第四章 潜入ミッション! 6



 深夜十一時。ヘミン通り噴水広場。

 昨晩と同じ星空だった。

 キュベレ山での戦いにグロイスでの奔走。突如としてジョージは激動の日々に突き落とされたのだが、星空は毎日変わることがない。眺めていると気持ちが落ち着いた。

 噴水広場の円周に沿って、街灯が等間隔に六本立っている。人通りが失せた広場は冷たい風の吹き溜まり状態だった。

「準備しようか。荷物降ろして」

 ハンクの指示で、ジョージは楓の背から大きな麻袋を降ろした。セレスチャルからハンクが持ち出した潜入グッズである。麻袋をひっくり返すと、金属音が次々と石畳を打って反響した。ハンクはたまらず耳を塞ぐ。

「馬鹿! 近所迷惑だろ」

「わりぃ」

 ジョージは首を縮こませ、周囲を目だけで見渡した。プレーリー村ならニーニャがおたまか何かを手に「誰だいたずら小僧は!」と飛び出してきそうなものだが、幸いおたまもフライ返しも飛んでくることはなく、ぴんと静かだった。

 ハンクは石畳に転がった鎧を身につけていった。本物の鎧だと着るのに手伝いが必要らしいが、劇団仕様のぺらぺら鎧だと着脱も容易であることは、ジョージもセレスチャルで体験済みである。

「じゃあ次、メイクね」

 ハンクは小さな箱を取り出し……顔をしかめた。

「ちょっと暗いかなぁ」

 ハンクが身を乗り出してジョージの至近距離まで迫る。どうやら明かりが足りないらしい。

「分かった。ちょっと待ってろ」

 首をかしげるハンクを尻目に、ジョージは不知火を鞘から抜いた。六本もあるんだから一本くらい寄こせ。というわけで、標的は噴水広場を囲う街灯だ。

―パック流奥義 華断煉撃―

 せっかくだからと放ったのは、単純な破壊力だけならパック流随一の奥義である。魔法力を集中させた不知火を横薙ぎに……、

「馬鹿、ストーーップ!!」

 緊迫感に満ちたハンクの叫びに、ジョージは剣をはたと止めた。パック流剣士は訓練で真剣を使うこともざらなので、寸止めはお手の物である。

「バカバカうるせぇ!! 暗いって言ったのお前だろ!」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い! ちゃんと松明持って来てるから! 頼むから余計なことするな!」

 な! のタイミングで火をつける前の松明を目の前に突きつけられた。ジョージは迫力に圧倒されて不知火を鞘に納めた。

火よイグニス

 ハンクは、指先に点したロウソク程度の小さな火を松明に移した。

 火の踊る松明をジョージに預け、ハンクは箱を開けた。中身は化粧道具だった。

「顔こっち向けて……火もうちょい上ね、あ、行き過ぎ、影になってる、下げて下げて……そう、その辺」

 ハンクは手際よくあれやこれやとジョージの顔を塗ったくったり線を引いたりし始めた。くすぐったくて笑いそうになるのを必死でこらえていたら、動くなと頬をつねられた。むっとしてつねり返すと、「眉毛削ぐぞ」と剃刀を片手に脅されたので大人しくする。

 ジョージの分が終わり、ハンクは鏡を見ながら自分の顔を作っていく。二人合わせて二十分くらいで終わった。

「すっげーな。どう見てもおっさんだ」

 ジョージはハンクの顔に松明を近づけてまじまじと見つめた。いい感じに歳を重ねた紳士のような印象だ。

「僕ってば、加齢臭出そうとしても奥底からふつふつと湧き上がるイケメン感が拭えないんだよねーどうしても」

 そう嘯く自信はどこから出てくる。普段からちやほやされていると自信がつくのかもしれない。なるほど、ハンクには女性ファンが多いと聞くし、シェーミ・ノエルとかいう美人女優からも好意を寄せられているように見えた。当のハンク本人は、シェーミの好意に答える気がなさそうだったが。美男美女なのにもったいない。シェーミのことを「紹介してあげよっか」とまで言っていたから、他に本命でもいるのだろうか。ハンクの提案をジョージが秒で断ったのは、キユリの鬼のような形相が頭をよぎったことと無関係ではない。

「ジョージもほら、鏡」

 年月を刻み込んだしわ、浮き出たシミ。頬や目尻が少し下がっているし、肌にみずみずしさが感じられない。

「アグザスは自分より上の人間には弱いからね。出し抜くには老けメイクだよ」

「待たんかこら。てめぇ何で自分はダンディーイケメンでオレはくたびれた干物みたいなおっさんなんだよ。しかもやたらリアルだし!」

 未来のオレを見てきたと言われても納得しそうなくらい鬼気迫るリアリティーのおっさんだった。

「分かった。じゃあちょっと手を加えてかわいくしてみよう」

とハンクが取り出したのはピンクのリボンだった。こいつ、完全に面白がっている。

「ツインテールにしてみよっか? ハーフアップもいいね。目指せメルヘンおじさん!」

「もういい。変態まっしぐらじゃねぇか」

 ジョージは難しい顔で鏡を伏せた。


 二人は楓に乗って港に行った。港で馬を降り、ここからは徒歩で西へ。向かう先は城だ。

 門の両脇にかがり火が焚いてある。昼間は開いた門の前に兵士が立っていたが、夜は門自体が閉ざされていた。

 兵士が二人、門の左側の守衛所で夜勤に当たっていた。窓からランプの光が漏れている。一人はアグザスだった。すると、自動的にもう一人がスミスということになる。アグザスが筋肉質なのに対し、スミスは脂肪の塊だった。体の体積だけならアグザスに負けない圧迫感がある。二つ並べた丸椅子に左右の尻を一つずつ乗せて座っていて、物理的にも守衛所のスペースを圧迫している。

