弱者が死を選ぶのか
第八試合の直後、ジョージは控室前の廊下でジークと対峙していた。ジークは身長二メートルを超える大男で、壁のような威圧感だった。
「何の用だ」
胸が引き絞られた。腰が引けそうになる。それくらい冷たい声だった。選手紹介の写真に写っていたジークは爽やかな好青年風だった。目の前にそびえているのはまるで別人の誰かだ。
「言いたいことがあるのなら早く言え」
「あんたの試合のことだ。やり過ぎだろう。これは試合だぞ。死んだらどうすんだ」
ジョージは負けじと睨みつける。
ジークが数歩詰め寄り、ジョージの顔の角度がさらに上がった。
「愚問だな。私が規定違反として処理されるだけのことだろう。それ以上もそれ以下もあるまい」
「ふざけんな! 人の命を何だと思ってんだ!」
こいつは相手が死んでもただのアンラッキー程度にしか捉えてねえのか。ジョージは無意識に拳を握りしめていた。試合は腕を競うのが目的だ。殺し合いじゃない。
「聖人君子にでもなったつもりか。お前とて剣士だろう。剣は人を殺めるための武器だ。人殺しの技量を磨いてきたお前が人様に命の大切さを説くなど、実に矛盾しているとは思わんか」
理解するのに時間が必要だった。人殺しの技量? 先生から教わってきた剣の道が? 兄弟子たちと刃を交え高め合ってきたことも、先生を超えたいと励んできたことも、全部人を殺すためだと言いたいのか。オレが人殺しの訓練をしてきたとでも……、
「違う!」
ジョージは怒りに震えながらも、しかしだからこそ握りしめた拳をほどいた。ここで怒りに任せて殴りつければ、それこそ暴力に身を委ねているだけだ。
パック流剣士同士の手合わせでは、唯一「死んではならない」という掟がある。パック流剣士は死なないよう全力で戦う。そしてそれは同時に、同じパック流剣士である手合わせ相手が唯一絶対の掟を破る状況に陥らないように細心の注意を払う必要があるということも意味する。そうやってお互いに紙一重の極限で高め合ってきた。人殺しなどという謂れのない誹りを受けるなど――。
「では聞こう、ジョージ・パーキンソン。先ほどの私の攻撃、お前であればあの程度で命が危ぶまれるほどの事態になったか?」
――ならない。
いかに致命的な攻撃に襲われようとも、掟に従いパック流剣士は生命維持を最優先に考える。一時的な戦線離脱くらいならあり得るが、それ以上には至らない。プレーリー村でのマントの男との戦闘でカラハリをはじめ兄弟子たちが次々と倒れた時も、ジョージは彼らの負傷度合いはともかく生死については微塵も心配していなかった。パック流剣士は死ねないと言い換えられるほどに死なない。目の前で師本人が掟破りを敢行したのは、ひとまずカウントしないでおくとして。
ジョージの無言を、ジークは肯定の意と受け取ったようだった。
お前とならば良い試合になりそうだ、とジークは「試合」という単語を強調して言った。先刻の試合が試合の態を成していなかったことを皮肉ったのだ。
そしてジークは主義主張を雄弁に語った。
「私との戦闘でいちいち死ぬようならば、それは相手が貧弱過ぎるということだ。私は全力で相手を叩き潰す。その結果として相手が生きようが死のうが、私の知ったことではない。勝手に死んでいくのを私に責任転嫁してくれるな。私が殺すのではない、相手が自ら死という選択肢を手繰り寄せているのだ。殊、弱者という人種は自身の不幸不利益を他者のせいにしたがる。嘆かわしい。弱くあることを選び、脆くたやすく死ぬ道を選んだのは誰だ? 恨む相手は強者ではない。弱者としての人生を選んだ自分自身だ」
突如、ジークは腕を横に薙いだ。ジョージはとっさに防御したが、こらえきれずに吹っ飛ばされ、壁にめり込んだ。すぐさま壁から体を引き剥がす。
しかしジークはすでに控室へと消えていた。
くそ! ジョージはひびだらけになって脆くなった壁に八つ当たりしてとどめを刺した。壁に空いた大穴の向こうでは、ジョージの初戦の相手サーバイン・ユーヴァが粉塵まみれになって何事かと豆鉄砲を食らったような顔をしている。
本能的には反発一択だ。当たり前だろう。パック流剣術を人殺しの技などと断じた時点で、ジークは到底受け入れられない敵だ。
しかし、彼の主張が全て間違いかというと――。
そうは思えない自分が嫌になった。
『二回戦第一試合! カール代表ジョージ・パーキンソン選手! 対するはオーングス代表ルゴラス・ガンドール選手!』
カッツの能天気に明るい声が響き渡る。
『パーキンソン選手は初戦で派手な連続攻撃を披露しましたが、ガンドール選手はその強力な攻撃にどう対策してくるでしょうか』
『ガンドール選手の戦法はそう変わらないだろう。一歩も引かずに受け続けて長期戦に持ち込み、疲弊した相手を討つ。そうなると、グリファン選手の怪力無双を微動だにせず受け切るほどに堅牢であったガンドール選手の防御呪文を、パーキンソン選手がいかに突破するかが試合を左右する』
先制攻撃はジョージ。どのくらい堅い守りなのか試してみないことには分かんねぇ、と何はともあれ全力でぶん殴ってみることにしたのだ。百聞は一見に如かず、百見は一考に如かず、そして百考は一行に如かずである。
―
ルゴラスはすかさず対物理防御呪文を発動した。ジョージの拳が防御壁に阻まれる。通常は目に映らない防御壁であるが、拳が激突した部分を中心に、波紋のようなものが淡く揺らいで見えた。
ルゴラスが挑発的に顎を煽った。
ふん。その手には乗るか。
この状況、何とか障壁を破ろうとぼかすか殴りたくなるところだがそれは誤りだ。生半可な攻撃をいくら加えても強固な障壁は崩れない。こちらが疲弊するだけだ。一回戦でネロ・グリファンはそうやってルゴラスに敗れた。
ならば!
