大精霊と大天使



「いやマジちょー楽勝!」

 ドゥーレムは絶好調でビールをがぶ飲みしていた。いつの間にやらふんどし一丁だ。

「お前らちゃんと修業しとるんかァ? あんなんに苦戦するようじゃあお話になんねぇわな」

「さっすがぁバグマンの旦那!」

 調子のいい相槌を打ったのは炭屋のハン・コトンである。

「いよっしゃぁぁ! コトン、来やがれぇぇ!」

 ついにドゥーレムは小汚いふんどしをも脱ぎ捨てた。

「よし来た旦那ァ!!」

 コトンが、逆立ちして待ち構えているドゥーレムのケツにビール瓶を躊躇なく突き刺し、

「うひょおおお!!」

 ドゥーレムは奇声を上げてもんどり打って倒れた。コトンと愉快な仲間たちが両手を打って下品に大笑いしている。

 戦鬼軍との最終決戦はプレーリー村の完勝で幕を閉じた。タヌキの精霊ドゥーレムが新手の戦鬼をあらかた殲滅し、甲冑戦鬼と交戦を開始した直後、村の剣士たちも戦鬼軍をすり潰して本陣まで到達したのだ。剣士たちの刃を逃れ、村まで到達した戦鬼部隊もあったようだが、ガッドの新型結界が侵入を封じたと聞く。

 仲間たちが本陣に殺到し、カラハリは興奮のあまり大輪之陰の要である短剣を一つ蹴飛ばしてしまい、せっかくの守護の壁を失ったが、カラハリを抱きかかえて戦場から離脱させてくれた人物がいた。アニー・サマルトだった。

「何でお前がいる。アーレンを迎えにやったはずだが」

と諫めたところ、

「総攻撃だろうが。おちおち休んでられるか。……一応お前の意を汲み後衛に下がってたから文句言うなよ。お前の雪月華、村からも見えた。死ぬ気か馬鹿。一人でも欠けると困るだの何だのと知ったような口で俺を下げさせておいてそのザマか! 実力に合わない真似をするな!」

と、三倍返しくらいで返ってきた。言い過ぎたと思ったのか、「しかし、見事な呪文だった。師の呪文のようだった」としかめ面で頭を掻いていたが、あまりにも盛った誉め言葉だった。

 翌日はパック流剣士全員爆睡。丸一日誰一人として起き上がってこなかった。従って祝勝会が開催されたのはさらにその翌日だった。会場は山雲亭である。スガルは猫の手も借りたいとばかりに働いていて、どちらかというと戦よりも今の方が死にそうだった。

「おいこらカラハリィ! 何チビチビやっとんじゃい! こっち来いや! うひょおおお!!」

 二本目がケツに刺さり、ドゥーレムは絶頂した。「『ケツ呑みのバグマン』の異名はだてじゃないっすね!」と、コトンが意味不明な二つ名を付けている。

「アホゥが」

 カラハリがテーブルに叩きつけたジョッキから、ビールが跳ねた。ひゅーっと唇を吹いたのはザメリアだ。戦いの緊張から解放された酔っ払い連中がさらにはやし立てる。「おいカラハリ止めとけ」と制止を促したのは、村では数少ない下戸で素面しらふを保っているアーレンだけだった。

「戦の最後に少しばかり敵兵を仕留めたからと調子に乗るな。我々がどれだけ戦い続けていたか、お前には分かるまい」

そうだそうだー! と早くも大虎になっているレッドが、真っ赤な顔で爆竹のような呪文を鳴らして煽った。

「ぐだぐだと時間かけて戦ってるからダメなんだろ? 違うか? わしが来たおかげでお前も戦鬼の餌にならずに済んだんじゃ」

 ドゥーレムはひっくと喉を鳴らした。

「涙を流して感謝すべきところを何じゃいその態度は!!? 貴様誰に口をきいておるか! カール王国の軍監将軍、魔獣バグマン様ぞ! ひれ伏せい! 両手を合わせて拝め! おでこを地べたに擦り付け許しを請うがいい!」

 酔いが回っているらしく支離滅裂である。魔獣バグマン? ケツ呑みのバグマンじゃなかったのか。

 カラハリもだいぶ酒が進んでいる。頭がぐわんぐわんと揺れているのを自覚しているが、この際だから決着を付けようじゃないか。ドゥーレムがぶん投げてきたジョッキを水月で一刀両断し、カラハリは素っ裸のドゥーレムに詰め寄った。勢いあまってテーブルまで真っ二つになり、スガルの悲鳴に似た雑音が聞こえた気がしたが、多分飲み過ぎによる耳鳴りだろう。

