いくらで『銀河』流してみたいな我が茶碗

やましん(テンパー)

【『いくら』で『銀河』流してみたいな わが茶碗』】


 ある日、ぼくの勤務する、とてつもない山の中の、小さな大学の小さな天文台の小さな電波望遠鏡が、おかしな信号を受信しました。


 あきらかに、意味のある信号であると、ぼくは思いました。


 助手の『乱暴くん』も、さっと緊張しました。


 最近は、世界中の天文台がデータでつながっています。


 なので、もしも、宇宙から来たものならば、ここだけで受信できたと言うのは却っておかしいのです。


 しかし、方々に聞いても、未確認だということ。


「こりゃあ、並の通信じゃあないですなあ。」


 『乱暴くん』が言いました。


「どうして?」


「いやあ、こりゃあ、きと、一種の暗号通信ですがなもし。あらかじめ指定された、特定の受信機にだけ反応するとか、しかも、何か解読暗号を入れてやる必要があるとか、かなあ。たぶん。」


「なんだよ、じゃあ、やはり、地球人かい。」


「さて、どうかなあ。実際、発信源は意外と近いですよ。」


「どこ?」


「火星。」


「は?」


「火星。」


「まさか。かえって変だ。」


「まあねえ、あ、でも、誰か火星に行ってるんじゃないですかあ? 内緒で。」


「まあ、そういう、うわさもないこともないがね。そいつは、あくまで『オカルト』の世界の中だよ。まして、こんな、3級天文台になんの用があるの。」


「ふん。いやあ、そうでもないかもしれませんよ。こいつは、妙だ・・・」


 『乱暴くん』は、分析を続けながら言いました。


「妙って?」


「見えたぞな。こりゃあ、実に単純な暗号ですな。小学生が良く使うもので、『カエサル式シフト法』というものですな。暗号というより、読んでくれと言う感じ。ただし、アルファベットを三文字ずつずらしてますが、なんと日本語です。むしろそこが外国人にはかえって難しいくらいでしょう。」


「で、何と書いてるの?」


「オネガイデス。タスケニキテクダサイ。カセイニオキザリ。20ド、カケル140ド、アタリナレド、フセイカクナリ。ドクトル・タナカ ハツ。・・・クリカエシマス。・・・・オネガイデス。・・・・・」


「はあ? いたずらだろう。わざわざ、なんで、そんな、暗号にする必要がある内容なの?」


「でも、発信源は、やはり『火星』ですな。確かに、オリンパス山のふもと付近からです。」


「なんで、またそんな。反射じゃないのか? ふん。・・・いや、違いそうだね。まあ、じゃあ政府機関に連絡して、任せようぜ。ぼくらの仕事じゃないもの。事実だけ、たんたんと、伝えようね。」


「サンセイ。でも、信じてくれるかな?」


「そりゃあ、他でも誰かは、掴んでるさ。だから、きっと、ほっといてもいいくらいだが、それじゃ、さすがに気が引けるだろう? それが、何にしてもだよ。なんで気がついていて報告しなかった、とか、後から言われたくもないし。」


「はあ・・・なんか、確かに、ここなんか、大学ごと、おとりつぶしになるかもな。じゃあ、まあ『国立宇宙開発協議会』の、タンゴさんに、知らせますよ。」


「『嘘じゃないよ』、と、ちゃんと生データ付けてね。」


「あい。」



 **********   **********



大学の助手とか言っても、給料はお安くなっております。


食べるのが精いっぱいです。


しかも、勤務はきつい。


深いお山の上で、耐久生活なのです。


コンビニもなく、それどころか、お店自体がどこにもない。


毎日、インスタントラーメンと、レトルト食品ばかり。


こっちが宇宙人みたいな生活なのです。


でも、まあ、好きでやってるのだから、しょうがないのです。


世界をあっと言わせる大発見をして、一旗揚げなければね。


そうして、特大大学の教授になる!


もっとも『乱暴くん』には、そんな魂胆もないらしいけれど。


「ああ、返事来ましたあ。なになに。『任せるから、そちらで処理してほしい。首相もそう望んでおられる。』なんだ、そりゃあ。あ、続きが来ましたあ・・・」


「なんて?」


「ええと・・『解決するまで、下山は禁止。外部との接触も禁止。つまり、隔離します。今後、解決した場合以外の外部との通信も禁止します。』あ、こりゃあ大変だ・・・」


「どうしたんだい?」


「通信回線が全部遮断されましたよ。おまけにこの山への『入山禁止』措置が取られました。有線も、無線もダメですね。出入り口も勝手にロックされてます。」


「そんな、ばかな。」


「いやあ、ばかですなあ。なんか、周囲がおかしな電磁波で囲まれました、新兵器かな。しかし、電波望遠鏡だけは使えそうですがな、もし。」


「なんだそりゃあ。なんで、そうなるの?」


「さあ? ぼくが知る訳ないですよ。あなたが上司なんだから。」


「ふん。」


 ぼくは、つぶやきました。


「大体、解決したと、どうやって伝えるんだい? そりゃあ、君、ここで最後を迎えなさいという意味だろう。よほど、まずいことがあるに、決まってる。」



************   ************



「やだなあ、宇宙ウイルスに感染したみたいに言わないでくださいよ。」


「それだ!」


「はあ?」


「ちょっと前に、読んだんだ。電磁波になんらかのウイルスか、その増殖作用を乗せて発信し、受信したら感染拡大するという新兵器を、某国が開発したらしい、と。しかも、そいつは目標を定めることも可能で、特定の相手にだけ受信させることもできるらしい・・と。」


