風晶石

 扉の幻影の向こうはさっきまでと同じような通路が続いていた。壁には相変わらず謎の光が点滅している。

「なぜ破壊できないんですか、扉?」

 ジョージは背後を振り返った。ジョージが勢い良く飛び越えたから、半透明の扉は激しく波打っていた。

 扉が半透明になったのはヴィクティーリアがマス目に触れて何らかの操作をしたからだろうが、その気になれば壊してでも突破できそうなものである。

「あの扉が、本当は存在していない幻だからだ」

「……いや意味分かんねっす」

「私も全てを理解しているわけではないのだがな、」

 ヴィクティーリアの説明によると、本来は扉の向こうと通り抜けたこちら側の通路は全く別の場所にあり、繋がっていないそうだ。回路から投影された幻影の扉が通路同士を接続しており、ヴィクティーリアがやったようにマス目の番号を決まった順番で押してロックを解除することで半透明になり通り抜けができるようになる。一方で、強引に扉を破壊したとしても、扉の映像が投影されていた元の黒い壁が露になるだけで、通路が繋がるわけではない。

「さらに、対物及び対魔法障壁が幾重にも張り巡らされており、外敵の侵入を防ぐ」

 扉に辿り着くまでにも、城の地下深く、螺旋階段を下ること一時間近くかかった。ぐるぐるとひたすら階段を降りていると気が狂いそうになった。加えて扉のロック、さらに障壁による防衛機構だ。

 そこまでして何を守っている。ここに何がある。

 五つの宝玉……。国が守る秘宝……。何となく、ヴィクティーリアが語った冥王ルチフェルの秘密が思い出された。


 最奥はそれまでの黒い壁天井と打って変わって雪のように真っ白だった。

 白い台がある。その上に透明なケースが置いてあった。中には拳大の石が一つ。

「五つの秘宝の一つ、風晶石だ」

 ヴィクティーリアは言った。

 風晶石。緑色の靄のようなものが中で渦巻く美しい宝玉だが、その正体は冥王ルチフェルの封印石だ。その割には特に危険な感じや邪悪な気配はない。本当にただ綺麗な石である。そういえば、村の祠でも特別な違和感は無かった。ルチフェルの断片たる水晶石が安置してあったにも関わらずだ。それも木製のボロい社にポンと置いてあっただけだったのに。

「我が国が守るもう一つの秘宝、風晶石。黒いマントの男は必ず風晶石を狙ってくるだろう」

「じゃあオレはここで待っていればいいんですね」

 飛んで火にいる夏の虫である。ほっときゃ向こうから来てくれるなんて願ったりかなったりだ。

「城の奥深くまで敵の侵入を許すということは、それ以前にグロイス市街がどういう有様になっているか……想像したくもない」

と、ヴィクティーリアは顔をしかめた。ジョージは「確かに」と眉間にしわを寄せる。マントの男なら律儀に螺旋階段を降りたりしないで街を岩盤まで丸ごと吹き飛ばしてきそうなものである。

「君には風晶石をモリアーティー公国に運んでもらいたい」

「はい?」

 唐突な申し出に、ジョージの声が裏返った。何でオレがモリ何とかに行くとかいう話になる?

「……ジョージ、君の見立てでこの金庫、どう思う。地下五百メートル、幻影の扉と多重障壁で守られた金庫だ」

「そうだな、マントの男なら街を岩盤丸ごと吹き飛ばすでしょうね」

と、さっき想像したままに話した。

「そんで金庫ぶち破る。地下深くとか、障壁とか、あんま意味ないと思います」

 パックは剣の一振りで山を輪切りにする。マントの男も同じことができるとするならば、地下五百メートルなど何の意味があるだろうか。山は直径何キロかという話である。比べ物にならない。

「同意見だ。さらに言うと、かねてよりモリアーティー公国より風晶石を引き渡すよう要請が来ている。カール王国は風晶石を守るには力不足だと、他国からも見くびられているのだ」

