敢然と立ち向かう
ドゥーレムのツボに入ったらしい。
「何じゃそりゃあ! 大天使って。大天使……プククク。鏡見ろよ、天使なんつーガラじゃねぇだろ! だっさ!!」
「どの口がそれを言うか! 大声で『大精霊!』とか名乗ってる恥ずかしい奴は誰だ!」
どっちもどっちだろ、と呆れたように呟く声はアニーだ。
「天使より精霊の方が強そうだろ。ネーミングセンスはわしの勝ちじゃな。おら、行くぞ!」
ドゥーレムが大翼をはためかせ、突っ込んできた。
俺の
カラハリも真正面から勢いよく突進する。
―
突如、地面から水の蔓のようなものが出現し、カラハリとドゥーレムに取り付いた。二人揃って中吊りだ。首がむち打ちのように振れ、痛みも走った。
「何じゃい! こんなもん!」
ドゥーレムは巻きつく蔓を力尽くで引きちぎろうとした。顔から湯気が出るほどの力でもがびくともしない。全てを切り裂くと豪語する自慢の白翼でも切断することができず、暴れれば暴れるほどぐちゃぐちゃに絡めとられている。カラハリも同じく身動きができなくなってしまった。
―
カラハリは水の蔓を凍結粉砕しようと試みたが、蔓の表面で呪文が弾かれてしまった。カラハリの魔力に比して、
「村長、水を差さないで頂きたい!」
耐えかね、カラハリは水の蔓の術者、ガッドに向かって吠えた。
「わしとてちょっとした余興なら手を出すまいと思っておったがの、お前たち、ただじゃ済まなそうなんじゃもん。いい歳して物事の加減もつけられんのか。せっかく戦が終わったというのにまた死にかける気か」
「うるせえジジイ、てめえから血祭りにあげてやろうか!」
ドゥーレムが、立場ある軍人とは思えないチンピラのような悪態をついた。
「……スガル、例の物を」
「はいっ、村長」
待ってましたとばかりにスガルが差し出したのはビール瓶だった。ガッドは瓶を水の蔓で受け取ると、逆さ吊りにしたドゥーレムのケツに容赦なく突き刺した。ドゥーレムはしばらくじたばたしていたが、やがて動かなくなった。
「良い子は真似しちゃいかんぞよ。さて、カラハリよ……」
「お、俺はあなたと戦うつもりは――」
「すまんの」
ガッドがひらひらと振って見せたのは賭け札だった。書かれた名前はドゥーレムでもカラハリでもない。
「わしの総取りじゃ」
どぼん。蔓が緩み、落ちた先は水だった。ガッドが地面を池へと変貌させたのだ。元々は乾いた地面を潤すだけの術のはずだが、猛烈な魔力のなせる技だ。
ごぼっと口から大きな泡が昇っていく。
大衆の面前で、最も屈辱的なやられ方だ。幼少期からどれだけ練習しても、カラハリのカナヅチは治らなかった。
ザメリアとレッドが助けに飛び込むのをぼやけた視界で眺めながら、カラハリは意識を失った。
*
「そうか……逝ったか」
捜索の末にパック流剣士たちが目の当たりにしたのは、焼けた大地に刺さる白木の柄の刀だった。
ドゥーレムが村に伝えてくれたのは、パックの死。そしてジョージが大陸へと旅立ったことだった。カール王リースウェイ・ヴィクティーリアが、ドゥーレムを伝者としたのだ。プレーリー村への援軍の意味もあったのだろう。王の耳にプレーリー村の詳しい戦況が入っていたとも思えないが、だとしたら大した洞察力である。
首都にも戦鬼が攻めてきていたものの、数は数百規模、甲冑戦鬼のような強力な個体もおらず、副官マーティン・テイラーを中心とした討伐隊が対処しているとのことだった。首都もただでは済むまいが、好采配と言えよう。
山のどこかでパックが眠っているはず。探し出してせめて連れて帰ろう。覚悟を決めて皆で村を出たのだが、いざ変わり果てた師の姿を目の当たりすると言葉を失った。足に根が生えたかのように棒立ちで眺めるしかできなかった。
「村長。パックを村へ……」
ようやく、カラハリが喉を振り絞る。
「……そうじゃな。パック・オルタナ。プレーリーの使命に最も忠実だった男。ここは寂しかろう。春の花々が囀ずる暖かな森へ帰ろうぞ」
ドゥーレムは楓に繋いだ馬車から棺を降ろした。
カラハリは亡骸を注意深く抱えた。死後時間が経ち、乾燥して色も変わってしまっているが、それにしたって驚くほど綺麗だった。キュベレ山の冬が肉体の損傷を防いだのだろうか。
抉れた山肌を見れば、どれだけ熾烈な戦いだったか想像に難くない。
倒れていた彼に寄り添うように、一面の焼け野原にたった一輪、小さな黄色い花が咲いていた。
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