第七章 集う猛者たち 6

 第四試合に登場したモリー・スプラウト(ユネハス)の姿に、ジョージは目を見張った。

「何だあれ、ちっちぇえ!」

「リリパット小人だな」

 興味深そうに答えたのはフロルだ。

「ユネハスに住む小人族の中で最も小さな種族だ。私も実物は初めて見た」

 モリーの身長は対戦相手であるシャアル・ラガン(リアシー)の膝にも満たない。シャアルが携える矛の刃と同じくらいなので、一太刀で両断されかねないサイズだ。

『ヴァーリースさん。ラガン選手がスプラウト選手を攻略する上で鍵となるのはどういった点でしょうか』

『小人族は小さい種族ほど魔力が高い傾向にある。ラガン選手は相手が小さいと思って油断してはならない。一方、リリパット小人は体の小ささ故に、被弾した時のダメージが普通の人間よりはるかに大きい。いかに一撃を当てるか、ラガン選手の立ち回りに注目だ』

 シャアルの初手は呪文による牽制だった。

冷徹な弾頭スピラエ・ヤクラティオー・グラシエルム

 モリーは襲い来る氷の弾丸を冷静に魔法障壁で防いだ。軌道が逸れた氷の弾丸は闘技場の第一魔法障壁に直撃した。粉々に散った氷粒は日光を乱反射し、まるで宝石のようにきらめく。

 牽制が牽制にならないと判断したらしく、シャアルはすぐさま近接戦闘に切り替えた。が、

『スプラウト選手、速い速い! 残像のようにしか見えません!』

 モリーはその体躯で付かず離れず飛び回り、シャアルの矛の猛攻を避けまくる。アクロバティックな動きにシャアルは翻弄され、モリーの魔法剣が的確にダメージを与えていく。

『魔法力を足に集中させて脚力を向上させると共に、風の呪文を応用することで物理法則を無視した立体機動を実現している。魔力の高い小人族だからこその器用な芸当だ』

 ヴァーリースがリアシー代表ラガンを差し置いてユネハス代表モリーを持ち上げるような解説をしたことが気に食わなかったのか、ジョージの後方からわざとらしく下品なゲップが聞こえた。

「ちょこまかしやがって! チビのくせに生意気なんだよ! 男なら正々堂々戦えや! タマついてんのかコラァ!」

 酒の瓶がジョージの耳を掠めた。第一魔法障壁が逆位相展開して瓶を客席側に跳ね返し、ジョージの三つ隣に座っている同い年くらいの少女に当たった。中身が少し残っていたようで、割れた瓶からビールが飛び散り、そして少女の額からは赤い筋がつうっと垂れた。

「誰だ! 今瓶投げた奴!」

 ジョージは吠えつつ憤然と立ち上がると、観戦しながら酒を飲んでいる酔っ払い集団が赤ら顔でヘラヘラ笑っていた。

 少女はうつむいて額を押さえている。指の間から手の甲、腕へと赤い雫が伝っていく。

「座れや小僧! 見えねえだろうが! それともお前も怪我したいかぁ?」

「おいおいヴァン、ガキびびらせて、かわいそうだろ。ごめんねー僕」

 がはははは。

 頭の奥でぶちっと切れたような気がした。舐めやがって。あまつさえ、人に怪我をさせておきながら謝る気配もない。

「すり潰す」

 拳を握りしめて躍りかかる。周囲から低いどよめきが沸いた。酔っ払い共はジョージの鉄拳が顔面を捉える瞬間まで口元の緩んだ締まらない表情をしていた。

 ボコボコにして戻ると、フロルは少女の白いワンピースを呪文でしみ抜きしていた。額の傷も治癒呪文によって痕もなく治っている。「大丈夫?」と尋ねると、

「大丈夫。ありがとう」

 少女ははにかんだように答えた。彼女の発音に少し違和感を覚えた。瞳の色もカールやリアシー人の黒は違って青みがかっている。

「容赦ないなー。おーい生きてる?」

 席からずり落ちてすっかりノビてしまった酔っ払いをつんつんと突っついているのはハンクである。

「容赦したわ、だいぶ」

 本気でやったら五体満足では済まないところなので、適当に数発入れて懲らしめてやっただけだ。ただ、連中が想像以上にへなちょこで、少女へ謝罪させる間もなく意識を飛ばしてしまったことは誤算だった。

