武器マニアのおもちゃ箱



 どうだすごいだろう、とベアードの顔に書いてある。いつもの彼なら大声で自慢してくるくせに、よほど自信があるのか、こちらが自発的に「すげぇぇ!」と驚嘆の声を上げるのを、得意げに待っているのだ。

 その思惑には乗らん! ジョージはむっつりと部屋を見回している。

「ちょっとベアードさん、そんなにはしゃがないでください。重いっす」

 不満を表明したのは船員ロッツ・サンダースである。

「歳考えずに無茶やるからこんなことになるんすよ」

「うるせぇロッツ! てめぇは黙って支えてりゃいいんだ!」

 サンダースの肩を借りているくせに、ベアードは態度がでかい。

 なぜ自分の足で満足に立てなくなってしまったかというと、昨晩ジョージの修行の相手をしたせいで全身筋肉痛になってしまったからだ。「丸太みたいな手足してるくせに、どんだけハードに動けば筋肉痛になるんすか」と、サンダースはぼやきとため息の合わせ技である。

「くそ、何で今日来たんだろうな」

 ベアードはサンダースのぼやきを無視してふくらはぎを拳で叩いた。歳を取ると筋肉痛は二日後に来るものだが昨日の今日で来たのが不思議らしい。

「それ、歳関係ないらしいですよ」

 ハンクの指摘に、ベアードの眉毛が八の字になった。

「歳取ったら無意識に運動量をセーブするからだって。若い頃と同じくらい負荷をかければすぐに筋肉痛来るみたい。今回は相当動いたんじゃない?」

「こいつが人をいいように使いやがったんだ」

 ベアードの剣の腕はジョージの想像をはるかに上回っていた。動くまとになれば十分だと期待値を下げていたのだが、ジョージと打ち合えるくらいの剣捌きを披露してくれた。

 どこかで習ったのかと問うと、「昔モリアーティーからカールへ向かう途中で船に乗せたおっさんに教わった」とベアードは胸を張った。せっかく習った剣術が錆びつかないようにと、数十年も我流で修行を続けていたらしい。継続は力なりを目の当たりにした格好である。

 調子に乗らせておくのも癪なので、ジョージは少し本気で剣を振るってみたのだが、ベアードも意地で食らいついてきた。それどころか「全力でガードしていろ」と忠告したのに、ベアードは猪の如く全力で突っ込んできたくらいだ。

 そして翌日、彼はサンダースに肩を借りなければろくに立てなくなった次第である。素直に休んでいればいいものを、ジョージとハンクの二人はベアードに呼び出され、船倉の奥、船長専用の倉庫に案内されたのだ。

「すげぇぇ!」待ちには乗ってやらないと誓いながらも、ジョージは倉庫の壁に掛けられた数々の武具に目を奪われていた。

「そいつは『阿字あじの一刀』。昔オークションで競り落とした。魔と煩悩を払う神聖な剣だと言われている」

 ベアードが意気揚々と解説を挟む。ジョージが眺めていたのはすらりと細長い両刃、鍔はなく、柄が魚の骨のように節立った剣だ。

「綺麗な矢だね」

 ベアード御所望の称賛の言葉をようやく発したのはハンクである。虹色の矢羽が美しい矢が一本、壁にかかっていた。

 ベアードはその矢を壁から外すとハンクに手渡した。ハンクは矢の角度を変えながら丹念に観察した。矢羽が七色に瞬く。

「気に入ったか? 『あめ羽々矢はばや』だ。その輝く軌跡は闇夜をも切り裂くという。折れたら元も子もねぇし、実践したことはねぇが」

 へー、とハンクは言うほど興味もなさそうに、天の羽々矢を壁に戻した。

「珍しい品見つけたらついつい買っちまうんだわ。使うわけでも売るわけでもねぇ、コレクションとして」

 神話の時代に炎帝ウルカヌスが退治した伝説の大蛇の腹から現れたと伝えられる『都牟刈つむがりの大刀』、珠で美しく装飾された『あま瓊矛ぬほこ』、片翼を戴き蛇が巻きついた『偸生とうせいの杖』など。それぞれに由緒ある逸品である。

「謂れがどこまで本当かは眉唾だけどな。都牟刈の大刀の伝説なんかいかにも作り話っぽいじゃん。炎帝だの大蛇だの」

 ベアードは都牟刈の大刀を手に取るとクルクルと振り回した。

「あんたがそれを言っちゃうのかよ。高いカネ出してんだろ」

「過去の名品に背びれ尾ひれくっついて伝説じみた話になるなんてのはよくあることよ。俺は名品を集めてるのであって、伝説を買ってるわけじゃねぇんだ。例えばお前のモリア銀の剣に伝説はないだろうが、俺はちゃんと欲しいからな。……心配するな、無理に取り上げるような真似はしねぇよ」

