第五章 五つの秘宝 5

 魔法力を媒介に精霊と契約することで超常の力を現出させるのが呪文であるが、魔導砲や魔弾丸のように魔法力そのものを使った技は魔技と呼ばれ、明確に区別されている。例えば魔弾丸は高密度の魔法力を小さな円錐型に形成することで貫通力を持たせているし、魔導砲は圧縮した魔法力が衝突の瞬間に一気に拡散することで爆発をもたらしている。

 ジョージは呪文も魔技も使えない。魔法力を自在に操るための魔力がないからだ。魔法を操れる人間は百人に一人だか千人に一人だかと言われているので、そういう意味ではジョージは多数派の人間なのだが、魔法と剣技を組み合わせて運用するのがパック流剣士。魔力がないとなると前提が揺らぐ。

暴風の弾頭スピラエ・ヤクラティオー・ウェントルム

 呪文での追い打ちはドゥーレムである。ジョージはグロイス・ウォールに埋まった右腕を引っ張り出した。がらがらと壁から石材が崩れ落ちる。

 不知火を白い渦が包み込んだ。

―パック流奥義 紫電一閃―

 剣を薙ぐと同時に放たれた光弾が、風のミサイルを撃墜していく。

「呪文も魔技も使えねぇけど、」

 壁を蹴った。分厚いグロイス・ウォールが砕け、風穴が空いた。

 ドゥーレム、あんたは強い。剣技に長け、強力な呪文も操る。パック流剣士として実に正しい。だが、

「オレも先生の弟子だ!」

 魔力がないからといって兄弟子たちに後れを取ったことはない。パックも分け隔てなく鍛えてくれた。今更ドゥーレムにどうこう言われる筋合いはない!

 真っすぐ縦に、ドゥーレムの身体を両断するように剣を振り下ろす。ドゥーレムは避けようともせず、逆に足を踏ん張った。そして夢現で不知火を受けた。

 普通の剣ならば無抵抗にへし折れていただろう。しかしさすがは夢現も魔法強化剣だけのことはある。魔法力で強度を増したモリア銀の剣は、ジョージの一撃を耐えた。

「ぬぅ……」

 ドゥーレムの喉から呻きがこぼれる。夢現は確かに耐えた。しかし、彼の黄金の鎧は、触れてもいないのに剣圧でばらばらに砕け散っていた。

 ジョージは左腕を振り上げて、剣を持つドゥーレムの右腕をはたき上げた。空いた胴体に肘を叩き込む。ドゥーレムの「魔法の盾」の障壁を貫き、鳩尾に突き刺さった、かに思えた。

「かってぇ!」

 鉄の塊を殴ったみたいだった。肘から先が痺れる。鎧なんかよりよほど強靭な肉体は、ジョージの打撃を通さなかった。

「今は魔獣などとありがたくない二つ名がついとるようだが、守備兵団の一兵だった時代、仲間内では『剣の刺さらぬ男』と評判じゃった。まだ魔法強化剣を持つ前の話じゃ」

 鋼のような肉体は魔法強化剣の効力だと思ったが、先手を打たれて面食らった。素でこの強度となれば、魔獣なんかよりよっぽど化け物じみている。

 ドゥーレムの回し蹴りを腕で防御する。骨が嫌な音を立てて軋んだ。

「ちょこまかと避けてばっかおらんでな、すなおにわしの剣を受けろや。そしてお前もパックの弟子なら剣を跳ね返してみせろ。皮膚で!」

「アホか、そんなんお前だけだわ!」

 二本の魔法強化剣が激しく打ち合う。

 剣だけの勝負ならジョージに分がある。しかし、ドゥーレムは風を操りジョージの太刀筋を絶妙にずらしていた。決定打になるはずの攻撃が、待ち受ける夢現へと吸い込まれる。ジョージにはできない芸当だ。

 気分が高揚しているのを自覚する。互角の勝負が楽しくて仕方がない。

「つえぇじゃねぇかい」

 ドゥーレムがククっと笑う。

「あんたもな」

 決着はいつ着くか。

 どこまでドゥーレムが粘ってくれるかにかかっている。もう少し頑張ってくれ。もう少し、剣を交えていたい。

―パック流奥義 華断煉撃―

 二発目の華断煉撃がドゥーレムを吹き飛ばし、グロイス・ウォールから轟音が響く。同時に、ジョージの目の前に何かが落ちた。真っ二つになった夢現の刃であった。

「小童がぁぁぁ!! よくもわしの剣をぉぉお!!」

 ドゥーレムは壁を蹴って突撃してきた。風で加速しつつ魔獣のような形相で迫る。

「死にさらせえぇぇえ!!! 打首獄門じゃぁぁぁあああ!!!」

 ジョージは不知火を右脇に、剣先を下げた。


 罵詈雑言を撒き散らしながらも、ドゥーレムの頭はクリアだった。夢現は魔法強化剣である。放っておいてもすぐ直る。

 ジョージ・パーキンソンは魔法こそ使えないが剣の腕は一級品だ。ドゥーレムはまさか自分が剣の打ち合いで後れを取るとは予想していなかった。

 しかし、剣しか扱えぬパック流など半端者だ。

 剣も魔法も一級品だったパックやラーラルド。彼らを目標に追いすがってきた者として、半端者に負けるわけにはいかない。

 ドゥーレムは素早く呪文を唱えた。

万象切り裂く白き乱刃インフィニトゥス・アルブス・ウメルス

 幾千もの真空の刃を雨霰と放つ。蟻一匹逃れられぬ密度である。

 しかし、ジョージは不知火を右脇に剣先を下げた脇構えのまま怯まない。腕や足に血の線が迸る。しかし体幹への直撃だけは避けていた。ジョージを討ち漏らした真空の刃は地面を乱切りにし、ブロック状に隆起し、または陥没していく。

