第4話 見えぬ糸

「まさか、勝ったというのか!?」

 救援の早馬を受け、領主カンテレとともにミケーレンへと駆けつけたクラークソンは、歓喜に湧く兵士たちの姿をその目にして、戸惑いながらそう呟く。

 同時に、もたらされた情報に間違いがあったのではという考えが脳裏をよぎった。


 しかし生々しく残る街の傷跡は、明らかに激しい戦闘行為がこの場所で起こったことを雄弁に物語る。


「お待ちいたしておりました、盟主殿、領主殿」

 クラークソンたちが率いる援軍部隊の姿をその目にしたメニクソンは、喜びあふれる表情を浮かべながら、彼らの前へと進みでた。


「敵はどうした。戦いはどうなったのだ」

「つい先程、グイネット兵はこの街から撤退しました。我らは負けること無くこの街を守ったのです」

 ほんの少しの気恥ずかしさと、誇らしげな思い。それが入り交じる声で、メニクソンはそう言葉を返す。

 途端、クラークソンは思わず驚きの声を上げた。


「撤退だと!? つまり守備隊だけで勝ったというのか?」

「勝ったかと言われると、なんとも言いにくいのですが、先程も申した通り少なくとも負けはしませんでした」

 それは僅かに奥歯に物が挟まったかのような言い回しであった。

 だからこそ領主であるカンテレは、全てを明かせとばかりに問いかける。


「メニクソン、具体的に何があったのだ。順を追って説明してくれ」

「はい。敵は膨大な数の艦船を率いて湾内に侵入。そのまま余勢を駆り、上陸を試みてきました。我らは精一杯奮闘したのですが、多勢に無勢。このままではというところで、突如敵が撤退を開始した次第です」

