第7話 クレオの邂逅
私の名はクレオ・ベルトイア。
レグレンツィ王国 第4王女 カーラ・ブロット様のお側に仕える近衛騎士団長だ。
私がノエミという少女と出会ったのは、数日前。カーラ様と共にレオの街近くにある森の中の神殿を訪れた帰りのことだ。
神殿への訪問は王家に代々伝わる試練の一つで、継承権第一位を持つものは側仕えの者と二人で訪れなくてはならない。
カーラ様は上に三人の王子と三人の王女様をもつ末の生まれながらも、初代国王様と同じターコイズ色髪を持って生まれられた為、継承権第一位をお持ちになられた。
試練とは言っても、神殿の有る森は本来ならばDランクの魔物すら滅多に出ないような森で、儀式自体形式化したものだった。
しかし、あの日私達は突如現れたブラックベアに襲われ、不覚にも不意を打たれた私はブラックベアの牙をカーラ様に届かせてしまった。
ブラックベアはベア系の魔物の最上位に位置する魔物で凡そCランクだと言われている。
区分こそ私と同じCランクだが、もうじきC-に届く私にとっては遅れをとる相手ではなかったのだが、気配もなく現れたブラックベアはカーラ様の足を食いちぎり、庇おうとした私の脇腹を深くえぐった。
片足を失ったカーラ様を見て、焦る私を見透かすようにブラックベアは距離を取り、私達が弱るのを待つような動きをする。
私の傷も深く、このままではジリ貧だと刺し違える覚悟で槍を握りしめたとき、突如空から舞い降りてきたのがノエミだった。
年の頃は15~16歳、乱雑に切られた様な胸ほど有る長さの赤茶色い髪が印象的で、その容姿は同性から見ても思わず見惚れてしまった。
服装からして初級冒険者が迷い込んだのだろうと当たりをつけるも、その姿に似つかない気配に得体の知れない不気味さを覚えた。
とは言え敵意は感じられない。油断はできないが先ずはブラックベアを対処しなくてはと、再び覚悟を決め直し槍を構えるとノエミが何やら言葉を発した途端ブラックベアが去っていった。
一瞬の安堵を覚えるも、両手を広げながらこの状況に似つかわない笑顔で近づいてくるノエミに警戒心を覚え、朦朧とする意識の中で先手を取った。
首筋に槍を突きつけられながらも笑顔を崩さないノエミの右手に、魔法の光を見て警戒を強める。
傷のせいで不振り払おうとしても力が入らず、飛び退くことすらままならない。
痛みに顔をしかめた次の瞬間、傷口が暖かく包まれ痛みが消えた。
「もう、、、回復、、、、、」
耳元でノエミがつぶやき姿を消した。恥ずかしながらこのときカーラ様の存在を思い出し、慌てて振り返る。カーラ様の居た辺りが一瞬強く光るのが目に入り、急ぎ駆け寄ると全快したカーラ様の姿だけが残されていた。
既に辺りには誰の姿もなく、彼女は幻だったのかとも考えたが、結果的に彼女が持っていたエリクサーを使ってくれたのだろうと結論づけた。
カーラ様に経緯を説明すると、「なんとしても彼女を見つけてほしいと」強く希望された。だが、この試練自体が秘密裏に行なわなくてはいけない事で、人手を使うことも出来ず個人的に動く事にした。
幸運にも屋敷で描いたノエミの似顔絵をギルドで見せると、直ぐに名前が判明した。
ノエミが一年に満たない新人冒険者だと聞いて、予想はしていたことでは有るが、改めて驚かされた。
彼女が持っていたエリクサーは、それ一本で小さな家が買えてしまう価値がある。どのようにして彼女が手に入れたのかは想像もつかないが、惜しげもなくそれを使ってくれた彼女に深く感謝した。
彼女が戻り次第連絡をもらえるようギルドマスターに依頼してから、5日後にようやく連絡が入る。話を広めたくないという彼女の希望に沿うために手段を模索し、招待の準備を整えた。
出迎えたノエミには初めて見たときに感じた不気味さは全く無く、非凡な容姿を除けばどこにでも居る初級冒険者そのものだった。
用意した食事に目を輝かせ、夢中で食べ進める姿はとても可愛らしく、カーラ様も慈しむような目で眺められていた。
ノエミは自分が救った相手が王女様だったとは思ってもいなかったらしく、とても驚いたようであったが、それが逆に私を更に感心させた。
