同郷
魚介ベースのスープに細い麺が絡むナーレンというご当地麺料理を堪能し、体も温まった二人は、満を持して五番ゲートに乗り込んだ。一番ゲートと同じく、いかめしい表情の警備員が睨みをきかせている。しかしジョージが物怖じするはずもない。すたすたと歩み寄ると、単刀直入に切り出した。
「入れてくれ」
「だめだ」
飛び回るハエを見るような目で警備員は答えた。
ここからは一番ゲートの時と大体同じようなやり取りを繰り返した。
選手だと名乗ると、警備員は腑に落ちない様子で場内に引っ込み、金属の環でまとめられた書類を手に戻ってきた。彼は書類をパラパラとめくり、ある一枚で手を止めた。そして、ジョージの顔と見比べ、
「なるほど、ぎりぎりでエントリーしてきたというのは君だったのか」
ようやく納得したように何度か小さく頷いた。
「元々今日は選手への会場公開日だ。ようこそ、リアシー国立闘技場へ」
「マーティン・テイラーも来てますか?」
ゲート内に雨が降り込んでくることはない。傘をたたみながらハンクが尋ねた。
「僕の叔父なんですけど」
「テイラー選手だったら朝一番に来て昼前には帰られたよ。入れ違いになってしまったな」
「宿泊場所とか知りませんか?」
土地勘のない場所で、現状ではハンクの叔父が唯一頼りになりそうな人物である。合流できれば心強い。ナイス質問! と内心でハンクにエールを送ったが、
「さあ、そこまでは分からないな」
あっさりと答えた警備員は、ジョージに名簿とペンを差し出した。ハンクは肩をすくめた。
「パーキンソン君、これに名前書いて」
名簿には出身国別に選手の氏名が書き並べてあり、その横に署名欄がある。マーティン・テイラーの名前を探すと、角ばった筆跡の署名が入っていた。
カール王国からはジョージとマーティンの二名。モリアーティー公国からも二人の選手が登録されているようだ。開催国であるリアシー共和国からは四人もの名が連ねてある。
字が綺麗ならこういう時もかっこ悪くないのに、と思いながらもジョージは署名欄にガリガリと名前を書き込んだ。
「では、ゲートを入ってまっすぐ進みなさい。別の者が対応する」
本来であれば関係者でも何でもないハンクは入れないらしいのだが、外で待たせるのも酷だろう、と温情をかけてくれた。
ゲートを進んですぐのところで、係の女性から首掛け式の入場許可証と会場案内図を受け取った。好きなように見て回って構わないらしい。係員が横にくっついて来て決まったルートを言われた通りに見学することを予想していたジョージは、密かに得した気分になった。
四層構成の観客席が楕円形の競技フィールドを取り囲む。
観客席上部のアーチの中には金色の像がずらりと並び、競技フィールドを見下ろしていた。会場案内図に記載された闘技場の解説文によると、闘技場外壁の像と観客席上部の像はそれぞれ対を成す神の姿であるらしい。前者は地上を見守る神々、後者は死者の世界たる冥界の神々である。ひどい猫背、すだれのような髪の奥に深く落ち窪んだ目を持つ神、ぼろぼろの布を全身に纏って玉座に座る四つ腕の異形の神、竪琴を手に、無数の骸を伴い物憂げな表情を浮かべる神など、冥界の神の姿はどこかおどろおどろしい。
「すげぇな、ここ全部人で埋まるのか」
多くの人間が一堂に介する場と言えば、ジョージはプレーリー村の数百人が集まる豊穣祭しか知らない。四万人という途方もない数の観客が空間を覆った時の熱気や迫力はいかほどのものか。ジョージには全然想像もつかなかった。
観客席と競技フィールドの境目にはユネハス製の魔法動力装置により強力な魔法障壁が常時展開される。万が一それが突破されるような事態になっても、第二魔法障壁が即時展開して観客席を守る仕組みになっている。
「派手にやっても大丈夫ってことか」
「『第二魔法障壁(通称バグマン除け)』だって」
と、ハンクは案内図の一文を指差してククっと笑った。
「すげぇなあいつ。出禁になったくせにしっかり爪痕を残してやがる」
彼が何かやらかしたのをきっかけに設けられたのが第二魔法障壁なのだろう。大精霊ドゥーレム! とか何とか、死ぬほどダサい技名叫んで闘技場を半壊させたとしたらカール王ヴィクティーリアが頭を抱えていたのも頷けるし、奴ならやりかねん。
次に二人は選手控室に向かった。扉に名前の刻まれたプレートがかかっており、一人一室が割り当てられていた。ちなみにジョージの右隣はマーティン・テイラー、左隣はモリアーティー選手の一人クラウド・ジョーキンスの部屋だった。
扉を開けると、室内はテーブルと椅子が置いてあるだけだったので、中に入る必要も感じられずそのまま扉を閉めた。
施設内にも軽食を出す売店があるようだが、準備中だった。一通り目ぼしいものは見てしまったので、二人は五番ゲートに戻ってきた。
散切り頭の中年男性が警備員と何やら揉めている。
「来たかどうかくらい教えてくれてもいいだろう!」
人を探しているらしい。
「ならん。部外者においそれと選手情報を渡せるか」
と、警備員は仏頂面で突っ放した。
うわー、なんかイヤな時に戻ってきちゃったな。巻き込まれては敵わんと、二人はこっそりと通り抜けようとした。しかしこういう時に限って、
「あ」
男性と目が合った。あ、じゃないよ。反射的に顔を背ける。
「おい貴様! いい加減にせんとしょっぴくぞ!」
警備員が一喝し男性に詰め寄る。しかし男性は、
「もう結構。面倒をかけました」
と、いきなり聞き分けが良くなり、腰から深く頭を下げた。そして気配を殺して立ち去ろうとしていたジョージの腕をむんずと掴んだ。
「やっと見つけたぞジョージ・パーキンソン」
え? オレを探してたの?
「知り合い?」
ハンクがささやく。知らねーよ、とジョージは口の動きだけで返事をした。つい最近までプレーリー村から出たこともなかったのに、外国に知り合いがいるはずない。
男性の背後で、警備員が警棒を構えたのが見えた。実力行使で取り押さえにかかるつもりなのだ。そうとも知らず、男性は、
「お前がコーラリに来る旨、ドゥーレムから連絡をもらっていた。無事合流できて良かった」
と、ほっとした様子だ。
ついに警備員が男性に向かって警棒を振り下ろした。もう! こいつはこいつで血の気が多い! ジョージは中年男性と警備員の間に鋭く滑り込み、素手で警棒を止めた。手のひらがじーんと痺れた。
警備員はジョージを恨みがましく睨んだ。助けてやろうとしたのにその男をかばうとは何事か、と顔に書いてある。
ジョージは警備員を無視し、男性の手を引いてゲートからさっさと離れた。
「ドゥーレムを知ってるんだな?」
「もちろんだ。お前のこともよく知っている。赤ん坊のころからな。ラーラルドが手を焼くわんぱく小僧だった」
ハンクが目を丸くしてジョージと男性を交互に見ている。
「もしかしてプレーリー出身?」
「よもやここまで見事に忘れられているとはな。お前のおむつも替えたことがあるんだぞ」
男は苦笑した。
「私はフロル・ペール。プレーリー村長ガッドの息子だ」
顔は全く覚えがないが、フロルという名は記憶にあった。そして言われてみればガッドの面影もあるような。少し面長な輪郭とか、何となく目元とか――。似ていると言えば似ているし、赤の他人と言えばそうかと納得しそうなくらいの微妙な面影だった。
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