 ジョージ自身「風晶石を奪われてもおかしくない」との見立てを示したばかりだが、他の国からもそう思われているとなるとさすがにカチンときた。

「何だよそれ。カールはダメで、モリ何とかなら守れるってのかよ。だから石寄こせって? 舐められたもんだな!」

と、語気が荒くなる。しかしヴィクティーリアは、

「大局を見誤るな。残念ながら、モリアーティーからの我が国の評価は外れていない。大切なことは、これ以上敵に秘宝を渡さぬことだ。渡しさえしなければ、枝葉末節はどうでも良い」

と、極めて冷静だった。

「モリアーティーは世界最強の軍事力を誇る国だ。風晶石がモリアーティーの管理下に置かれれば、少なくともこの場に安置し続けるよりは安全だろう。プレーリー村長ガッド・ペール殿も同一の見解である」

「え、村長?」

 思わぬ人物の名が挙がり、ジョージは思わず聞き返した。まさかカール城の地下深くでガッドの名前が出るとは思わなかった。さっきから王様の発言がビックリ箱みたいである。

 ヴィクティーリアはガッドの親書を取り出した。

「ペール殿も、風晶石を速やかにモリアーティーへ移送すべきとの考えだ。理由は先ほど君自身が指摘した通りだ。そしてその任にはオルタナ殿が適任であるとも」

 ジョージの表情が曇った。適任と指名されたパックはもういない。

「オルタナ殿が任を果たせぬ状況にある場合には、ジョージ・パーキンソン、君が代役として推薦されている」

「待って待って! 推薦されている、っていきなり言われても知らんわそんなん!」

 オレはマントの男を追いたいだけだ。先生の仇を討って、奪われた水晶石を取り戻せればそれでいい。マントの男が風晶石を狙うのも分かるし、グロイスから運び出さねば街が危ないことも理解できる。誰かが国外に運び出すべきだ。しかしそこでなぜオレが運び屋をやるという流れになるんだ。

「君はバグマン軍監を下し、実力を示してくれた。風晶石を託すに値する」

「オレがドゥーレムと試合したのは風晶石のためじゃない。マントの男を追うためで、王様が奴の行き先に心当たりがありそうだったからだ」

 即座にジョージは反論した。どさくさに運び屋の仕事を押し付けられても困る。

「まさか、心当たりありそうなふりして、本当は運び屋にふさわしいか見たいだけだったんじゃないでしょうね!?」

 ヴィクティーリアは毅然として「違う」とかぶりを振った。

「もちろん君の意志は承知している。だからこそ、モリアーティー行きを提案しているのだ。なぜなら、モリアーティー公国は五つの秘宝の一つ、雷晶石を保有している。マントの男は必ずモリアーティーを狙うだろう。モリアーティーの強大な軍事力を後ろ盾にマントの男を倒すこともできよう」

 ヴィクティーリアは風晶石の入ったケースに手を置いた。

「この場で答えを出さなくても良い。しかし長くは待てぬ。明日、答えを聞かせて欲しい。ただ私としては、カールと君の双方に利のある最善の提案であると考えている。良い答えを期待している」

 そしてヴィクティーリアはパンっと手を打って話題を変えた。

「さて、今宵はささやかながら食事を用意している。上へ戻ろうか」

 延々と続く螺旋階段を、最初の内はヴィクティーリアの提案について逡巡しながら上っていたが、途中からは疲労と単調な景色に脳が思考を拒否し、無心で足を動かした。



 家が一軒すっぽり収まりそうなくらい大きな部屋に、細かな彫刻が施された長いテーブルが置いてあった。金糸や銀糸をふんだんに使ったテーブルクロスがかかっている。天井にはやはり巨大なシャンデリア。壁には鮮やかなステンドグラス。隅の方には、何が良いのか理解できないヘンテコな壷やら、ふくよかな胸があらわになったスタイル抜群の女性の像やら、絶対に実戦では役に立たない装飾ゴテゴテの鎧やら。絵に描いたような金持ちルームだった。

 テーブルの一角にドゥーレムが座っている。治癒呪文で全快しているものの、そこだけ黒雲が立ち込めているかのように鬱々しい。というか、彼の目の前にはストレスの捌け口として捩じ曲げられたスプーンやフォークが転がっていて、鬱々しいどころかすっかり病んでしまっていた。

 そんなことより、

「何でお前がいんだよ」

 ジョージはずかずかと部屋に入っていき、見知った顔の首根っこを掴んだ。

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