第三章 キュベレ山の戦い 3

 ジョージとキユリに対しては体の角度でうまく隠し通したようだが。腕を失ってまで時間稼ぎに奮闘したことを彼らが知れば、心に余計な負債を残す。

 切断された腕を繋げる方法がガッドにはあったはずだ。しかしそれも呪文を使えればの話である。叶わなかったのはパックが対魔法結界にこだわったからだ。そこまでして黒いマントの男を生け捕りにしたかった。

 結果、取り逃がした。

「気にするなと言うておる。いいか、気にすることを禁じる。こちとら名誉の負傷だくらいに思っておるんじゃ、お前が勝手に傷つくな。迷惑千万!」

 パックは内心詫びた。見くびられたかと年甲斐もなくやさぐれたが、自分を案じてくれる真心が今更のように染みた。

 弟子がどんなに成長してもあれこれ気にかけてしまうのはパックにも覚えがある。見くびっているわけではなく……親心というやつだろうか。

「ありがとうございます。行ってきます」

 かろうじてそれだけ伝えると、パックは封筒を懐にしまい村長宅を後にした。


 自宅跡では何人かが片付けを始めてくれていた。そのうちの一人にジョージの目が留まった。

「ニーニャおばさん!」

「おー!」

 髪をお団子にまとめた恰幅の良い女性が猛ダッシュしてくる。地響きが聞こえてきそうな勢いだ。

「ジョージ!」

 恰幅の良い女性は勢い余ってジョージをねた。弾力のある腹でぽーんと吹っ飛ばされる。おおっと、と恰幅の良い女性は頭を掻いた。

「大丈夫だったかい? なんか昨日は大変だったみたいだね。家は酷いことになっちまったし」

「案外大丈夫だったんだけど、今どっかの暴走おばさんに撥ねられて大丈夫じゃなくなった」

 尻餅をついたジョージはニーニャを見上げる格好である。

「元気で何より!」

とニーニャはジョージの襟首をつかんでひょいと立たせた。猫かオレは。

「キユリが元気なのもお前のおかげだよ。ありがとうね」

「それキユリにも言われたんだけどさ、助けてくれたのは村長と先生だから。オレは連れてっただけ」

 一応訂正したが、「やだねぇ謙遜なんて!」と胸をど突かれて尻餅再びである。

「おお、ジョージじゃねぇか。やっと来たか。おせぇぞ」

 次に声をかけてきたのはひげ面の小男だった。

「こっち来い。ログ材が地面に刺さっちまっててな、抜くの手伝え」

「ああ。片付けすまねぇな」

「気にすんな。困ったと時はお互い様よ!」

 ガハハと豪快に笑うこの男はハン・コトン。炭屋のオヤジである。

 ジョージもログ材の片付けやガラクタの選別作業に加わる。材木なら加工して他に再利用する手段もあろうがガラクタは文字通りガラクタで、使えそうなものはあまり残っていなかった。フライパンや鍋はぐちゃぐちゃに変形していたし、二本出てきた剣は片方は折れていて、もう片方は馬蹄形にひん曲がっていた。元々大したことのないナマクラなので惜しくはない。椅子やテーブルは脚がなくなっていたり座面が割れていたりしていたが、比較的原型を留めたものが残っていた。脚がない程度なら継ぎ足せばなんとかなるか?

 家が吹き飛んだことにもっと落ち込むかと思っていたが、ここまで跡形もなくやられているとかえって清々しかった。中途半端に面影を残している方が、思い出が重くのしかかってきそうだ。

「おめぇ、今日からどうすんだ?」

 使えそうな材木を選別しながらコトンが尋ね、ニーニャも気になったのか顔を上げた。

「そうだなあ。しばらく山雲亭に泊めてもらえないかスガルに聞いてみようかな」

 パッと思いついたのが山雲亭なのは、今日目覚めたのが山雲亭だったからだろうか。スガルの本業は宿屋の主人だが、実際にはほとんどカフェのマスター状態だった。

「そいつぁスガルも喜びそうだ」

とうなずいたコトンは例のガハハ笑いだが、スガルが本業のノウハウを覚えているのかそこはかとなく不安である。

「すまないねぇ。ウチがばたばたしてなけりゃ泊めてあげるんだけど」

 ニーニャが申し訳なさそうに肩をすくめた。

「おばさんとこ、ばたばたしてんの?」

「そりゃそうよ。荷造りとか手続きとかなんやらかんやら……」

 荷造り? 手続き? ジョージが首をかしげるのを見たニーニャは、露骨にため息を吐いた。

「……なんだ、キユリから聞いてないのかい? あの子ったら自分で言うって聞かなかったのに」

 なにやら重大な宣告らしい。ジョージはゴクリと唾を飲んで身構えた。

「グロイスに引っ越すことにしたのさ」

 ――え? ぐろいす? 聞こえた言葉を頭が理解するまで時間がかかった。理解するとともにジョージは狼狽えた。

「どうしてグロイスなんか……」

 首都グロイスへは馬の旅で通常五日は見ておいた方がいい。おいそれとは行き来できない距離だし、事実ジョージはグロイスなど一度も行ったことがない。

 キユリの父ジン・アールンクルが、長旅をいとわず年に二、三回というペースでプレーリー村に帰ってきているのは村に大切な家族がいるからこそだ。しかし一家丸ごとグロイスに居を移せば、もうプレーリー村に帰ってくる理由がなくなってしまう。キユリは納得しているのか。グロイスなんか行ってみろ、次会うのはいつになる。来年か? 再来年か? 再来年ならまだマシなくらいだろう。

