相談したいこと、伝えたいこと



 フロルの用意していた馬車にしばし揺られ、到着したのは住宅地の一角だった。石造りの二階建て。各階に二部屋ずつある集合住宅である。二階、向かって右側がフロルの部屋だった。

 まるで書店のような壁一面の本棚に分厚い本がびっしりと並ぶ。カール王国史(アーロン・ハリス著)、カール王国の起源(デヴイン・ブレンナー著)、リアシー国記(ロイ・ガヴラス著)、共和制の功罪(イオアナ・カティカス著、ゲオルク・フンケ訳)といったカールやリアシーの歴史書。さらに、建築や骨董品に関する資料が綺麗に整頓されている。キャビネットには数々の壺や花瓶が所狭しと収められていた。

「私は十年ほど前に、歴史研究のためにリアシーに移り住んだ。骨董品収集も趣味でね」

 フロルに促され、二人はテーブルについた。

「古い壺や絵画に興味は?」

「あるわけねぇだろ」

 ふんぞり返ってぶっきらぼうに答えるのはジョージだ。ハンクも正直なところ興味はないのだが、フロルが少し傷ついたような表情を浮かべていたので、

「でも、面白そうだと思います。すごいコレクションですね」

と、角が立たない言い方をした。

「ハンク君、だったか。話の分かる子がいて嬉しいよ」

 目尻にしわを寄せたフロルは、背の高い白磁のティーポットとカップをテーブルに並べた。

「ハンク、こんな奴にゴマ摺ってもなんも出てこねぇぞ」

 こんなのゴマ摺ってる内に入るか。初対面なのに、興味ないですぅなどとド直球で言えるほど傍若無人ではないというだけだ、君と違って。

「私の専門はリアシー第一期時代。ちょうどリアシーからカール島に移民が出始めたころで――」

 流暢に語り始めたフロル。長くなる予感がするが、興味がある素振りをした手前、ここは愛想笑いの一手しかない。

「それより!」

 しかしジョージが声のトーンを上げて遠慮なく遮った。

「オレらが闘技場にいるってよく分かったな」

 ほとんど横槍みたいなものだったが、ハンクは我が意を得たりと頷いた。フロルは眉をぴくりと動かしたが、気を取り直して椅子に座り、

「読みが冴えわたったのだ」

と、頭を人差し指で軽く叩きながら得意げに答えた。

 昼頃に船が着くと聞いていたフロルは、港までジョージを迎えに行っていたのだが、到着が早まったおかげで入れ違いになってしまったらしい。土地勘もなく、近くに頼れる人もいない少年が、選手という立場で闘技場を見かけた時どうするか。行く当てもないしとりあえず会場に足を運ぶだろう、というフロルの読みが的中したおかげで、こうして温かいお茶を頂けている。見た目は赤みが強く、ほのかに果実のような香りも感じられる紅茶だ。カールで主流のアスマラ・ドランより甘みが引き立つ。同郷の者に出会えて肩の力が抜けた様子のジョージは、一杯目を瞬殺で飲み干し、早速二杯目をもらっていた。

 フロルがテーブルに本を置いた。

「お前が大会に出ると聞いてな、買っておいたぞ」

「それ! 港の店で売ってたやつじゃん!」

 選手の紹介冊子だ。あっぶねー買わなくて良かったー、とジョージは前のめりに表紙をめくる。ハンクも少し首を傾げて覗いた。

 優勝候補筆頭、リアシー代表ジーク・ファランの特集だけで冊子の半分近くのページが占められていた。生年月日、出身地といったプロフィールはもちろんのこと、幼少期から年齢を追った大量の写真。「小さいころに行きつけだった床屋」など、誰が知りたがるのかよく分からない情報まで載っていた。

 ジョージはお腹いっぱいとばかりに数十ページを一気に繰った。

 それ正解。ハンクは少しファランに同情していた。どこから仕入れてきたのか嘘と真実が入り混じった記事を書かれたり、公開していないはずの古い写真がなぜか掲載されていたりということはハンクにも覚えがある。今現在の活躍を公正に書いてもらうことは歓迎するが、個人的な情報を興味本位でほじくり返されて喜ぶ人はいないだろう。見ず知らずのファランが不憫に思えていたところだったので、ジョージがページを飛ばしてくれてモヤモヤが少し晴れた。

