第七章 集う猛者たち 8


 二回戦第二試合は、モリアーティーの将軍マチルダ・アクールがまたもや速攻で片を付けた。これにより、ジョージの準決勝の相手はマチルダに決まった。

 マチルダは二戦とも瞬殺で敵をねじ伏せてきたため情報が少ない。明らかに他の選手とは一線を画す強さなので戦い方をもっと見ておきたかったところである。対戦相手がもっと粘ってくれれば良かったのだが、あまりに力量の差があり過ぎた。

 いや、手の内を明かす前にこうして超短期決戦で勝ち進むこと自体がマチルダの作戦だったとしたら。巧い戦術だ。ジョージに至っては奥義までぶっ放しているので今更手の内もクソもない。

 血がたぎるようだった。情報戦で多少先んじられたが、それを上回ってこそのパック流剣士だろう。明日の準決勝が楽しみになった。

 一ブロックからはリアシー出身選手が皆敗退し、会場の注目は二ブロックに集まる、特に、もう一人、マチルダとは全く違う方向性で他の選手とは一線を画すジーク・ファランにだ。

 二回戦第三試合に出場したマーティン・テイラーはあと一歩というところで敗れた。だがハンクは逆にほっとした様子だった。ここで勝ってしまうと、次の準決勝でジークと当たってしまう。マーティンの武ではジークに及ばないことを重々承知していたハンクは、叔父が大事なくカールへ帰国できることを素直に喜んでいた。

 二回戦第四試合。レオ代表クイール・セリとリアシー代表ジーク・ファランの試合だ。

 ジークが登場しても、観客席からは拍手も歓声も起こらなかった。水を打ったように静まり返り、異様な雰囲気に包まれていた。カッツもヴァーリースも会場を盛り上げる仕事はとっくに諦めたらしく、観客と一緒になって黙りこくっていた。先の試合で空気を染めた血の赤、そして鼻につく鉄の匂いは記憶に新しい。盛り上がるはずもない中で空元気を発揮されてもいたたまれなくなるだけなので、二人の職務放棄はある意味正しい。

 ジークは、そんな会場の雰囲気を裏切らなかった。

 試合開始直後、何かがくるくると宙を舞い、クイールの足元に落ちた。

 ただでさえ張り詰めていた会場の雰囲気がさらに凍りついた。

 さらにもう一つが宙を舞う。

 広い会場にクイールの火を吐くような絶叫が轟いた。

 フィールドに転がっているのは切断された腕が二本。セリの胴体からは血が噴水のように噴き出している。

『ただの手刀でこれほどか……』

 拡声されていることを忘れているかのように呆然と呟く声はヴァーリースだ。

 ジークの血塗られた右の手刀から、赤い雫がポタポタと滴る。ジークはその右腕を鋭く一振り。払った血糊がフィールドに三日月を描いた。

『セリ選手、戦闘不能。ファラン選手の勝利です』

 審判の判定を受け、カッツが実況としての最低限の仕事を淡々とこなす。駆け付けた救護班が五人がかりで治癒呪文をかけながらクイールを搬送していった。

 ジークがフィールドを後にしても、自分の心臓の音が聞こえるくらい闘技場は沈黙に包まれていたが、

『……やり過ぎ感が否めないが、幸い腕の切断面は綺麗だ。適切な医療術で元通りにくっつくだろう。セリ選手の再起に期待したい』

 ヴァーリースが前向きな解説をしたおかげで、ようやく会場の雰囲気が緩んだ。息をするのも忘れていたのか、観客席からは安堵のため息の大合唱となった。



 夕食のためにフロルの家に集まったのはジョージ、ハンク、フロルに、マーティン・テイラーを加えた四人だった。マーティンを誘ったのはハンクだ。「劇団へは何も言わずに出てきたからさ。心配してると思うんだ。ここで叔父さんに会っとけば、僕がコーラリにいたことを劇団に伝えてくれるだろ?」というハンクの打算をジョージはあらかじめ聞いている。

 え、ハンクが行方不明? 俺コーラリで会いましたよ。休暇を取って応援に来たと……ハァッ!? 聞いてない!? いやいや、何で連れ戻さなかったんだと言われても! 家出だったなんて知りませんでしたし!