千刃白翼剣キーリア・スパシア

 ドゥーレムの背に、無数の白い刃で構成される一対の大翼が花開いた。

「どうじゃぁぁあ! ドゥーレム・バグマン最強戦闘形態マックスバトルフォーム、『大精霊ドゥーレム』じゃ!」

 元々は師パックに勝つために編み出した術である。「万象切り裂く白き乱刃」を翼として纏いつつ体当たりし、芥子粒一つ残さず切り刻む呪文だ。威力は折り紙付で、キュベレ山麓を南から北へ一直線に貫通できるほどである。

 それくらいの技ではないと、剣の一振りでキュベレ山を輪切りにするパックには追いすがれない。実際にパックが自身の鍛錬に励んだ結果として、ここ数年キュベレ山の標高は百メートルほど下がっている。輪切りどころかダルマ落としのように山の体積を削ぎ落とされたせいだ。

 パック流とはそういうレベルだ。魔法も使えぬ半端者がプレーリー二番手など、わしは認めん。

 剣の翼で体を覆い、螺旋回転しながらおとうと弟子でしに襲いかかった。

 ジョージは下に構えた不知火を振り上げる。

 斬撃が大地を割る。そして地割れがドゥーレムの真下に達した瞬間、光の奔流が噴きあがった。パック流秘剣、臥竜天星だ。

 問題ない。風の精霊をイメージした自慢の大翼で押し通る!

 そしてドゥーレムは光の奔流に飲まれた。

 白翼がバターのように溶けた。

「なああぁあ!!? 嘘じゃろ!」

 緊急で魔法障壁を展開する。パック流奥義はいずれも魔法力を使った技なので、基本的に魔法障壁が有効である。しかし、展開した多重魔法障壁は霧と消えた。

 ドゥーレムの意識はここで途切れた。


「勝負あったようだな」

 冷静に口を開いたのはヴィクティーリアだ。

 ジョージは不知火を鞘に収めた。

 目の前には、折れた剣を手に仁王立ちする男の姿があった。

 地から天へ昇る「臥竜天星」の暴力的な威力を受け、気を失ってなお、彼は膝をつかなかった。雄々しく、尊敬すべき兄弟子である。

 臥竜天星は雲を真円状に抜き、そこには混じり気のない青空が覗いていた。



 カール城最下層、制限区画。折り目正しいスーツ姿の国王ヴィクティーリアと小汚い少年ジョージの二人きりで、円形の大きな扉の前に立っていた。緑や赤に光るいくつもの線が壁伝いに伸び、それが扉の真ん中に集束していた。

「三年前だったか、モリアーティー公国より貸与されたシェルターだ。仕組みは分からぬが、複雑極まりないカラクリ仕掛けらしい。壁や扉に走る光の線は回路というそうだ」

 一見黒いタイルが貼られただけの壁のようだが、よく見れば扉に向かう回路とは別の細い光の線が網の目のように走り、砂粒のように小さな光がいくつも点滅している。他に明かりのないこの空間で、妖しく輝いていた。

 ヴィクティーリアは扉のすぐ横の壁に触れた。すると、淡く光るマス目が浮き出した。ジョージは四×三に整然と並ぶ不思議なマスを覗き込む。上段は一から九の番号が振ってあり、一番下の段にはゼロの左右に*と#が並ぶ。

 ヴィクティーリアは次々にマスに触れていった。触れたマスは一瞬強く光った。

 全てが異質だった。

 ジョージは何とはなしに回路に触れてみた。ブーンと低い音がして、細かな文字がびっしりと浮き出した。読む気も失せる……というより読めない。見たことのない文字だった。

 せわしなく辺りを見回していると、ヴィクティーリアがジョージの肩を叩いた。

「多重ロックを全て解除した。さあ、行こうか」

 ヴィクティーリアは扉の真ん中、回路が集まっている部分に手を置いた。まるで水面に波紋が広がるかのように、扉が中心から徐々に半透明になっていった。

「理論上、この扉をこじ開けたり破壊したりするのは不可能だと聞いている」

 そう言いながら、ヴィクティーリアは半透明の扉をまるでそこに何もないかのようにすり抜けた。人型に広がった波紋はドア枠に反射し、重なり合って複雑に波打った。

 扉の向こうからの手招きに従い、ジョージも扉へと歩を進めた。まずつま先だけが扉をすり抜ける。全く無抵抗だ。かえって気持ち悪い。ジョージは怖いものを見るように薄目でドア枠を飛び越えた。

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