第七章 集う猛者たち 4

「ハンク君、悪いが席を外してくれないか」

 君は部外者だ。フロルの目がそう言っている。

 確かに部外者だ。風晶石が何なのかも知らない。出場するしないで何が変わるのか見当もつかないし、プレーリー村長や「先生」とも面識はない。

「いえ、大丈夫です。邪魔はしませんのでそのまま続けて下さい」

 ――戻れなくなるぞ。今ならジョージの単なる友人、一般人でいられる。

 ふいに鋭くなったフロルの目がそう語りかけているような気がした。

 広い世界を見たくて、僕はカールを飛び出した。ジョージについて行けば新しい世界に辿り着けるような気がしている。ここで席を立つようなら、きっとジョージについて行く資格はない。

 話を聞かせて欲しい。僕自身の目的のために、そして何より、僕がこれからもジョージの友人でいるために。

 フロルはハンクから視線を外した。同席を許されたのだとハンクは解釈した。


 ジョージはまず、カール王から風晶石を託された経緯を説明した。フロルは腕組みをしたまま最後まで清聴した上で、

「それで、お前は棄権したくないと考えているわけだな」

と、自然に続きを促す。否定も肯定もなく、とにかくジョージの話を全て聞こうという構えだ。相談相手としてこの上ない。

「マントの男の注意をこっちに引きつけたい。風晶石をオレが持っているってこと、マントの男は知らないはずだろ? 仮にその情報を入手していたとしても、確証がなかったらどうする。オレがマントの男だったら念のためグロイスを更地にして風晶石を探すぞ」

 こうしている間にも、マントの男はグロイスに潜伏していて風晶石奪取の機会をうかがっているかもしれない。

「なんとしてもマントの男がグロイスを吹き飛ばすのを阻止したい」

 オレが大会で目立てば、その活躍はグロイスでも報道されるはずだ。そうすればマントの男も早急にグロイスを離れ、リアシーへと渡ってくるに違いない。これがジョージの描いた絵だった。

「どう思う、フロル?」

「この大会、確かに事実上の国別対抗戦としてグロイスでも認知はされている。しかし、リアシーでの熱狂ぶりと比べると温度差は歴然だ。どうだ、ハンク君?」

 グロイスのことはグロイス市民に。意見を求められたハンクは首を縦に振った。

「確かに。叔父が出ているから僕は武闘大会のことを知っていましたけど、普通の人はそこまで気にかけていないと思います。たまに掲示板で宣伝を見かけるくらいです」

「とすると、優勝でもしなければ、グロイスで大々的に報じられることはあるまい」

「そんなら優勝すりゃいいだけのことだろ」

 ジョージはイライラと指でテーブルを叩いた。元よりマントの男をグロイスから剥がせるなら優勝でもなんでもやってやるつもりだ。

「首尾よく優勝して、お前の活躍がマントの男の耳に届いたと仮定する。それで、果たして本当に奴はグロイスへの攻撃を止めて海を渡ってくるだろうか。『ジョージが風晶石を託されたことをマントの男は知らない』という前提だと、お前がどこで何をしようともマントの男は気にも留めないはずだ。マントの男の狙いはあくまで五つの秘宝であって、ジョージ・パーキンソン個人ではないから」

「でも、オレと奴には村での因縁がある! キュベレ山でも先生と――」

 だからオレを無視するわけにはいかないはずだ!

「お前にとっては因縁の相手でも、マントの男にとってもそうだとは限らん」

 フロルはぴしゃりと言った。

 何も知らないくせに! と噛みつきたくても噛みつけなくて歯ぎしりした。最初にフロルは否定も肯定もなくジョージの話を全て真正面から受け止めた。その上での公正な指摘だけに、自分の考えがいかにご都合主義だったかと思い知らされる。