 昨日からキユリの様子がおかしかったのがようやく腑に落ちた。グロイスへ引っ越す件をなかなか言えずにいたからだったのか。

「家族は一緒に暮らすべきだと思ってね。キユリにも長いこと寂しい思いをさせてしまった。それにあの子も跡を継いで医者になるなら、生活の基盤はグロイスにあったほうがいいだろう」

 理屈ではわかる。「次いつ会えるのか」とジョージが心底不安になったこの状況が、まさに現在進行形でプレーリーに残されているアールンクル母娘と父ジンの間に横たわっている。お父さんに次会えるのはいつだ、と。幼いころから面倒を見ていたというだけで赤の他人たるジョージと家族、どちらを優先するかといえば家族に決まっている。

 キユリの夢についてもニーニャの言う通りだ。開業したジンの土台を使えば、一から手探りで医者修行をやるよりもスムーズに進みそうなものである。理屈ではわかるのだ。

「来月には引っ越す。村長にも話はしてある。そうだ、私たちが引っ越した後の家、あんたが住みな。勝手もわかってるだろ? あんただったら安心して家を任せられるよ」

というありがたい申し出をにべもなく一蹴したのは、理屈以外の部分がジョージを頑なにさせた結果だ。キユリが去った後の家に住むのを了承することは、キユリの引っ越しを受け入れるみたいで、ジョージには承服しがたかった。ニーニャは「まぁ考えといてくれ」とだけ言い添えて話を収めた……かと思われた。

「お、いたいた! ジョージ!」

 元気に登場したキユリ。同行していたパックを置いて一人駆けてくる。ニーニャはあちゃー、とこめかみを押さえて顔を伏せた。

「カラハリさん治ったよ! 無事解凍完了! ねぇ聞いて、あたしもみんなと水汲んでかけてたんだけど、途中でザメリアさんがめんどくせーーー! ってキレて……」

 キユリは話しながら思い出し笑いをした。

「カラハリさんを紐でくくって川に放り込んじゃったの。反対側は近くの木に結んでね、カラハリさんプカプカ浮いてて」

 桶で水をかけるよりはるかに早く溶けていき、やがてカラハリは息を吹き返したということだった。剣が刺さった肩の傷は呪文が使えないために治療できていないが、放っておいても問題なく治るくらいのものだったらしい。聞く限りはひとまず安心である。

 てかカラハリなんかどーでもいいわ。

「お前、グロイス行くのか」

 瞬間、キユリの表情が引きつった。そんな表情が見たいわけではなかった。事実なのだと思い知らされる。

「……うん。ごめん、黙ってて。ちゃんと言うつもりだったんだけど」

「本当に言うつもりだったのか? いくらでもタイミングあっただろ」

 違う、そうじゃないだろ。糾弾したいわけじゃない――。

「だって! 言いにくくて……」

 わかるよ、言いにくいよな。しかし理性に反して、

「どうだか。都会にワクワクしてて、オレのことなんかどうでも良かったんじゃねぇの?」

と、傷つけるためだけの言葉が驚くほどするすると滑り出てくる。

 平手がぺちんと頬を打った。

「そんなわけないじゃない! 馬鹿にするな! あたしがどれだけ悩んだか! 悩んだからこそ言い出せなかったことくらい察してくれたっていいでしょ!」

 音こそ非力だったが、不意打ちを食らったジョージの頭は右に振られた。

 次に、キユリの平手とは比べ物にならない威力の拳が頬に叩きつけられた。再び不意打ちを食らったジョージははるか左に吹っ飛んでいった。材木をまとめた束に突っ込み、コトンが野太い悲鳴を上げた。

「そのくらいにしとけアホウ。命がけで助けた大切な人だろう、自分で傷つけてどうする」

 ジョージをぶん殴ったのはパックである。パックは散らばった材木の下敷きになっているジョージを引っ張り出した。

「ニーニャさん、ジョージ借りるぞ。キユリちゃん、うちの弟子がすまんかった。こいつにはちゃんと言い聞かせとくから、あとで門まで来てくれないか」

 ジョージはパックに担がれたまま運ばれていく。手足をばたばたさせてもがいてはみたものの、全く降ろしてもらえる気配がないので諦めるまでに時間はかからなかった。

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