 前回大会の覇者らしく、その時の活躍ぶりも大見出しになっていた。剣を振るっているので剣士なのだろう。写真から何か得られる情報はないかとジョージは丹念に見入っていたが、肝心の写真は、爽やかな汗の飛沫と共に相手に向かっていく精悍な横顔のアップ、みたいなものばかりだったので、得られるものは何もなかったようだった。

 ジーク・ファラン以外のリアシー代表選手にも多くのページが割かれていた。つまり、露骨なまでの自国贔屓というわけだ。マーティン・テイラーの見開き一ページは外国勢としてはかなりマシな方だったが、ドゥーレムの部下であるということが相当マイナスに作用しているらしく「問題を起こす前にカール王国は出場禁止にすべし」などと言いたい放題な書かれっぷりであった。モリアーティー代表のクラウド・ジョーキンスとマチルダ・アクールは二人合わせても半ページに満たなかった。

 裏表紙に到達したジョージは、引きつったような顔でもう一度最初からざーっとページをめくった。しかし何事もないまま、再び最終ページだ。ジョージはテーブルに冊子を叩きつけた。

「オレが載ってない!」

「ほら見ろ、言った通りだったろ」

 悔しそうなジョージに、ハンクは冷やかし半分に応じた。有名人の夢、残念でした! と追撃してやりたいところだったが、いざ大会に出てしまえばそれなりの有名人になることは間違いないだろうから、藪蛇を避けるためにも深追いはしない。

 ジョージはぷりぷりしながらフロルに冊子を放った。

「こちとらパック流剣士だぞ、それを載せないとはどういう了見だ」

「パック流剣士の強さは私も知っているがな、」

と、フロルは苦笑した。

「プレーリー村の外では全く知られていない流派だ。ドゥーレムも謎の流派ということになっていたし」

 まぁあまり気にするな、とフロルがなだめる。

「パック流? っていうのはそんなに強いんですか?」

 疑問を口にしたのはハンクだ。自分より年下で、山と畑の民みたいな垢抜けない少年が、各国の猛者を抑え得るほどに強い剣術使いだとはとても思えない。

 フロルは、ほら見ろこれが現実だ、とでも言いたげな顔をして、ジョージは自身の流派の一般理解度を今更察したらしく、不服そうに口を真一文字に結んだ。

「お前も知ってる魔獣バグマン。あいつはパック流剣士だ。オレはあいつに勝った」

「あ……」

 そういえばジョージはバグマン将軍を破ったんだ。忘れてた。

 戦鬼の群れを手玉に取るという常軌を逸した強さを誇るバグマン将軍。武勇の源がその流派だとすれば、同じ流派のジョージもまた狂ったような戦力ということになる。

「優勝しちゃうんじゃないの?」

「出場したらな」

 ジョージはさらりと言って、それから、しまったと口を押さえた。

「カール王から何を言われた」

 険しい声色で即座に質問したのはフロルである。

「カール王は人払いをしてお前と二人きりで話をしたそうだな。かと思えば突然武闘大会への出場が決まり、日程ギリギリで送り出したと。さしものドゥーレムも訝しがっていたぞ」

 ジョージは目を左右に泳がせていたが、やがて意を決したように、

「相談したいことがある。それと、伝えなきゃいけないことが」

と切り出した。

 ――リュックの中身とモリアーティーの件、かな。ビクトリー号でのジョージの態度はどう見てもおかしかった。その正体が明かされようとしている。ほんの少しジョージが口を滑らせただけで、いきなり話の流れが傾いた。僥倖だ。

 果たして、ジョージの手でリュックから取り出されたのは白い小箱だった。

「風晶石だ」

 ガタン! と大きな音が部屋に響いた。椅子ごと後ずさったフロルが、勢い余って後ろにひっくり返ったのだ。

「ジョージ! お前それがなんだか分かって――」

 こんなに分かりやすく血の気の引いた人間を、ハンクは今までに見たことがない。

「分かってる。オレは風晶石をモリアーティーに運ぶように言われてカールを発った。武闘大会は……リアシー行きの建前だ。王様からは大会には出ないように言われてる。目立つからだ。相談したいことっていうのは、本当に大会を棄権した方がいいのかってこと」

 人は誰かに相談を持ち掛ける時、実は意志は決まっている。二つの選択肢があって真に五十対五十で迷っているなどということはまずない。

 ではなぜわざわざ相談という行動に出るのか。自分の意志への同意が欲しいからだ。意志はある。でもそれが正しいかどうか自信がない。だから相談という形でお墨付きを求める。

 つまり、カール王から大会へは出るなと指示されたジョージは、その指示に反して出場したいと考えているのだ。

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