すまん、言い方が悪かったな。じゃあアレだ。成功するって言う確信はあるのか ?」


 今は昼時。

 いつも昼には飯を届けに研究員の下っ端が、被験体俺たちの個室に届けに来る。今ちょうど俺の個室に飯を届けに来た下っ端を捕まえて、こうして話をしているのだ。


「成功・・・・・うーむ。・・・・・・けど、今回のは可能性があるって先生が言ってたな。」

「・・・・いつものことだろ。

 31人が失敗して成功の兆しすら見えない実験に、それでも可能性があるとかホラ吹くのは。いい加減、観念すればいいだろうに。」


 俺はそう吐き捨てたが、それを聞いて下っ端は癇に障ったらしく、否定するように口を開いた。


「いや、ホラとかそう言うの無しの真面目な話でだ。今までは成功確率1%を切ってたけど、今回ばかりは事情が異なるんだとか。とりあえず1%をきる事はないって。」


 ・・・・どうせ、成功する確率は低いのだろうとは思っていた。だがそれは俺にとって、かなり予想外の確率だ。

 しかも、


「・・・・・・その話は初耳だ。」

「そうか。・・・・じゃあ、僕は行く。先生に見つかったら厄介だし」

「ああ、そうか。引き留めて悪かったな」


 俺は適当に手を振り、その下っ端を見送った。


 別に重要な情報を知ったからと、何か変わる事はないけど、心構えは出来る。

 それだけでも俺にとっては大きい事だ。





 2日という時間は、思いのほかに早く過ぎていった。


 俺がいる場所は、今まで存在すら知らなかった地下に存在する部屋。この研究所には地下があると知ったのはついさっきだ。正直、今も驚いている。


「オイ、止マルナ。サッサト歩ケ」

「・・・・・」


 近くにいる遠隔操作型ロボットに腕を掴まれた。そして無理矢理に俺を引きずるように、進んでいく。俺はそれに逆らう気が湧かず、されるままに連れ出された。

 そして、連れ出された場所にはコールドスリープ用のカプセルがあった。

 とても青と白を基調としていて、僅かに光を反射して輝いている。


「乗レ」

「・・・・・」


 カプセルの入り口が、音を立てて開いた。その途端、入り口から冷気が吹き出した。冷気はこの部屋を漂い、全身が凍てつくような寒さが俺を襲う。


 俺はこれに、乗るのか。

 ・・・・・・乗った後、俺は果たして生きているのか。


「・・・・・」


 それらを考えると少しだけ、足がすくんだ。


 でも、仕方ない。仕方ないんだ。

 もう決まった事だ。

 恐怖が無いかと言うと嘘になる。けれどどうせ俺がここで暴れて抵抗したとしても、結末は変わらない。

 なら、もうさっさと終わらせたかった。


 カプセルの内部の居心地は、とてもいいとは言えないものだった。

 入ったはいいが、狭すぎて身動きが出来ず立ったままである。何か背中にもたれる事が出来る程の角度もないので、文字通り突っ立ったままだ。


 入った途端にカプセルの入り口は閉ざされて、俺はもうこの中からは逃げられない。


『・・・・コールドスリープ準備、開始。』



 その電子音声が聞こえた瞬間、俺はゆっくりと意識を手放した。

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