入国審査


 眼鏡をかけたずんぐりむっくりな男を伴ってサンダースが戻ってきた時、ジョージとベアードは掃除を終えてデッキブラシでチャンバラをしているところだった。

「ナノリ市出入国管理局のラーサー・ラングウェイです。遅くなってすみませんね」

「おう、いつも通りよろしく……いてっ」

 ベアードがよそ見をしたのを見逃さず、ジョージはデッキブラシを槍投げの如く投擲。ベアードのおでこに直撃した。

「不意打ちはなしだろ!」

「知るか、よそ見する方が悪い! 戦場じゃ命取りだぞ」

「ここは戦場じゃなくて船上ですぅ!」

 揉める二人を無視して、ラングウェイは手元の書類に視線を走らせた。そして話しかけた相手はサンダースであった。船長を差し置いてであるが、ラングウェイの心中お察しするといったところだ。

「では、入国者の確認をします」

「はい」

 サンダースが他の船員たちの召集に走る間際、ラングウェイは、

「いつも大変ですな」

とねぎらいの言葉をかけた。

「おたくの船は常連、優良なので、まぁ手早く終わらせますよ」

「度々お見苦しいところをすみません。よろしくお願いします」

 そして、ジョージ、ベアード、サンダース、その他船員八名を加えた計十一名が甲板に揃った。

 人数及び名前を、提出済みの入国書類の記載と照らし合わせていく。

「マスル・ベアード船長以下十名は変わりなく……と。規則なので一応確認しますが、入国目的と期間は?」

「商業目的だ。武具の輸出入。期間は一ヶ月」

「ですよねー」

と、ベアードが答える前からラングウェイは書類にペンを走らせている。勝手の分からないジョージから見てもザルな審査だが、顔なじみだからこそ為せる技なのだろう。

 続いてラングウェイはジョージに対面する。

「パーキンソンさんにつきましてはリアシー武闘大会運営当局及びグロイス市より通達が来ております。我が国への渡航は初とのことですので、いくつか確認事項がありますが、よろしいですな?」

 はい、と口を開きかけたが、ラングウェイはジョージの返答を待たず、てきぱきと質問を始めた。

「年齢と出身地を」

「十五歳、出身はプレーリー村」

「プレーリー村?」

 首を傾げながら口を挟むのはベアードだ。

「聞かねぇ村だな。知ってるか? ロッツ」

 話を振られたサンダースも眉間にしわを寄せる。

「カール王国の辺境の村ですな。確かキュベレ山の山頂に集落があるとか」

 おお、すごいなこのおっさん。ジョージは感心した。入国管理官というだけのことはあって地理に明るいらしい。カール人ですら知る者が少ない村なのに大したものである。

「未成年ですのでご両親を登録いたします。ご両親はどちらに?」

「両親ともすでにいない」

「おっと失礼」

と、ラングウェイはさほど失礼とも思っていない様子で事務的に答えた。

「では後見人は」

「後見人って?」

「親代わりみたいなものですな」

 親代わりと聞いてぱっと浮かんだのは、

「ニーニャ・アールンクル」

 小さい頃から面倒を見てくれた、キユリの母親である。

「それはどちら様で?」

 しかし改めてどちら様と聞かれるとどう答えてよいものやら、ジョージは迷った。

「近所のおばさん……?」

 うーん、とラングウェイはペンを止めて唸った。

「もうちょっと何かないですかねぇ。あるいは別の分かりやすい人を指名して頂いてもいいですよ。要は物言いがつかない形で書類に登録できればいいだけなんで。初登録は局長のチェックが厳しいんですわ」

と、ラングウェイは盛大にぶっちゃけた。つまり、ラングウェイにとっては上司から指摘を食らうことのないような、出自のはっきりしている人物を後見人として登録することが望ましいらしい。