「もちろん、例えば闘技場の真ん中で風晶石を振り回しながら、風晶石はここだ! とでもアピールするなら話は別だが」

 フロルはピリついた空気を和ませるための冗談のつもりだったのだろうが、意気消沈しかかっていたジョージは目の前にぶら下がった次善の策に飛びついた。

「じゃあそうする!」

「そうするって?」

 尋ねたのはハンクだ。

「だから、表彰式の時に、風晶石を持ってることを宣言するのさ。その後でモリアーティーに向かうことにする。フロル、アドバイスありがとう」

 最後の一言は皮肉を込めたせめてもの反撃のつもりだったが、

「私が言っているのはそういうことではない!」

 迎撃したのはフロルの凄まじい剣幕だった。

「騒ぎを起こさず静かにモリアーティーへ向かえと言っているのだ! 自分の使命を忘れるな! 大会は棄権するべきだ」

「だけど、それじゃグロイスが危ねぇだろ!!」

 負けじとジョージも吠えた。大声ならオレに分がある。凍りついたハンクは手を滑らせてカップを落とした。

「お前が大会で優勝したところで、グロイスの危機は変わらん!」

 フロルは砕け散るカップには目もくれない。

「なんでさ! あんたが言ったんじゃねぇか! 風晶石持ってるのを宣言すればグロイスは大丈夫だって!」

「冗談を真に受けるな! 確かにグロイスから目を逸らすことはできるかもしれない、だが、お前自身の命と風晶石が危険にさらされる。風晶石は封印された冥王の断片なのだ! すでに水晶石は敵の手に落ち、風晶石までも奪われれば世界への脅威はどれほど増すことか! そう、脅威に晒されるのは一つの街や国には留まらない『世界』だ! 当然グロイスも『世界』に含まれるから、グロイスから危機が去ることにはならない。今はカール王の命に従い、モリアーティーへと秘密裏に輸送するのが最善なのだ!」


「知るかそんなもん!!」


 フロルが気圧されたのが分かった。

「世界がどうとか、オレ自身が危険だとか、そんなこと知ったことか! キユリを守るのがオレにとっての最善だ!!」

 フロルに口を挟む間を与えず、ジョージは感情を爆発させた。

「あんた知ってるか!? あいつはもうすぐグロイスに引っ越すんだ。やっと家族揃って暮らせるようになるんだぞ! プレーリーであいつは一度死にかけた。オレのせいだ! これ以上キユリを悲しい目にあわせるわけにはいかない! オレを殺しに来るってなら望むところだ! 今度こそぶっ倒してやる!」

 洗いざらい吐き出すと、ジョージは荒々しく息をしながら椅子に座り直した。いつの間にか立ち上がって叫んでいたのだ。

 毒気を抜かれたようなフロルはハンクと顔を見合わせ、居心地が悪そうに鼻の頭を掻いた。

「これが愛の力って奴か」

「すごいですね」

 んなッ!? 

 ジョージは目を剥いた。バカ野郎! と怒鳴ろうとしたところで、フロルが何かをぼそっと呟きながら空中で指を横になぞった。上下の唇がくっついて離れなくなった。んー! とくっついた唇を引きはがそうともがくが、べりっといってしまいそうなのであまり力任せにとはいかない。

「お前の意見は分かった。私は私で率直な意見を述べたので、この先はお前が自分で考えて決めれば良いことだ。安心しろ。お前がどんな決断をしようとも、我が友パック・オルタナに代わり、私は常にお前の力となろう」

 フロルはさっきとは逆向きに指を滑らせた。唇がぱっと離れた。

「先生のこと、知ってたのか」

 相談したいことと伝えたいこと。その後者というのはまさにパックのことだった。

「ドゥーレムから聞いた。残念だ」

 オレがもっと強ければ。先生と肩を並べて戦える実力があれば。せめて足手まといにさえならなければ。結果は違ったかもしれない。たらればに意味はないと分かっていても、想像せずにはいられない。

「パックとは歳も近く、仲が良かった。多少は剣の手ほどきも受けたことがある。残念ながら私に武の才はなかったようだが」

と、フロルは自嘲気味に苦笑した。フロルもまた、パックとの思い出があるのだろう。ジョージのそれとは違う、友人としての思い出が。

「お前には私と違ってパックから受け継いだ剣の力がある。期待を裏切ってくれるなよ。ゆめゆめ我が友の名を汚すことなきよう。マントの男を倒すというのなら、こんな大会くらいは悠々と優勝してみせろ」

 当然だ。テーブルの上でぐっとこぶしを握る。

 あれほど激しかった雨はいつの間にか上がり、窓から日差しが差し込んできた。


 ジョージはフロル宅で二泊して長い船旅の疲れを癒し、二人の仲間と共にお祭り騒ぎの闘技場へと向かった。

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