第2話 ギルゴロス

「クラークソン、貴様は奴らの横暴を見過ごせというのか!」

 ボランズ騎士国の中央部に位置するクラークソン領。

 彼の国においては最大の力を持つ騎士にして騎士国盟主を名乗るクラークソンは、自らの屋敷の会議室において、激しい罵声を髭面の大男から叩きつけられていた。


「そんなつもりはない。確かに彼の国の艦隊が港を出ていったのは五日前。だがその目的地がわからぬのでは、糾弾のしようもない」

 気品あふれるクラークソンは、わずかばかり困惑した表情を浮かべながら、あくまで冷静に首を左右に振る。

 しかし次の瞬間、彼に詰め寄らんとする大男は、再び怒声を発した。


「糾弾のしようがないだと? ふざけるな!」

「ふざけてはいない。ただの事実だ」

「あれだけの規模の艦隊を動員しているのだ、七カ国協定違反の軍事行動以外の何ものでもあるまい」

 そう言い切るなり、大男は眼前のテーブルに両拳を叩きつけた。


 激しい音と揺れが部屋の中に響き、会議室内は一瞬で静まり返る。

 そしてテーブルの振動が停止したタイミングで、クラークソンはあくまで窘めるようにその口を開いた。


「七カ国協定は有名無実。以前からそのことを主張していたのは英雄どのであったと思うが」

「ならばなおさらだ。度々国境付近で好き勝手な行動を取るグイネットを、今度こそ叩くべきだろう」

 英雄ギルゴロス・アバサート。

 天枢のギルゴロスとも呼ばれる彼は、度重なるグイネットの国境侵犯に怒りをつのらせていた。


 これまでに小競り合いから小規模の戦闘行為になること計八度。

 その尽くを彼が駆けつけることで粉砕し続けたわけであるが、その全てにおいてグイネットは七カ国協定を盾として他国からの介入を匂わせ、これまで一度たりとも全面的な戦いに至ってはいない。


 それは小領主達の連合支配国家であるこのボランズにおいて、盟主の座にいる騎士団長のクラークソンが生煮えの男だからだと、ギルゴロスは苦々しく考えていた。


「落ち着いて下さい、英雄どの。盟主どのも既に彼の国に対し、質問状をしたためております。その回答を受け取ってからでも遅くは──」

「ふざけるな。そんなものを奴らがまともに返してくると思うか。ましてやその侵攻先が我が国であるならばな」

 場を取り繕おうとする壮年の騎士に対し、ギルゴロスは呆れ混じりにそう叱責する。

 すると、これまで沈黙を守っていた若い一人の騎士が初めてその口を開いた。


「おそらく、敵の侵攻先が我が国ということはないでしょう。出港してからいささか時間が経ちすぎています」

「ならば連中はどこに向かったというのだ?」

「彼らの艦隊は西に向けて進路を取ったと報告があります。おそらくその目的はレディ島ではないでしょうか」

 ギルゴロスの問いかけに対し、若い騎士の青年は毅然として答える。

 すると、盟主であるクラークソンは納得したとばかりに一つ頷いた。


「ダグラス王国……なるほど、七カ国協定の外を狙ったわけですか。ならば、我らには関係がない行為というわけですね」

「馬鹿か貴様、ダグラス王国を奴らに取られることの意味がわからんのか?」

「英雄どの、盟主どのに向かい馬鹿とは些か……」

「馬鹿としか言いようがないから馬鹿なのだ。もしダグラス王国が堕ち、奴らが艦隊を彼の地に常駐させた場合、我らは敵の艦隊行動の兆しを知ることができなくなるのだぞ!」

 彼を窘めようとする壮年の騎士に対し、ギルゴロスは改めて怒声を撒き散らす。


 彼は心底苛立っていた。

 確かにボランズ騎士国は小領主の集まりであり、国家はもちろんのこと、自領以外のことには関心が薄い。


 実際にこの会議を行っている盟主クラークソンの領地はまさに騎士国の中央部にあり、彼の領地のように国境ともそして海ともつながっていない。だからこそ、先程のような平和ボケした発言を口にできるのだとギルゴロスは考えていた。


 元々、この国が連合国家となったのは、周囲の強国に一丸となって対抗するためであったはずである。それが隣国の軍事行動に対しここまで鈍い反応しかできない状況、そのことにこそギルゴロスは強い危機感を覚えていた。


 だが彼は決して弁が立つ方ではない。

 それ故、かつて肩を並べて戦った気に食わぬ悪辣眼鏡をここに送り込みたいと考えるほど、彼はこの状況下に焦りを覚えていた。


 しかしながらそんな彼の焦りが、周囲の騎士たちとの間に更なる軋轢を生み出す悪循環となっていることに、彼自身は気づいていない。


「ともかく、英雄どの。仮にダグラス王国を彼らが占拠するにしても、流石に今しばらくは時間がかかりましょう。その上で我が国を攻めるとしても、武器や食料の準備を踏まえると、そう安々とは行えますまい」

「今の発言は聞くべきところがあります。更に七カ国協定がある以上、彼らが攻め込んでくることはないでしょう。ですが、英雄どののご懸念も一理ある。そうですね、我が国も万が一に備え念のために警戒態勢を──」

「て、敵襲!」

 クラークソンの言葉を遮る形で会議室に飛び込んできた一人の兵士は、顔を真っ青に染めながら震える声でそう発言する。


「敵襲? ……どうした? 山賊でも現れたか?」

 自らの提案を途中で遮られたクラークソンは、やや苛立った表情を浮かべながら会議室へ入り込んできた兵士へとそう問いかける。

 すると会議室内の視線を一身に集めた兵士は、この場にいる全ての者を混乱に陥れる報告をその口にした。


「山賊ではありません。敵が……グイネットが海から来たのです。信じられぬほどの大艦隊を率いて!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る