 ハンクはいつも通りといった様子で守衛所の窓をノックした。

 そんな真正面から行くの!? とジョージは冷や汗をかいたが、ハンクは堂々と背筋を伸ばしている。その様子を見てジョージが思い出したのはアグザスの上官ベレスフォードだった。だいぶ歳を食っているだろうに姿勢はしっかりしていた。心の姿勢が所作に現れるとはよく言ったものだ、とジョージは今更のように感心した。

 アグザスはハンクの姿を確認すると大慌てで窓を開けた。勢い余って、引き窓がしたたかにサッシへ激突し、はずみで戻って閉まった。アグザスは決まりが悪そうに今度はゆっくりと窓を開けた。アグザスの心の姿勢はまだまだだ。

「やあアグザス二曹……だったかな。お疲れさん。入れてくれるか?」

 ハンクは長方形の小さなバッジを見せながら、やや低い声色で言った。アグザスは敬礼で応じた。

「夜分遅くまでお疲れ様です! おいスミス何をしている、早く開けて差し上げろ!」

 アグザスが怒鳴りつけ、スミスは巨体を揺らしながら守衛所の扉を開けた。ジョージは、何食わぬ顔で守衛所にお邪魔するハンクの後に続いた。

「お前たち、勤勉で誠に結構。私はどうも夜勤に向いていなかったらしく、若いころはよく居眠りをしてしまったものだがな。上官に頭を叩かれない日はなかった」

と、ハンクは破顔した。

 ジョージは、俳優としてのハンク・テイラーが醸し出す本気をひしひしと肌で感じた。

 こいつ、本当に「目指せメルヘンおじさん!」とかすちゃらかなこと言ってた奴と同一人物かよ。顔つきも雰囲気も、熟練の武人のそれだった。

 アグザスとスミスは改めて直立不動で敬礼である。

「国民の安全、そして王の安全を守る。これこそが我々の使命です。一時たりとも気は抜けません」

 ここぞとばかりに言い放ったのはアグザスである。スミスも首振り人形の如く同意し、顎がたぷたぷと波打った。

 守るだけの武もないくせに、オレに槍を向けた身の程知らずはどこのどいつだ。上滑りするアグザスの宣言を、ジョージは反吐が出る思いで聞いていた。一方、ハンクは満足げに頷く。

「さすがだな。君のような若者がいてくれて頼もしい限りだ。将来のカール王国も安泰だな」

「もったいないお言葉です」

 なんとアグザスは感激して涙を流している。よく見るとスミスももらい泣きしているではないか。ジョージは吹き出しそうになる横隔膜を必死に押さえつける羽目になった。

「さて、随分と遅くなってしまったが、グロイス・ウォール外郭部耐久調査の結果をバグマン隊長に報告せねばならんのだ。通してくれるか」

 守衛所にはもう一つ扉があり、そちらを通れば城門の反対側に出られる構造らしい。ハンクは当然通してもらえるという態で、アグザスの返答を待たずにその扉へと向かっていった。ジョージはハンクの後ろに付き従う。

「で、では通行証を……」

 スミスが巨体を割り込ませた。しかし完全に行く手を阻むのではなく、遠慮がちに通路の三分の一だけを塞ぐ形である。

 朗らかだったハンクの表情が一気に曇った。急転直下の気圧の下げ方もさすがだ。ハンクは雨雲だか雷雲だかをまとったまま、持っている袋の口を開けた。

 どうするつもりだ。袋の中にはもちろん通行証など入っていない。中身はメイク道具である。

 ハンクは気だるそうに袋に腕を突っ込んで中を探る仕草をした。その瞬間、叱責が轟く。

「馬鹿野郎が! 三佐と一視はお急ぎなのだ! 要らぬ手続きでお手を煩わせるな!」

 アグザスが血相を変えてスミスへ突進し、腕を引っ張って道を開けさせた。階級章は鎧の肩についている。二本の横線の上に星が一つ、三等守備佐の階級章はハンクである。ジョージの鎧には横線一本の上に星が三つだ。一等守備視ということになる。階級章の読み方はあらかじめハンクに教わっていた。

「スミス巡兵長が大変失礼致しました。ささっ、どうぞお通り下さい」

「うむ。柔軟な計らいに感謝する」

 ハンクは目元を緩ませ、袋を閉じて肩に担いだ。アグザスは恭しくお辞儀をした。スミスのお辞儀は腹の肉が邪魔をしてアグザスよりも角度が甘かった。


「うまくいったね」

 首尾よく城門の向こう側に出た。ハンクは先ほどアグザスに見せていた長方形のバッジを真上に放り投げ、小気味良い音と共にキャッチした。

「何それ?」

 これ? とハンクは親指と人差し指でバッジをつまみ、チラチラと揺らした。

「第一守備隊所属章のレプリカだよ。前に叔父が見せてくれたのを図面にメモっておいて、ベアードっていう知り合いの武器職人に作ってもらったんだ。第一守備隊はエリート部隊だし、加えて三佐と一視が揃ってりゃアグザスがああなるのも無理はない」

「そこまで周到に用意してんなら、老けメイクいるか?」

 所属部隊の権威と階級差だけでも十分だったのではという率直な疑問だったが、

「十代の佐官や視官がいるわけないだろ」

 呆れたようにハンクが答えた。

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