第三章 キュベレ山の戦い 2

 えっ、とキユリが息を飲んだ。ホッホッホッとガッドが笑った。

「カチンコチンに凍らされたからの。今頃レッドたちが川で水をかけながら溶かしているはずじゃ」

 見た目派手にやられた最右翼、先陣を切って吹き飛ばされたレッド・ナスカがすでに復帰しているのであれば確かに他の仲間たちにも大事はなかったと見て良いだろう。カラハリは……ほっときゃその内溶けるからヨシとする。

「そうじゃキユリちゃん。あいつらに顔を見せに行ってやってくれんか。心配しておったでの。ついでにカラハリの解凍を手伝ってくれたら助かる。川から桶で水汲んでかけるだけじゃ」

「じゃあジョージも一緒に……」

と言いかけたキユリに、ガッドは目配せをした。

「分かりました!」

 キユリはニカっと笑いながら敬礼すると、パタパタとにぎやかに退出していった。

「空気をくれて助かるの。つくづくできたお嬢さんじゃ。さて……」

 ガッドは首を伸ばしてキユリが完全に見えなくなったことを確認した。

「昨日何があったのか、お前にはもう少し詳しく話しておこうかの」



 何者かがプレーリー村へと高速飛翔しているのを最初に察知したのは、グロイスにいたパックだった。ジョージの剣が無事完成し、明日にもプレーリー村に帰る予定で荷物をまとめているところであった。

 パックはガッドと念話で相談し、パックは至急プレーリーに戻り、その間にガッドは対魔法結界を展開することとなった。


「ちょっと待った。対魔法結界って?」

「魔法陣内での魔法の行使を一切無効にする方陣術じゃよ」

「何でまたそんな術を?」

「黒いマントの男が並みの術者でないことはわかっておった。結界術で村を覆ったところで破られるのは時間の問題。今思うと時間の問題どころか瞬殺じゃったろうな。ともかく、侵入を許せばそこで終わる。しかし、対魔法結界であれば敵は魔法が使えなくなる。するとどうじゃ? 奴は祠に辿り着くのに時間を食うじゃろうからこちらも迎撃態勢を整えられる。敵に転移術や飛行術を使われて取り逃がす心配もなくなる」

 ……しかしわしが対魔法結界に失敗したのは痛恨の極みじゃった、とガッドはほぞを噛んだ。膂力は衰えたが、魔力には自信があった。魔法力だって未だ無尽蔵を誇る。山を覆う方陣術くらいわけもないと思っていた。しかし、いくら魔法力が無尽蔵であっても、それを運用するための魔力は年齢とともに衰えていたらしい。


 黒いマントの男がジョージと交戦し始めたころ、パックもプレーリー村に帰還した。ガッドは対魔法結界をパックに託し、ジョージの救援に向かった。

 結界の準備が進む中、マントの男の魔弾丸がキユリを襲う。キユリの傷を見たガッドは現場での治療は不可能と判断し、パックに念話して結界の発動を中断するよう指示した。


「何で? さっさと発動させちまえばいいんじゃねーの?」

 ジョージが無邪気に言った。

「予定通り対魔法結界を発動させてしまうと銃創の治療ができなくなってしまうからじゃよ。呪いも魔法的な産物じゃから、結界を発動すれば確かに呪いは無効となる。しかし、呪いを消せても治癒呪文が使えなくなってしまうじゃろ。キユリちゃんを助けるためには、結界を張る前に解呪と治療を両方とも済ませる必要があったのじゃ」

 それとな、とガッドは仏頂面で繋げた。

「文句言われるのも癪じゃし先に謝っとくぞ」

 ぐいっと頭を下げる。

「すぐにキユリちゃんを助けてやれんですまんかった。それに、時間稼ぎをするとカッコつけて大して時間も稼げんかった」

 ガッドはすうっと息を吸った。

「すまぬ!」

 魔法陣、呪い、時間稼ぎ。立て続けに三度、歯がゆい思いを味わった。ジョージの背中の転移魔法陣を見逃したことも含めれば四度だ。ジョージの素直な心配を「キモチワルイ」などと大人げなく突っぱねてしまうほどの屈辱だった。心配されればされるほど後ろめたくなる。わしが上手くやれればここまでことは大きくならなかったろうに。