 泡を食わされるマーティンの未来が容易に想像できて、ジョージは密かに合掌した。

 明日の午前中に準決勝、午後に決勝戦が行われ、その後表彰式、閉会式という運びであるが、マーティンは早朝にはカールへ発つつもりらしい。

「少しでも早くグロイスに戻りたい。バグマン軍監が厄介事を引き起こす前に。あの人がちょっと首を突っ込むと、何でもないことでも難事に早変わりだ」

 マーティンは「魔獣バグマンの手綱引き」としての使命に忠実で、憂鬱そうに前菜をつつく。この人貧乏くじを引くタイプっぽいなぁ、とジョージは対岸の火事である。

「バグマン将軍と言えばさ、」

 ハンクが笑いを含ませながら言った。

「第二魔法障壁『バグマン除け』って物凄い愉快な名前が付いてるけどあれ何なの?」

「何が愉快なものか。このような形で名を残すなど」

 マーティンは仏頂面でハンクを睨んだ。

「かつては大会一日目の終了後に選手全員参加のディナーパーティーが催されていたのだ。とは言っても、二日目に勝ち進んでいる選手もいるため、酒は嗜む程度に済ませるのが暗黙の了解だった。だがバグマン軍監にそんな了解など通用するはずもない。他の選手と飲み比べを始めて料理用ワインまで含めてありったけの酒を飲み干し、しまいに酔い潰れた屍が横たわる中で、一人ケツの穴にビール瓶を刺して全裸で逆立ちしていたらしい」

 何その悪夢。ハンクが吐きそうな顔をしているのは無理もないとして、フロルですら口が間抜けに半開きだ。

「フロルって前からコーラリにいるんだよな? 知らなかったのか?」

「この後に起こる事件はコーラリで知らぬ者はいないが、前夜の惨状までは聞いていない」

 ちょっと待て。この後?

「まだあんのかよ!」

とツッコミを入れつつも、まだ肝心の魔法障壁に話が及んでいないことに気付いた。

「パーティーだけで済んでいればケツにビール瓶刺した酔っ払いが大暴れしたという内々の話で終わりだ。むしろ翌日、大会二日目が軍監の名をコーラリに知らしめた」

 語るマーティンは平常心を保つために表情を失っていた。

「バグマン軍監が飲み比べで潰したのは準決勝で当たるはずの相手だった。不戦勝で悠々と進んだ決勝において、軍監は得意のあれを発動した」

 マーティンは両手で羽ばたくようなしぐさをする。

「大精霊バグマン。聞いてるこっちが恥ずかしくなる珍妙な技名を高らかに宣言したらしい。昨夜の酒でタガが外れていた軍監は、調子に乗って三対六枚の大翼を生成したという」

 それはさぞ大精霊と呼ぶにふさわしい姿だっただろう、顔面がタヌキ面でさえなければ。どちらかというと物の怪である。

「だが、千鳥足のバグマン軍監にそんな大呪文を制御する集中力があるはずもなく、三対の翼は穴の空いた風船のように四方八方めちゃくちゃに飛んでいった」

 翼の正体は「万象切り裂く白き乱刃」呪文の応用技、千刃白翼剣である。結末が読めてきたぞ。

「第一魔法障壁をみじん切りに破壊した六枚の翼は幾千幾万もの刃へと散って、闘技場本体に襲いかかった」

「そして闘技場をめちゃくちゃに切り刻んで建物を倒壊させた……とか?」

「違う」

 へ? 違うの? ジョージの予想をマーティンはよどみなく否定した。

「このままでは観客に危害が及ぶと判断した軍監は、持てる魔力を振り絞り、呪文を制御しようとした。しかし、数多の白刃を自在に操るのは容易でなく、観客たちを掠めるように軌道を逸らすことがやっとであった。結果……」

と、打って変わってマーティンはだいぶ言いよどんだ。結果何だよ、とせっつく。

 マーティンの話は、予想の斜め上を飛んで行った。

「……結果、掠めた白刃で観客たちの服がズタズタに裂け、全裸の大群衆ができあがった。男も女もだ」

 ぶーー! とハンクがスープを噴き出して、向かいに座っているジョージの顔面に直撃した。そのままハンクは上戸に入って止まらなくなった。おいテメェ! と噛みつくと、ハンクは呼吸困難になりながらも片手で詫びた。

「この一件によりバグマン軍監は大会を出禁になり、闘技場には強力な第二魔法障壁、通称バグマン除けが新設された。グロイスでは『魔獣』『剣の刺さらぬ男』などと称される軍監だが、コーラリでは『変態将軍バグマン』で通っている」

 奇跡的に負傷者はゼロ。服だけを切り裂くというミラクルを起こしてくれたおかげで、かえってわざとだったのではという噂がまことしやかに囁かれたらしい。

「俺の手でカールの汚名をそそぎたかったのだが力が及ばなかった。君のような少年に頼らなければならないのも情けない話だが、俺の代わりにカールの名誉を挽回してくれ。優勝の報を、グロイスで待っている」

 マーティンの願いは切実だった。カールの名誉なんか知ったことではなかったが、苦労人マーティンがかわいそうだったので、優勝する理由が一つ増えた。

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