どこの誰ともしれない相手に惜しげもなくエリクサーを与え、それを誇ることなく、隠そうとまでする彼女の気高さに、私は尊敬すらも覚えたものだ。
首都へと向かう旅路の中で知る彼女の人柄はとても好ましく、この時にはもう、初めに感じた不気味さは私の気の所為だったと結論づけていた。
時折おかしな言動をする事があるが、それも彼女の魅力として受け止めることが出来たのはカーラ様も同じなようで、名で呼ぶことを許されたほどだった。
「野営地で普段よりいいものが食べられるなんて夢にも思いませんでしたよ」
三日目の野営地で夕食を取りながらノエミがそんな事を言う。
流石に三日目とも成ると緊張も解けたようで、気軽い会話が飛び交っている。
ノエミの奔放な言葉が場を和ませ、私もカーラ様も、それぞれの地位の壁を忘れた心地よい時間を過ごしていた。
そんな私達の元に突然ワイバーンが来襲する。「キシャー」という雄叫びがテントを揺らす。
カーラ様とノエミを逃し、私はワイバーンの迎撃に向かう。
駆け付けたところで既に数名の部下が倒れているのが目に入る。
ワイバーンのランクはD+とされている、倒れている者たちは確かにD-の者たちだが、それでもこんな簡単に倒されるような教育はしていない。
雄叫びを上げ急降下するワイバーンの爪にまた数名の部下が切り裂かれた。
燃えるテント炎に照らされたワイバーンの姿に目を見開く。
「ブラックワイバーン、、、、、、」
黒光りする鱗に覆われた身体は、紛れもないワイバーンの最上位種だ。
「全員油断するな、これはブラックワイバーンだ。ここで足止めし、カーラ様が離れる時間を稼ぐぞ!!」
「「「「ハッ!」」」」
目標を討伐から足止めに切り替るも、その実力差は圧倒的で、一人、また一人と倒されていく。私自身隙きを見て槍で突きかかるも、鱗に僅かな傷をつける事しか出来なかった。
雄叫びを上げたブラックワイバーンが私に狙いを定め、急降下を始める。
避けることは簡単だが、後ろには片腕を奪われ
「神よ、どうかカーラ様をお守りください」
そんな言葉が自然と口からこぼれ出た。せめて一矢報いると、迫りくるブラックワイバーンを睨みつけ槍を構えたとき、目の前に赤い髪が現れサラサラと流れ落ちる。
シャンッ と風がなり、ブラックワイバーンの片足が切り飛ばされた。
「ここは僕に任せて、君達は王女様のところまで逃げるんだ」
僕なんて言い方をしているが、その後姿は確かにノエミのものだ。
私の槍でも突き通せなかった黒い鱗を、あっさりと切り飛ばした技量に目を疑う。
本当にノエミかと問いただしたく成るほどに、初めて出会った時に感じた不気味さとはまた別の、力強いオーラに包まれるノエミの後ろ姿が大きく見える。
とは言え、たとえノエミに私以上の技量が有るのだとしても、民間人を置いて私が逃げる訳にはいかない。
「わかった。しかしCランクに満たない者は逃がすんだ。無駄死ににしかならない。」
普段のノエミからは考えられない突き放すような言葉。無駄死にと言われ異を唱えたく成るが、部下たちの技量では荷が重すぎるのは否定出来ない。
ぐっと言葉を飲み込んで、全員に退避命令を出した。
次の瞬間、辺りが一面が青白く輝いた。
「止血程度にしかならないが範囲回復をかけておいたよ、それなりの傷を負った者でも暫らく持つだろう」
そんな言葉を簡単に言い放つノエミの声に、一瞬言葉を失った。
エリクサーと同等の回復力を持つ極大回復魔法は現在にも数名の使い手は居るが、範囲回復魔法なんてものは聞いたことがない。
それでも私自身の身体が現実に癒やされて、伏していた部下たちも数名が体を起こすのを見ては信じる他がない。
お前は何者なんだと問いただしたい思いをグッとこらえ、感謝すると声を絞り出した。
家出少女が魔王と勇者に取り憑かれて振り回される話 不和由良 @fuwayura
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