「何じゃあ? 文句あんのかゴラ」

 ドゥーレムも椅子を二脚蹴倒しながらフラフラと立ち上がった。ケツからビール瓶を生やしたままである。

「文句しかないわ。やはりお前は長兄役には相応しくない」

 カラハリはドゥーレムの顎をつまんだ。

「表に出ろ、ドゥーレム・バグマン。全快同士の一対一だ。今のあんたじゃ俺の足元にも及ばぬと証明してやる」

 ドゥーレムは鼻で笑うと、ビールを口に含んでカラハリに吹きかけた。

「おめぇごときが言うようになったじゃねぇかい。わしに勝てず、わしがいなくなってもたちまちパーキンソンの小僧に抜かれた哀れなカラハリ・ローランさんよぉ」


 スガルが紙をちぎって作った賭け札を握りしめた村人たちは、対峙する二人を乱痴気騒ぎ寸前で見つめていた。かつてパック流剣士三番手に位置していた実力が印象に残っているのか、ドゥーレムの方がやや人気だ。お前ら後で後悔するなよ。

「カラハリー! 負けたらぶっ殺すぞー!」

と、せっかくの応援もこのざまである。リー・ジョーダン、お前なんぞがどうやって俺をぶっ殺すつもりか問いただしたいものだ。

 村長ガッドは静観の構えである。それどころか、高位呪文である対物魔法障壁と対魔魔法障壁をドーム状に展開している。戦いの余波から村を守る即席の闘技場というわけだ。

「来いやカラハリ。特別じゃ、先制攻撃を許してやろう」

 ドゥーレムは絶えず前後左右へとおぼつかない。ちなみに、相変わらず素っ裸でケツに瓶が刺さっているので、女性陣は目を手で覆っていた。こういう時、実は指の隙間が空いているというのが鉄板だが、本当に見たくないのかぴったりと閉じられている。分かる、俺だってあんな汚いもの見たくない。

「その余裕、たちどころに挫いてやろう。殺す気でいくが、せいぜい死なないように全力を尽くすがいい」

 カラハリは水月を抜き放ち、迷いなくドゥーレムの首を狙った。

魔法の盾アラ・ペトラス

 ドゥーレムはやすやすと防御する。

 水月の刃が赤く輝いた。

―パック流奥義 斬魔剣―

 魔法の盾アラ・ペトラスは、薄いガラス板が割れるかのように砕け散った。すぐさまカラハリは一歩踏み込む。左のアッパーカット。ドゥーレムは腕でガードして顎への直撃こそ防いだものの、空中へと吹っ飛んでいった。

「おほっ! 何じゃ、意外とやりおる!!」

 ドゥーレムは錐揉み回転しながらガッドの対物魔法障壁に激突した。頭を強打したらしく、口を斜めに歪めて後頭部を押さえている。

「次はわしの番じゃな!」

 うぉりゃあああ!!

 ぐっと曲げた膝で対物魔法障壁を蹴り、絶叫しながら殴りかかるドゥーレム。

 カラハリは即座に反応した。といっても拳を握り、腕を前に突き出しただけだ。ドゥーレムの顔面が勝手にめり込んだ。

「ぬおっほぉぉ」

 噴き出した鼻血が二筋の弧を描く。ドゥーレムは赤い飛沫をぶちまけながら仰向けにひっくり返った。

 ピクピクしているドゥーレムを見下ろしていると、足と足の間にぶら下がっているビール瓶が目に留まった。ものは試しで蹴り上げてみると、

「アひゃん」

 ドゥーレムは白目を剥いて動かなくなった。

 ギャラリーは落胆と歓声に湧き立ったが、

「ふざけるな! こんな間抜けな勝ち方があるか!」

 水月の鞘で頬をひっぱたいた。白目がぐるんと回って黒目に戻る。

「むん!」

 ドゥーレムは跳ね起きると、両手両足を突っ張り、腹に力を入れた。ビール瓶が肛門から矢のように飛び出し、八割がた地面に埋まった。「おおっ」と拍手が巻き起こる。

「やるなカラハリ。お前なんぞにはもったいないかと思っておったが、いっちょわしの本気を見せてやろう。冥土の土産にするといい」

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス千刃白翼剣キーリア・スパシア

 白い三対六枚の大翼を大きく開き、ドゥーレムが徐々に上空へと昇っていく。

「大精霊ドゥーレム!」

 翼のみならず腕も左右に広げ、恍惚とした表情で絶叫した。

「パックを倒すために開発した秘技じゃった。お前も見たろう、幾千もの戦鬼どもが粉微塵になっていく様を。この最強形態となったからには、お前の体は欠片も残らず切り刻まれるであろう」

 それだ、その技を待っていた。最強のドゥーレムを倒してこそ、真に俺の実力が証明されるのだ。


―来たれ氷精。灼熱を貫く氷の弾奏。幾千幾万と連なり吹き荒べ、蒼嵐の吹雪―


 技を磨いてきたのがお前だけだと思うな。


万象貫く青き弾丸インフィニトゥス・カエルルス・スティリ天高く輝く蒼天の翼キーリア・フテラ・ストン・オウラノー


「お前もかい、カラハリぃ」

 ドゥーレムが口角を上げた。

「それはこちらのセリフだ、ドゥーレム。初めて見た時は目を疑ったぞ、まさがお前が同じような技を編み出していたとはな。だが、」

 カラハリの背中に、青く輝く翼が開花した。


「我が翼の方が上を行く! 見よ、大天使カラハリ!」

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