第五章 五つの秘宝 7

「助けてあげたのに何だい、その言い草は。もっとじゃじゃ馬と遊んでた方が良かった?」

 見知った顔のハンクは、ジョージの手を振りほどいて早速のハンク節である。楓を連れて来てくれたおかげで助かったのは事実なので、手を引っ込める際に肩を小突くだけで留めてあげた。

「で、何でいんの?」

「じゃじゃ馬を届けに来たのさ。そしたらバグマン将軍直々に対応に出ていただいて……そういえばバグマン将軍どうしたの? あそこだけ土砂降りオーラすごいんだけど」

「ああ見えてあいつも色々あんだよ。つまり、挫折って奴よ」

 ジョージは「え? どういうこと?」と野次馬根性丸出しのハンクの隣に座ると、声を低めた。

「んなことより分かってんのか? オレら昨日犯罪やらかしてんだぞ? オレは成り行き上お咎めなしみたいだけど、メシに釣られてほいほい上がり込んでくるなんて、何か裏があったら……」

「大丈夫。僕にはちゃんと後ろ盾があるから」

 ハンクも無声音で返す。目線で示した先には、白いドレスで彩られた女性が座っていた。

「誰だよあの美人」

「美人なんて安直な単語一語にあのお方を収めないで欲しいな」

と、ハンクは不満を表明した。

「カール王国第三王女、ミーユ・ヴィクティーリア様だぞ。食事会に誘ってくれたのもミーユ様で……っておいあんまり汚い顔でジロジロ見るな、純潔なミーユ様が汚染される」

「はあ!? どこまで失礼な。超綺麗だし。ちゃんと朝顔洗ったし」

「足りない足りない。目玉取り出して煮沸消毒しといて」

 軽口を叩くハンクはふいに真顔になった。

「マジな話、ミーユ様はあんまりお身体が丈夫じゃないんだ。今日の君は一段と汚れているし、絶対近づくなよ」

 ドゥーレムと試合をした後すぐに城の最下層まで往復してきたので、湯を浴びる暇も着替える時間もなかった。汚れているというハンクの指摘ももっともである。

「ジョージ菌がうつりそう」

「だからお前は毎度一言多いんだよ!」

 不知火の鞘でハンクをつつく。「いってー!」と大げさにおどけるハンクを、ミーユが暖かい笑みと共に眺めていた。


 ジョージとドゥーレムが皿を奪い合うようにして食っているのを、ハンクはあっけにとられて眺めていた。

 ドゥーレムは相変わらずどんよりとした雰囲気を醸しており、ほとんど病的なやけ食いである。対するジョージは、油断していると皿からどんどん料理が消えるので、ドゥーレムに引きずられる形で食欲が大暴走していた。

 そしてハンクはというと、有名人であることが仇になった。侍女の一人が恐る恐るサインをねだってきたのに気前よく対応したのが災いして、堰を切ったように人だかりのサイン依頼が殺到したのである。

 まるで吸引するかのように料理を攫っていく二人と、黄色い声に囲まれる一人。

 何だこの絵は。城だぞここ。すぐそこに国王と第三王女がいるというのに!?

 ハンクの椅子は遠慮という概念をどっかにやった侍女軍団に取り囲まれてしまっていた。内心辟易しているのに、職業病のハート撃ち抜きスマイルが文字通り彼女らのハートに火をつける。

 てか王様何とかしてよ! 僕ゲストじゃないの!? あんたんとこの侍女軍団が包囲しちゃってんだけど、これイイの!? 

 と、もちろん面と向かってヴィクティーリアに抗議することなどできるはずもなく、ハンクはただ状況に流されていた。

 気にかかるのはカール王国第三王女ミーユ・ヴィクティーリアである。

 あー、この状況、ミーユ様はどう思ってんのかなー。と、ハンクは半ば強引に握らされた白いハンカチに心ここにあらずでペンを走らせていた。サイン入りハンカチを返してやると、侍女は頭のてっぺんから響くような甲高い声ではしゃいだ。

 またつまらぬ心を撃ち抜いてしまった。と、しょうもないキメ台詞が脳裏に浮かぶ。

 ミーユを盗み見ると、ヴィクティーリアと談笑しながらフォークを口に運んでいた。ハンクの席とは反対の方向である。胸がじりじりとした。


 ハンクが初めてミーユと会ったのは、劇団がカール城で御前公演を行った時のことである。御前公演と言っても、事実上ミーユのためにヴィクティーリアが劇団スペリアンスを手配した出張公演である。

 カール王家の子女は十二歳になると城を出て、一般に混じって学ぶこととなる。一般とはいっても、格式ある家柄の子どもばかりが集まるハイクラスの学校なので、いわゆる一般庶民とは異なる。それでも王室からすれば一般社会であることには違いなく、こうして城の外の感覚を学ぶのである。実際、ミーユの兄である第一王子は中央大陸のレオ王国に留学しているし、二人の姉、第一王女、第二王女はグロイス紳士淑女の子どもたちが通う名門の全寮制学校に通っている。