 メニクソンは実直に、起きたことを時系列のまま報告する。

 だがそれを耳にしたクラークソンの眉間には、くっきりとした深いシワが生まれていた。


「……どういうことだ、敵は勝ちつつあった。にも拘らず、その勝利を放棄したというのか?」

「端的に言えばそうなります」

 盟主であるクラークソンからの問いかけに対し、メニクソンは飾り気のない言葉でそう返す。

 途端、彼の背後に控えていた湾岸警備隊長が、すぐに補足すべき事項をその口にした。


「実は敵の援軍と思われる小型艦がやってきまして、何故かその後、敵は撤退行動を開始しました。その理由まではわからないのですが……」

「つまり奴らに何かがあった。そしてその為に撤退せざるを得なくなった。そういうことか」

 クラークソンは腕を組みながら、腑に落ちぬ思いを抱きながらそう述べる。


 それはその場にいる者にとって、まさに共通の疑問であった。

 しかしそんな彼らの疑問はすぐに氷解することとなる


「お話し中のところ失礼致します。たった今、一つの訃報が届きました」

 それはクラークソン領に所属する一人の兵士であった。

 彼の主は突然の報告に対し、軽く小首をかしげながら先を促す。


「訃報? 誰のだね」

「グイネット国王ケーレック四世にございます」

 兵士の口から発せられたその言葉。

 それはその場にいた一同に対し、お互いの顔を見合わせ絶句させるのに十分なものであった。


「……それは本当なのか」

「はい、少なくとも二つのルートから入った報告にて、おそらくは間違いないかと」

 クラークソンの重ねての問いかけに対し、彼の兵士は大きく二度頷いてみせる。

 それを受けて、これまで沈黙を保ってきたギルゴロスはボソリと呟いた。


「つまりそれが理由か」

「は?」

 クラークソンはよく聞き取れなかったが故に、思わず聞き返す。

 すると不機嫌そうなギルゴロスの声が、彼の鼓膜を震わせた。


「敵が撤退した理由だ。おそらく国王が死んだが故、戻る決断をしたのだろう」

「……なるほど、それならば確かに筋は通るか」

 この地の領主であるカンテレは、納得したとばかりに一つ頷く。

 一方、ギルゴロスの関心は既にその先へと向かっていた。


「しかし派手にやったものだ」

 改めて街をぐるりと見渡しながら、彼は正直な感想をこぼす。


「敵は我らの抵抗が強かった物見の塔や、防壁などに戦力を集中してきたこともあり、幸いなことに街の中にはほとんど被害を出さずに済みました」

「不幸中の幸いと言うべきだろうな。一般人の被害が多ければ、ここでの商いはしばらく行えなくなる」

 直接敵と刃を交じえさせた警備隊長の報告に対し、ギルゴロスは正直な感想をその口にする。そしてそのまま、彼は盟主に向かい一つの問いを放った。


「盟主殿、これからどうするかね」

「これから? どういう意味だ」

「まさに言葉通りだ。敵が我が国を攻撃し、そして被害が出た。これは紛れもない事実。その上で我が国がどう動くかを決めねばならぬ」

 ややぶっきらぼうな口調で、ギルゴロスは盟主に向かい決断を求める。

 それに対しクラークソンは僅かな躊躇の後に、愚にもつかぬ回答をその口にした。


「……ひとまず抗議をせねばならん。七カ国協定違反だとな」

「無意味でしょうな」

「な……」

 自身の発言をバッサリと切り捨てられたことに、クラークソンは戸惑う。

 だがギルゴロスは、やや呆れ混じりの口調で彼なりの現状解釈をその口にした。


「敵は自らが七カ国協定違反を犯していることなど当然理解している。その上で行動に出たとみるべきだろう。となれば、抗議などおそらく歯牙にも掛けぬのではないかな」

「ならばギルゴロス、お前はどうするべきだと思うのだ」

 英雄であるという事実を除いたとしても、盟主である自分に対しズケズケと物を言う男ではあった。


 だが皆の前でこうも好きに言われたら己の沽券に関わる。

 そう考えたクラークソンは、自分とこの場に居合わせたものを納得させてみろとばかりに、ギルゴロスへそう問い返した。


 しかしギルゴロスは迷うこと無く一つの回答を口にする。


「敵を……グイネットを討つ」

「馬鹿な、我が国に協定違反を犯せというのか」

 思いもかけぬ回答に、クラークソンは血相を変えてそう詰問する。

 しかし感情的となった彼に対しても、静かな怒りを押さえながらギルゴロスは淡々と自説を口にした。


「先に協定を破ったのはグイネットの連中だ。全ての責は奴らにある。それ故、我らが兵を挙げることに何ら問題はない」

「……盟主どの、グイネットを討つというのならば、どうかこの私に先陣を」

 それは険しい表情を浮かべたカンテレの口から発せられた言葉であった。

 途端、予期せぬ賛同者の出現に、クラークソンは戸惑いすぐさま尋ね返す。


「な……カンテレ、貴様も逆侵攻を行うべきというのか」

「その両の目で、もう一度この街を御覧ください。この惨状。これを前にして、全てを水に流せとおっしゃるのですか?」

 この地の領主であるカンテレがそう語った瞬間、誰もが黙り込み何一つ言葉にできなくなった。

 そしていつの間にか主戦論が場の空気を支配したところで、ギルゴロスがぐるりと皆を見回し、ゆっくりその口を開く。


「……私とカンテレ殿を中心に部隊を構築し、このまま敵を叩く。ちょうど敵は国王崩御のため、早急に身動きを取ることはできぬだろう。言うなればこれは好機だ」

「しかし国王を失って喪中を叩くというのは、騎士道に──」

「宣戦布告もなく、突如来襲した彼らに騎士道があるとでも? 街が無事だったのは偶然に過ぎぬ。もし罪のない民に犠牲が出ていても、同じことをおっしゃるつもりか」

 それはまさに被害者であるカンテレの言葉であった。


 誰一人、その言葉に反論を行い得なかった。

 同時に、自然と皆の視線はクラークソンへと向けられる。


 そして彼らの盟主は、しばしの沈黙の後に、皆に向かい己が決断を告げる。


「……わかった。騎士国は敵に背を見せぬ。貴公ら二人を将として、グイネット打倒の狼煙をあげよう。全ては我ら騎士の誇りを取り戻すために」


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