「あんまり無関係な人を指名されても困りますけど」

 ぶっちゃけつつもラングウェイは抜かりなく釘を差す。

 ジョージは腕を組んで少し考えた後、

「よーし、じゃあガッド・ペールで! プレーリー村の村長だ」

 村長なら不足あるまい。ラングウェイも納得したように頷きながら「助かります」と書類をめくったが、

「ガッド・ペール?」

 またも首を傾げながら口を挟んだ男がいた。ベアードである。

「何だよ、文句あんのか」

「いや、どっかで聞いた名前だなーって思ってよ。知ってるか? ロッツ」

 振られたサンダースは再び眉間にしわを寄せた。

「入国する方はこれで全てですな?」

 ラングウェイが会話の流れを取り戻すべく、語気を強めた。

「ああ。全員だ」

 ベアードは何食わぬ顔で大嘘をついた。

「え、ハンクは……」

と言いかけたジョージは、ベアードの肘打ちを脇腹に食らった。ラングウェイは書類を見ていて気づかぬ素振りである。

「それでは、積み荷の検査をさせて頂くことにもちろん同意なさいますな?」

 ラングウェイはページをめくって、二枚目の紙に何かを書き込みながら言った。

「おう。ついて来い」

 ベアードとラングウェイが船倉に消えていったのを見届けた船員たちは持ち場に散っていく。

「何で肘打ち!? 嘘ついたのベアードだろ」

 ジョージは脇腹をさすりながら口をへの字にした。

「ハンクさんは届け出がされてませんので」

 わけを教えてくれたのはサンダースだった。

「ジョージさんは大会出場の名目で国が無理矢理申請をねじ込んでますけど、ハンクさんは飛び入りだったので言わば密航状態なんです。うちの船は色々融通利かせてもらっているとは言え大っぴらな違反はラングウェイさんも見逃すわけにはいかなくなるので、ハンクさんには審査の前に抜け出してもらったんです」

 ラングウェイが見て確認した船員数と提出書類の整合性がとれてさえいれば、それ以上は問わないという暗黙の了解があるようだ。

「要するに、もしも未届けの人が乗ってたら入国審査前にどこかに隠しておいてくれという不文律です」

 本来、入国審査が終了するまでは誰も船を降りてはならないことになっているらしい。正確には、入港する船を入国管理官が港で待ち構えていて、接岸するや否や確認のために乗船するので、船員の無断下船という状況は発生しないことになる。

 ビクトリー号が長時間放置され、サンダースがわざわざ出入国管理局に出向くことになったのも、ビクトリー号が優良常連船としての実績を積んできた賜物である。

 つまり、長年の関係性が築いたお目こぼしが存在しているということだ。余計な仕事が増えるのを嫌うラングウェイにとっても、なあなあで済ます方がすこぶる都合が良いらしい。

 感心していいのか呆れていいのか迷うジョージを尻目に、サンダースは「ちょっとベアードさんの様子見てきます。問題起こしてないか心配なので」と船倉へ追いかけていった。


「最後に簡単な身体検査をします」

 幸いなことにベアードは特に問題を起こさなかったらしく、ラングウェイは十分くらいで早々に戻ってきて、再度船員に召集をかけた。問題を起こすに違いないと踏んで持ち場に戻っていた船員たちからすれば肩透かしにあった心地である。

「パーキンソンさんは初めてでしょうから、説明致しましょう」

 ラングウェイは太鼓のばちのような棒を取り出す。

「これは入国審査時によく使う極めて一般的な道具でして、その名を『検査センサー』と言います。不審な物に近付けると、ここの……分かりますかね……」

と、検査センサーの柄の部分を示した。小さなガラス玉が埋まっている。

「ここのガラスが光るように魔法がかけられています」

「不審な物って例えば?」

「経験上、妙な薬品とか、腐った肉なんかが引っかかりましたな。衛生上問題ありとのことでしょうな。と言っても、検査センサーのその日の気分次第で引っかかったり引っかからなかったりするので何とも言えませんが。いつだったか、どんなに所持品検査をしても全く問題が見つからない見目麗しき女性 に、センサーが反応し続けてどうしようもないこともありました。結局『センサーが色ボケに走った』ということで処理しましたな」

 何とも雑な判断基準である。ベアードは「まぁ、女性が相手なら仕方ないわな」とセンサーに理解を示しているが、どうなんだそれ?

「それでは早速」

と、ラングウェイは船員たちを検査センサーでつっつき始めた。

 ジョージは風晶石入りのリュックを常に背負っている。肌身離さずとのカール王の言いつけを守っているからだ。検査センサーが風晶石をどう判断するか、ジョージは順番を待ちながら内心でドギマギしていた。

 多分大丈夫だ。カール王は確か、白い箱が風晶石の闇の魔力を遮断すると話していた。センサーに捉えられるはずがない。

 いやちょっと待て、ただの美人に引っかかったテキトーセンサーだぞ。白い箱自体を不審な物と判断する可能性もある。

 もし引っかかったらどうごまかす。

 ごまかしきれずに没収されるかもしれない。

 没収されたらどう取り戻す。出入国管理局へ忍び込むならロッツに協力を……駄目だ、ロッツは風晶石のことを知らない。無駄に犯罪に手を貸すはずがない。ハンクならどうせ密航者だ。毒食わば皿までで手伝わせてやる。

 ちょっと待てはやるな。まだセンサーに引っかかると決まったわけじゃねぇ。白い箱を信じて……。

 思考が堂々巡りしている内に、ジョージの顔にラングウェイの影が落ちた。

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