「コレクション集めるお金あったら船員の給金をもっと上げてくれても……」

とぶつくさ垂れるサンダースだったが、ベアードの強烈な眼光で尻すぼみになった。

「なぁ、どれでもいいから一本くれよ。お前が持ってても宝の持ち腐れだろ。剣も強い奴に使ってもらった方が喜ぶぞ」

 今まで散々食らってきた不知火頂戴オーラに対抗して、ジョージもダメ元で提案してみる。

「やるかボケ」

と、ベアードは挑発的にあかんべぇをした。

「もう剣あるじゃん」

 不知火を顎で指すのはハンクだ。

「浮気? 不倫? うわー、君の先生悲しむぞー」

「ちげーわ! オレと不知火は一連托生だ。相思相愛だ! 予備としてもう一本くらい持っててもいいかなぁってちょっと思っただけ!」

 どうせ持つなら強い剣の方が嬉しい。武器商人たるベアードの目利きなら、少なくともナマクラなんか置いていないはずだ。

 ベアードは「予備かよ……」とうなだれた。「剣と相思相愛ってのも虚しいね」などと冷やかしてくるハンクは無視するに限る。

「んじゃあれでいいよ。大会出場祝いとしてさ」

 ジョージが指差したのは、倉庫の隅の台に置かれた剣だった。ベアード自慢の数々の剣がいかにも自慢の展示品として抜き身で壁に掛けられている中で、台の上の剣は鞘に収められたまま無造作に放置されている。とはいえ、船長専用の倉庫に収蔵されているからにはそれなりの品だろうと踏んでいた。

 ベアードは剣を取り上げると、おもむろに鞘から抜いた。

「こいつは俺が唯一実用品として使ってる剣だ」

「あ、それ!」

 昨晩ベアードが振るっていた剣だった。ガラスのように透き通った水色の刃に龍が彫られている。特徴的なのでよく覚えていたのだ。

「綺麗ですね」

 近寄ったハンクの顔が、刃の向こうに透けた。

「だろ。俺に剣術を教えてくれたおっさんが別れ際にくれたんだ。こいつだけはただ飾って埃被らせるのがおっさんに申し訳なくてなー。あれからもう何十年も経つのに汚れないし欠けないし、すんげぇ大業物よ」

 珠のごとき剣だ。粗暴なベアードにこれほど似合わない剣はないだろう。なたとか斧とか、何なら丸太とかの方がお似合いだ。

「お前、今すげぇ失礼なこと考えてねぇか?」

 ジョージは少したじろいだ。粗暴なだけの雑な男に見えてちょくちょく鋭いところがある。昨晩、不知火への思い入れについて急に物分かりが良くなったのもまさに、だ。

 なるほど、目利きを生業にしているだけのことはある。ベアードの印象を改めた方がいいかもしれないとジョージは思った。



 ビクトリー号は岸壁についた。

「初めての外国のご感想は?」

 ハンクは余裕綽々しゃくしゃくのインタビュー調だ。

 リアシー領ナノリ島。ビクトリー号はついにリアシー共和国への玄関口に到着したのだ。

 赤いレンガ造りの街並みはグロイスとよく似ているが、壁に整然と並ぶ窓がグロイスより大体三、四階分くらい多いように見える。つまり、ナノリの建物の方が高いのだ。また、よく見ると屋根の意匠が異なっている。グロイスは三角屋根や煙突が目立っていたが、ナノリの建物は屋根が平たかった。とは言え、

「あんまピンと来ねぇな」

「っかー! 寂しい男だねぇ。ちゃんと人生楽しい? もっとこう『うわーすげー、早く行ってみようぜ!』とか、」

 ハンクは両手を挙げてぴょんぴょん跳ねた。

「『うまいもんあるかなー! よだれが出そうだぜ!』とかないわけ?」

 次に彼は大げさによだれを拭く仕草をし、ジョージはひょうきんな芝居に笑いそうになった。

「ナノリはまだカール色が強いからなぁ。ザ外国! って感じはしないかもしれん」

 会話に加わったのはデッキブラシで甲板を掃除しているベアードである。

 今日のベアードはきちんと・・・・ランニングシャツを着ていた。ベアードは上半身裸がむしろ普段着で、ランニングシャツこそが一張羅だということを、船旅の中でジョージは学んでいる。

 ナノリはカールとリアシーの中間にあるので、両国からの影響を受け、混じり合ったような文化となっているらしい。

「そもそも、カール自体がリアシーと同じ文化圏だし」

と言いながら、ベアードは床にへばりついて凍っている海藻を剥ぎ取って海に投げ捨てた。

 カール王国は大昔にリアシーからの移住者により建国された国である。その後の年月のなかで双方の国は独自に発展していったのだが、出自が同じなので文化も似通っている。ナノリに目新しさがないのは無理もなかった。

「ほれ、お前も掃除手伝え。働かざる者食うべからず、だ」

 ベアードは柵に立てかけてあるもう一本のデッキブラシをジョージに放り投げた。最初から手伝わせるつもりで用意していたに違いない。「俺こっち半分やるから、お前そっち半分な」と、ベアードは一方的に甲板の担当を区切った。

 オレのがちょっと広いじゃねぇか! と噛みつくジョージを尻目に、ハンクはすたすたと桟橋へと向かっていった。

「僕はちょっと町を散歩してくるね」

「おう、行ってこい!」

と、ベアードは手を振る代わりに朗らかにデッキブラシを振った。

「いや!? おかしいだろ! お前も掃除しろ!」

 抗議するジョージの脳天にブラシの柄が降り注ぎ、視界に星が散った。

「あいつはいいの」

「何で!」

「ロッツが戻ってきたら分かる」

 サンダースは入国手続きのためにナノリ市出入国管理局へ赴いているところである。

「黙って掃除してろ」

 そう言うと、ベアード自らも腰を入れて床を磨き始めた。

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