「どす黒い声で『すり潰す』とか言うからさー。スプラッターなことになるかと思ったよ。ね、こいつはこいつで物騒だからあんま近づいたら駄目だよ?」

 ハンクは少女に目配せすると、少女は、まぁ! という感じで少しおどけて口許に両手を当てた。

 くっきりとした目鼻立ち。ロングの金髪。すらりと長い足。ワンピースの胸元からは谷間がのぞく。いいとこのお嬢様みたいだ。同い年くらいに見えるのにキユリとは全然違うなぁ、としみじみ思ったが、それを本人に知られたらフライパンで殴られそうだ。

「あなた、選手だよね? 応援してる」

 少女はにっこりと笑った。ジョージは思わずたじろいた。口をもごもごさせながら自席に戻り、努めて試合の続きに集中した。応援してくれるって言ってくれたのに何も返事しなかったのは感じが悪かっただろうなと思い至り、密かに後悔した。

 落ち着かないまま試合内容は全く頭に入って来ず、気付けばシャアルの勝利で幕を閉じていた。モリーの腕は変な方向に曲がっていたので、よほど強烈な攻撃を食らったらしかった。

 第四試合までが一ブロックの試合である。第五試合以降は二ブロックの選手が登場する。各ブロックを勝ち進んだ者同士で決勝となる。

 第五試合に出てきたクラウド・ジョーキンスは、マチルダと同じモリアーティー代表とは思えない圧倒的弱さでこてんぱんにされた。

 続いて登場したのはハンクの叔父マーティン・テイラーだ。巧みな槍術で初戦を突破した。

『テイラー選手はかの有名なカールが災厄ドゥーレム・バグマンの副将とのことです。どうなることやらと肝を冷やしておりましたが……』

『折り目正しい軍人たる気品が所作からも伝わってくるようだ。カール軍が統制を保っているのはテイラー選手の手腕によるところが大きいだろう』

 カッツもヴァーリースもテイラー一佐を持ち上げ、選手紹介本に出禁にしろだのと書き叩かれた散々な前評判を払拭してくれたので、ハンクは分かりやすく得意そうだった。とは言え、テイラー一佐の立ち居振る舞いは幹部軍人としてはあくまで平均的なもののはずだ。リアシー人にとってはドゥーレム・バグマンが最高潮にトラウマらしく、それが差し引きテイラー一佐の評価を上げた形である。

 優勝最有力候補との呼び声高いジーク・ファラン(リアシー)が現れたのは第七試合だった。対戦相手はクロード・アレサンドル(ゴスペル)という色黒の男だ。

 試合開始と同時に動いたのはジークだった。瞬時に接敵すると、慌てて迎撃に出たクロードの剣を冷静に避け、鳩尾に強烈な掌底を叩き込んだのだ。

 クロードの身体が激突した第一魔法障壁は鈍く軋んだ。

 観客たちは上空を見上げ息を飲む。クロードは闘技場の最上層にまで打ち上げられていたのだ。あまりの衝撃に皮膚が裂け、全身から血が噴き出していた。

 次の瞬間、地上のジークが消えた。現れたのはクロードの頭上。クロードは力を振り絞り反撃の魔導砲を放つ。しかしジークは身を翻してかわすと、クロードの首を掴んだ。第一魔法障壁を蹴り、眼下へと錐揉み落下した。

 流血が螺旋状に尾を引きながらの直滑降だった。やがてフィールドから砂煙と同時に血飛沫が上がった。空気が淡い赤に変色し、じっとりとした鉄の匂いが立ち込める。

『これは……』

 カッツもヴァーリースも言葉を失っている。観客席からも、今までリアシー代表に向けられていた怒涛の歓声は影も形もない。カウントを待つことなく救護班が駆け込んだ。

「やり過ぎだろ……。生きてんのあれ?」

『えー、少々お待ち下さい……。……はい、第七試合はファラン選手の勝利です』

 隣でハンクが安堵のため息を漏らした。ジークの勝利が宣告されたということは、すなわちクロードの命に別状はないということだ。

『ファランはあのような戦いをする男ではなかった』

 ヴァーリースはジークに「選手」と付けることも忘れて苦々しげに言った。あれではなぶり殺しではないか、と声が震えている。

 スタンドの一角から拍手が巻き起こった。クロード・アレサンドルの健闘を称えよ! と叫ぶ声はゴスペルの応援団からだ。周囲へと拍手の波が伝番していき、結局観客席全体が拍手の渦に包まれた。

 第八試合、クイール・セリ(レオ)対ガルレア・ブルース(ガリアン)はクイールの勝利となり、これで二ブロックの試合も全て終了した。

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