 本来であればミーユも外の世界に出るはずの年齢である。しかし、体の弱さがそれを許さなかった。ミーユ本人の意志とは裏腹に。

 少しでも外の世界を、と配慮したヴィクティーリアが手配したのが劇団スペリアンスだったのだ。

 演目のオーダーは、「できるだけ庶民的なものを」だった。となると、普段の公演でウケの良い王子様とお姫様のベタ甘系や、兵士とお姫様の身分差恋は使えない。戦争物も女の子にはウケないだろう。そもそも、公演場所が城の一室とのことで専用の舞台装置もなく、派手な演出のある演目ははなから無理だ。

 ハンクの父であり、スペリアンスの団長でもあるヨー・テイラーがウンウン唸った末に選定した演目は、シセムン・リチビエ原作の「君の汗でスープを作りたい」というコメディー色の強い恋愛物だった。一見ぎょっと目を見張るタイトルであるが、中身は、恋愛に興味がなく彼氏などいらないと公言している女性にどっぷり惚れてしまった男性が、あの手この手で気を引こうとするドタバタストーリーだ。年頃の女の子でもきっと楽しめるだろうというヨーの采配である。

 ハンクがミーユと会話する機会は、公演後の食事会で訪れた。

「素敵なお話でした」

「本当ですか。ミーユ様にそう言っていただけるなんて光栄です」

 ほぼ全編ギャグみたいなストーリーなので、素敵かというと若干首をかしげるところだが、ミーユが楽しめたのなら俳優冥利に尽きると言ったものである。

「世の中の男性は、意中の女性を口説く時に『君の汗でスープを作りたい』と言うのが流行りなんですね」

 咀嚼していた肉がぶーっと噴き出た。すかさず侍女が駆け寄り拭いてくれて、ハンクはひたすらすみませんすみませんと頭を下げた。

 んなワケあるかい!

「あれはフィクションですから! ギャグですギャグ! 現実だと変態扱いされますよ」

 団長ヨー・テイラーの采配は斜め上に勘違いされてしまっていた。勘違いされたままでは困るので、ハンクは慌てて訂正する。

「そうなんですか、面白かったのに」

 ミーユは少し落ち込んだ様子だ。

「ハンクさんは普段どういったことをされているんですか?」

 ミーユは気を取り直した様子で、くりくりとした目を上目遣いでハンクに向けた。

「僕は劇団員ですから、舞台の稽古と出演がほとんどです。あとは、魔法の練習とか」

 ハンクは魔力を有する稀有な人間である。呪文は便利だが、扱いを誤ると大事故を招くので継続的に訓練するよう心掛けている。

「学校へは?」

「中等部までは通っていました」

 多忙のため学校へは週に一度通えるかどうかといったところだったハンクは、中等部卒業後に高等部へは進まなかった。グロイスの中では中等部でも立派な学歴である。

「中等部までは通っていたんですね。あの……、どういう風だったか教えてくれませんか?」

 そういうことか。ハンクは線の細い第三王女に同情した。市中で学ぶべき年頃のミーユは、城に招かれる家庭教師と一対一で学んでいるそうだ。息が詰まるだろうし、自身の将来の行く末も考えるところだろう。

 世の中はどうなのか。自分と同世代の子どもはどういう風に生きているのか。何を考えて過ごしているのか。ミーユが知らない世界で、王族として民を導くために知っているべき世界の話だ。

 ハンクが話したのは、主に友人とのやりとりだった。授業の様子なんか紹介してもつまらないだろう。休み時間のとりとめのない会話、授業の愚痴を言い合ったこと、帰り際の寄り道、など。実際にはハンクも中等部当時すでに名が知れていたので自由に動くことはできず、友人から聞いた話などを織り交ぜて一応それっぽく語った。

 ミーユは目を輝かせて聞いてくれた。

「もっとお話しを聞きたいです。またお城に来ていただけませんか」

 ハンクは面食らった。「いや、しかし……」とつっかえつっかえ返答する。

「僕なんかがおいそれとミーユ様にお会いできるはずがないです。通行証もないですし」

 今日の公演のために劇団名義で通行許可を取っているが、ハンク個人の通行証はまだ取得できない。そもそも申請書の取得事由欄に何と書けば良いのか。「ミーユ様とお喋りするため」などふざけていると思われて終わりだ。

「でしたら……」と耳打ちされたのが、例の隠し通路である。

 ミーユのために月に一度は城へ忍び込む生活が始まった。庶民の生活、舞台や芝居のこと、観客との交流。時には舞台のシナリオを面白おかしく語り聞かせたこともある。

 しかし、最近話すネタに困ってきたのも事実だった。それに、ミーユの知る外の世界がハンクの生活圏だけで良いのかという不安が募ってきていた。ミーユは王族である。彼女が見据えるべきは、世界の中におけるカール王国の姿だ。

 ミーユにはもっと広い世界を知って欲しい。

 ミーユの身体がそれを許さないのであれば、せめて僕がミーユに広い世界の話をしてあげたい。

 ハンクはもどかしく感じていた。結局ハンクも、自分の所属するスペリアンスの周りのことしか知らない。

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