「はあ・・・そんな、おばかな。」


「だよね。まあ、載っていたのは、ヨーロッパのあまり、有名ではない、オカルト雑誌だけれど。」


「こらこら、オカルトを批判しながら、実は裏で楽しんでいたのかな、もし。」


「楽しむのは勝手。しかし、その某国と言うのは、日本なのだ。」


「またまた、いかにも、怪しくも妖しい。」


「なんとなく、あり得なさそうな国だから、なおさらオカルト的で良いのだ。底辺で秘かに進行する日本バッシング網に、強い恐れを抱いた日本政府が、極秘で開発を支援したと言うのだ。そいつは、どのような恐るべき細菌も伝送可能だそうだ。既知のものから未知のものまで、なんでもござれだそうだ。その場にある細菌を、爆発的に増殖もさせられる。送信機は、回収が難しい場所に設置する。たとえば月とか、また・・・」


「火星とか?」


「そうそう。」


「まさかあ・・・人口衛星打ち上げるのがやっとな国が。火星の周回軌道に衛星を乗せられなかった国が。」


「精神力で、失敗を成功に変えてしまう国だよ。」


「まあねえ。でも、それって、皮肉ですかな、もし?」


「ふん。実は、秘かに打ち上げていたんじゃないかな? 何かに紛れてね。小型の強力な送信機を、火星に持ち込んでいた。」


「ますます、オカルトですぞな、もし。」


「想像だよ。想像。そうして、実験台にぼくらを選んだ。差しさわりのないところでね。」


「まさかあ。あなたはともかく、この天才である僕がいるのに?」


「はあ・・・?・?・・?・・・?」


 まあ、確かに『乱暴くん』は天才かもしれない。


 ほぼ制御不可能な、天才です。


 ぼくとは、ウマが合うけれども。


「じゃあ、なんの細菌を送ってきたと言うのかな、もし。」


「さあて? はしかか、出血熱か、コレラか、インフルエンザか、新種の病気か・・・わからないよ。ここの、なにかを増殖させているかも。」


「むむむ。」


「いや~! ははははは、冗談です。ブァッハハハハハハッハのハ。」


「やだなあ。ふうん・・・・しかし、調べてみます。念のため。」


「はいはい。」



 ************   ************



 特段には変わったこともないまま、その晩のごはん時間になったのです。


 食料の在庫はそれなりにあるんで、まあ半年は持つでしょう。


 上手くやれば、一年くらいは、持つかもしれません。


「今夜は、特製のいくら丼にしようかなあ。」


「やた! そんなのが、あったのか。」


「まあ、いくらの数は、相当少ないがね。ちょっぴりね。でも、ご飯は沢山にします。」


「上等であります。」


「よっしゃ。」


 ぼくは、お米をたくさん、電子釜に掛けました。


 美味しいご飯が、直ぐにできます。



 そうして、特別に高価な『レトルト・イクラ』を開封したのです。


 すると!


「おわ~!! なんだこれはあ!!」


 なんとびっくり、いくらが大膨張し、袋から出たとたんに、大量に増殖してゆくではありませんかあ。


「おわー。えらいこっちゃ。止まらないぞお。観測室が、いくらで占領されるぞお~。うわ~~‼」


「冗談ではないぞなもし。まずは食べる。すごいすごい。お茶碗の、そのご飯の上に乗せるのです。うわ~。いくらで銀河が流れているようだあ。すごいすごい~。うお!うまいうまい。こんな最高ないくらごはんは、初めてだ。ほら、あなたも。」


 観測室は、大量のいくらで、ほぼ埋まってきていました。


 でも、ぼくらは、その、いくらで銀河を流したようなご飯を、食べ続けました。


 やけくそ状態です。


 いくらですから、押したら潰れます。


 びしょびしょです。


 ぼくは自動で、鍵がかかってしまった観測室の外周の外のドアの窓を、いくつか椅子で割って、むりやり開けました。


 先日勝手に窓を付けといて、よかったです。


 いくらは、ぼんぼん、ぼわぼわと、山の上にあふれてゆきます。


 その増殖過程は、まったく止まりません。


 たらふく食った後、ぼくらは天文台の屋上に避難しました。


 いくらは、しだいに、山を覆いつくしてゆきました。


 さらに、きらきらと輝く、溶岩のようになって、ふもとに流れてゆきます。


「どうする、これ? ものすごく、旨かったことは、認めるぞなもし。」


「さあて・・・さあ・・・・どうしよう。」



 ************   ************



 そのころ、通信機には、再び不思議な通信が入っておりました。


「マダ゙、キデンガ、イキテイタラ、コレニテ、ジッケンハ、シュウリョウシマス。ソノバショノ、トクテイノ『サイキントウ』が、ボウソウテキニ、ゾウショクシタハズ。ゾウショク、テイシシンゴウ、ハッシン。セイコウヲイノル。コチラ、カセイチュウザイ、ドクトル・タナカ。・・・・・クリカエシマス・・・」



 ************   ************





















 





































































































 



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 いくらで『銀河』流してみたいな我が茶碗 やましん(テンパー) @yamashin-2

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