 しかしジョージは、似つかわしくないほどに公正だった。

「いいって。あんたが来てくれなきゃ本気でヤバかった。あんたに感謝はしても謝られると体がムズムズする。キモチワルイ」

 こやつめ、とガッドはデコピンを放った。少年は時に清々しいほどにまっすぐだ。

 ジョージはククっと笑い、それで? と続きを促した。

「結局呪いってのは何だったんだ?」

「マントの男の目的は、キユリちゃんの命を盾にパックを戦闘不能にすることじゃった」


 呪いの正体は、ある呪文を感知するとキユリの命を奪うというものであった。発動キーとなる呪文は、治癒呪文だった。迂闊に治癒呪文を使用するとキユリの命は呪いの餌食となる。従ってキユリの銃創治療を行うためにはまず呪いを解除する必要があった。非常な複雑で呪いで、ひとたび解除作業に入ると一瞬の気の緩みも許されなかった。かくして、パックは戦闘不能に陥った次第である。

 パック流剣士たちはマントの男の前に次々と沈み、祠に納められた御神体は奪い去られてしまった。その直後、キユリの解呪及び治療を終えたパックはすぐさま対魔法結界を発動したのである。



 ガッドはジョージに自宅の片付けをするように言いつけた。村の数名がすでに片付けを手伝ってくれているはずだが、家の持ち主がいつまでも現れないのも具合が悪いだろうとの采配である。

 ガッドは肩の荷が下りたようにふうっとため息をついた。

「あんな感じで良かったかのぉ」

「完璧です」

と親指を立てて隣の部屋から現れたのはパックだ。

「対魔法結界の採用理由じゃが、ありゃちょっと無理矢理じゃないかの?」

 そうですか? とパックは涼しい顔だ。

「上手い理由だと思いましたけど。実際生け捕りにするのが目的だったんだから、なら魔法で逃げられないようにっていう理由は全然嘘じゃない」

 それにしても、とパックは笑いをこらえた。

「大人げないですよ、せっかく心配してくれたのに」

 ガッドが心底嫌そうな顔でパックを睨む。

「貴様ら師弟揃って。体がついてこなかった歯がゆさを察しろ。特にお前が言うとただの厭味じゃ。あと何十年かしたら思い知る。思い知って地団駄を踏むがいい。こんなこともできなくなったのか、とな」

「俺だって三十超えたくらいからだいぶ来てますよ。若いころのようにはいきません」

 こんの! とガッドはむきになった。

「貴様わしがいくつだと思って、三十超えたくらいからぁ~とか寝ぼけたこと言っとるかッ。十分若いわ! 羨ましい!」

「まあまあ落ち着いて」

 盛大に本音が漏れたところでパックはガッドをなだめた。ガッドは確か七十を超えたくらいだったはずだ。興奮すると体に毒ですよ、などとはますます興奮してポックリ逝くかもしれなかったので言わないでおいた。

 クールダウンがてらそろそろ本題に入るとしたものだろう。ガッドの血圧が心配である。

「ジョージを連れていきます」

 パックは神妙な表情で言った。ガッドも村長の顔に戻る。

「今でもわしは、そこまでリスクを負わなくても良いと思っておる。お前一人の方が確実に水晶石を取り戻せるじゃろう」

「ジョージを連れていくことはリスクですか」

 存外に厳しい口調になった。足手まといになるような弟子を育てた覚えはない。第一、仮に未熟な弟子が一人くっついてきたところで俺のパフォーマンスが落ちるとは思っていない。

 よりによってあんたが俺を見くびるか。俺の師たるあんたが。

「すまぬ、失言じゃった」

 ガッドは席を立つと、書斎の引き出しを開けて封筒を取り出した。

「これをカール王に」

「確かに預かりました」

 退出しようとするパックの背中に、ガッドの意味深な質問が飛んだ。

「どこまでできる?」

「マントの男は捕捉できます。少なくとも顔も割れるでしょう。カール王への親書も必ず届けます」

 マントの男……か、とガッドは苦笑した。

「長ったらしい呼び方じゃのう。名前がわかれば呼びやすくもなるが」

 パックは鼻を鳴らした。

「そうですね」

 一つ歩を進めたところでパックは再び立ち止まった。

「俺も謝っておきます。腕、すみませんでした」

「気にするな。どうせ生い先短いジジイじゃ。若いモンを救えたと思えば腕の一本くらい」

 ガッドの左の袖は上腕から先がぺしゃんこだった。

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