第3話 強襲
ミケーレン港。
北に位置するグイネット王国にほど近いボランズ騎士国第二の港であり、彼の国の中でも主に商業の中心とされるカンテレ領の中心地でもある。
普段から活気あふれるそんな彼の港は、まさに今、驚天動地の騒ぎとなっていた。
「メニクソンさま、やはりあの旗はグイネットのものに間違いありません」
「ありえぬ……奴らはダグラスに向けて艦隊を動かしたのではなかったのか!」
領主であるカンテレ不在の状況下で、彼の右腕とされる文官のメニクソンは、眼前の光景を理解できぬとばかりに何度も何度も首を振る。
だがそんな彼に向かい、壮年の湾港警備隊長はすぐに現実的な対処を求めた。
「彼らが最初にどこへ艦隊を向けたのか、それはわかりません。ですが、今はこの現実への対処が重要です。すぐに他の地域からの救援を呼んでください」
「わ、わかった。まずは領主館からすぐに応援の兵を──」
「足りません! あの船の数をよく見て下さい」
警備隊長はそう言い切ると、湾内に次々と姿を現した敵艦隊を指差す。そして彼は何度も首を振りながら、更に言葉を続けた。
「我が領地の兵だけでは、とてもではないですが足止めにさえなりません。すぐに他の領主様に兵を求めなければ、この国は……」
「そう……だな。わかった。すぐにクラークソン殿のもとへ早馬を送れ!」
警備隊長の言に一理あると理解したメニクソンは、大きく一つ頷くなり手近な兵士に向かいそう指示を下す。
そして若い一人の兵士が選出されると、彼は全力で馬を走らせていった。
「あとは実際にどう戦うかですな」
「ああ。だがなんとか交渉はできぬものか……」
このまま戦えば負ける。それは誰しもの共通認識であった。
それ故、戦闘回避に対する未練を振り払い切れぬメニクソンは、思わずそんなことを呟く。
だがそんな淡い期待は、警備隊長によってすぐさま否定された。
「不可能でしょう。交渉をするつもりなら、とっくに使者をこちらへと向けているはず。それにあれ程の艦隊を揃える必要はありません」
「つまり上陸後の侵攻を想定しての行動ということか……」
メニクソンはそう口にすると、改めてグイネットの旗を掲げる艦隊を睨みつける。そして彼はつばを飲み込み、一つの決断を行った。
「私も騎士の国の男。こうなれば、カンテレ様の部下として、恥じぬ戦いをしよう」
そう宣言するとメニクソンは腰に下げた剣を引き抜く。
そして警備隊長を始めとする周囲の兵士をぐるりと見回し、改めてグイネットの旗を立てた艦隊を睨みつけると、勇ましくその剣先を向けた。
「敵はグイネット。我らは騎士国の誇りにかけて戦わん。カンテレ様の恩を受けたものはこの私に続け!」
***
「本当によろしいのですね?」
「ええ、構いません。すべての罪はこの私が背負います」
キャプランからの確認に対し、ネルソンは強い口調でそう言い切る。
船上に立つ彼の視界の先、そこには既に無数のボランズ兵がその姿を現していた。
「提督がそうおっしゃるのでしたら従います。ですがその……」
「なんですか、キャプラン?」
言いにくそうに言葉を濁す部下に対し、ネルソンは柔らかな声でその先を促す。
すると、キャプランは改めて胸に秘めていた大きな疑問をその口にした。
「提督、あの青年を信頼して良いのでしょうか?」
「信頼……ですか。残念ながら完全なる信頼は私も出来かねています。もともと真意を見せることがめったにない男ですから」
苦笑交じりにネルソンはそう述べる。
するとキャプランは、そんなネルソンに向かい改めて問いただした。
「それでも彼の提案にお乗りになると?」
「陛下と私。この二つの枷が外れた今、宰相がグイネットをどうするか容易に想像がつきます。そして私は悪意ある一人物のもとで崩壊していく故国を見たくはない」
小さく頭を振りながら、ネルソンは容易に想像できる未来をその口にする。
「お名前に傷が付く可能性があります。それでもですか?」
「私の名前などどうでもいいのです。元々あの戦争のときも、私は自らのためではなく、国と民のために立ち上がりました」
帝国との戦いにおいて最初に剣を取り、武帝を討伐した英雄たち。
彼らが戦う理由は様々であったが、ネルソン自身は間違いなく私欲のためではなかったと断言できた。
だからこそ、今の彼に迷いはない。
「そう……でした。貴方はそういうお方でした」
「我が名が傷つこうとも、地に落ちようともそれは構いません。守るべきものを守るためなら、私はいくらでも泥に塗れましょう。たとえそれがセナ・マクルートという底知れぬ泥であったとしても」
上官の表情からは、まさにいっぺんの迷いもない決意が窺えた。それ故、キャプランも覚悟を定める。
「了解いたしました。それでは早速作戦行動を開始します」
軽く頭を下げ、そのままキャプランは走り去る。
後にミケーレン湾の偽装戦と呼ばれる戦い。
それはこの時を持って始まり、そして誰も想像できない形の顛末を辿ることになる。
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