「うおおおぉぉぉ!!」
逆に深く踏み込み、足の裏でがっちり地面を掴むと、力任せに腕を振り抜いた。ガンドールは障壁ごと吹っ飛び、地面に一度跳ねて転がった。
『しかし! ガンドール選手、無傷! 魔法の盾は破れません』
一行に如かずでよく分かった。めっちゃくそ堅ぇ。ジョージは痺れた右手を握ったり開いたりを何度か繰り返した後、腰を落として不知火の柄に添えた。
―パック流奥義 紫電一閃―
居合斬りのように不知火を薙ぐ。とはいえ、抜けないように紐で固定してあるので鞘ごとだ。
―
ルゴラスは瞬時に防御呪文を対魔法型に切り替え、剣から放出された光弾を迎え撃った。
自らの防御呪文に相当の自信があるのだろう。そうでなければここまで受けに徹することなどできないはずだ。少なくともガンガン行こうぜタイプのジョージには真似できない。
そんなルゴラスの魔法障壁もジョージの紫電一閃には無力で、わずかな抵抗もなく貫かれた。障壁を失った後のとっさの回避行動が遅れたのも、過信に近いほどの自信故だろう。ルゴラスの右脇腹がじんわりと赤く染まる。
ルゴラスは負傷した脇腹を押さえ、膝をついた。
『カウントが始まり……いや、ガンドール選手、立ち上がった!』
『治癒呪文の発動光だ。まだやるぞ。しかし治癒呪文に魔力を割いている間は得意の防御呪文が使えないはずだ。パーキンソン選手が圧倒的に有利に立った』
治癒呪文といえども一瞬で傷を癒すほどの効力はない。また、「
これで終わらせてやる。ジョージは不知火を構えて突進した。
「オーングスの黒衣騎士をなめるな」
ルゴラスは、空いている右腕を振る。ルゴラスから噴き出した魔法力の圧で、ジョージはフィールド外縁部まで弾き飛ばされた。
「くそっ、魔技か!」
精霊との契約が必要な呪文と違って、魔技は術者が自身の魔法力を加工して操る技術だ。魔力さえ足りていれば呪文のような発動制限はない。
ルゴラスはジョージに五指を向けた。それぞれの指の先端が発光している。五連の魔弾丸だ。
そうはいくか。二発目の紫電一閃がルゴラスの右肩を穿ち、魔弾丸はあらぬ方向へと逸れていく。
接敵したジョージの一撃を、もはや呪文でどうこうする余裕もなかったらしいルゴラスはかろうじて短剣で受けた。だが、負傷し体勢不十分のルゴラスが、剣を本職とするジョージを止められるはずもない。
短剣を跳ね上げ、がら空きになったルゴラスの襟首を掴んで地に伏せる。そして不知火の先端を首の寸前でぴたりと止めた。
『パーキンソン選手の勝利です! 素晴らしい攻防でした!』
『いとも簡単に対魔障壁を破っていたが、どうやったのか後で聞いてみたい』
観客席に戻ったジョージはフロルに治癒呪文の治療を受けた。
―
ハンクに指摘されるまで気付かなかったのだが、目のすぐ下、頬に浅い切り傷が入っていたのだ。短剣を弾いた時にかすめたのだろう。
「もう少し上だったら危なかったな。私の呪文の腕では繊細な眼球までは治療できん。気を付けることだ」
パックだったら眼球が取れようと腕が千切れようとたちどころに治してしまうだろうが、そこを基準にすると世界中全ての医療術師がヤブ医者ということになってしまう。
ジョージは頬に触れ、指に血が付かなかったことで満足した。
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