第7話 詰み<シャーマート>

「覚えていてくれたとは嬉しいな。久しぶりだね、ネルソン」

「まさか……生きていたのですか……」

 信じられないとばかりに首を何度も左右に振りながら、ネルソンはまじまじとセナを見つめる。

 一方、セナはそんな彼の反応に苦笑を浮かべながらも、その口は別の者へと向けられた。


「陛下、それにメア様。くだらないクーデター騒ぎを終結させたいと思います。申し訳ありませんが、今すぐご避難を。あとはクローネ司令官たちが全て片付けますので」

 セナは国王に向かいそう告げると、まだ名残惜しそうに人形を手にしたままの女性へとその視線を向ける。

 すると、クローネは人形を大事そうに牢の中に置き、元々鍵のかかっていなかった檻を押し開けると、無粋な鋼の刃を片手にセナの横へと並んだ。


「くそ、何様のつもりだまったく。というか、貴様はなにもしないつもりか!」

「負けのないこの状況に持ち込むまでが私の仕事。ここからの後片付けは君たちの仕事。役割分担は大事なものだよ。特に強大な敵と闘うときはね。ねえ、ネルソン」

 かつて八人の男が、それぞれの神器と技能を用いて強大な帝国と戦った事実。

 それを踏まえながら、七星と呼ばれる英雄の一人に向かいセナはそう声を向けた。


「復讐……なのですか。でも君を殺したのは、私では──」

「勘違いさ。私はそんな非合理的なことはしない。それは君が一番知っているんじゃないかな?」

 その言葉はまさにネルソンの知るセナ・マクルートのものに他ならなかった。

 だからこそネルソンは戸惑い、現実が信じられないとばかりに何度も何度も首を振る。


 一方、上官の突然の異変に困惑しながらも、キャプランは副官として眼前の男に対し逆に脅しをかけた。


「貴様が何者かは知らん。だが国王を逃がすつもりはない。提督とどんな関係があるかは知らんが、ここにいる貴様達全員、我らが一度捕縛させて頂く」

「おや、それは無理な相談じゃないでしょうか」

「なんだと、貴様。抵抗するつもりか!」

「いや、抵抗するも何も……ほら陛下たち、既に逃げていますよ」

 怒りを露わにするキャプランに向かい、セナは奥の牢屋を指差す。

 すると、いつの間にか牢屋の奥にあった家具がどけられており、そこには明らかに抜け穴とわかる黒い穴が存在した。


「な……どういうことだ。グレン!」

「それはこういうことですよ」

 怒声を浴びせられた謹厳な紳士は、両隣にいたグイネット兵を手にした二本のナイフで突然斬りつける。


 一瞬で放たれたその刃は、兵士たちの皮膚をごく軽く切り裂いただけだった。

 だがその傷により、彼らはその場に崩れ落ちる。


「ミゲネットの実の毒はやはりすぐ効いて良い。ただ持続性が足りないことが問題ですが」

 その言葉と同時に、グレンは一瞬身を翻すと、またたく間にセナの隣へとその身を移す。

 一方、彼の言葉を耳にしたセナは、苦笑交じりにその口を開いた。


「つまりしびれが取れるまでに、終わらせないといけないわけだね」

「卑怯者め。だがそれもここまでだ。貴様達三人に対し、我らは八人。すでに結果は見えている」

「ならばその前提を変えましょう」

 キャプランの言葉に応じる形で、その声は彼らの頭上から発せられた。

 同時に一人の兵士が突然その足を何かによって縛られると、まっすぐ天井に向かい吊り上げられる。


「な……」

 キャプランは思わずあっけに取られていた。

 もちろんそれには兵士が天井に吊されている事実もある。しかしそれ以上に、先程までいなかったはずのメイド姿の女性が、いつの間にかセナの隣に佇んでいたためであった。


「貴様、まさか天井に──」

「淑女に対して詮索は無粋。それとも、もし知っていたら私が頭上にいる時に下着を覗くおつもりだったでしょうか……変態ですね」

 いつもの無表情のままミリナが怜悧な声を発すると、キャプランは声をつまらせる。

 そんなやり取りに苦笑しつつ、セナはゆっくりとその口を開いた。


「まあ素敵なレディの下着を見たいのは男性の悲しいサガさ。それよりも何人仕込めたんだい?」

「上からでしたから四人だけです。残念ながら」

 そう口にすると、ミリナは手にした何かをクイッと引っ張る。

 途端、四名のグイネット兵は首元を押さえながら叫び声を上げた。


「な、何を!」

「首が……首が絞まる」

 声を上げるもの、苦しさのあまりもはや声さえ発せられないもの。

 その反応は各々異なったものの、彼らのいずれもが何かによって首を絞められているという事実だけは共通していた。


「糸か! くそ、こんなもの!」

 ミリナの攻撃の対象でなかった二名の兵士は、同僚の反応から極めて細い糸を巻きつけられているのだと当たりをつけ、ミリナと兵士たちの間の空間に剣を振るわんとする。

 だがその瞬間、視界の外から何かが彼ら目掛けて飛来した。


「残念ながらそうはさせません」

 そう言うグレンの手元には、先程まで振るっていたナイフは存在しなかった。

 なぜならば剣を手にした兵士の腕に、彼のナイフが深々と突き刺さっていた為である。


「さて、これで二人対三人になったね」

「セナさん、数が間違っていますよ」

「いや、正しい数だよ。私は何もするつもりがないし、何より昔から数に加えてもらえないことには定評があるからさ」

 ネルソンへと視線を向けつつ、セナはやや皮肉めかしながらそう言葉を返す。

 すると、キャプランが怒りを露わにしながら、まっすぐ彼らに向かい駆け出した。


「くそ、こうなれば私が貴様たちを──」

「遅い。判断も、行動も、その全てがだ」

 その言葉をキャプランは最後まで耳にすることができなかった。

 なぜならば彼の後頚部には、クローネの剣の腹が吸い込まれるように直撃していたためである。


 きれいに前のめりに倒れるキャプラン。

 そして無傷のまま一人残された男は、セナをまっすぐに見つめた。


「クーデターを逆用して我らを騙し、神弓を使えば崩落する地下空間へ部下ごと私を連れ込む。おそらく今頃、地上に残した部下たちは酒に酔わされ襲われているのでしょうか」

「さすがネルソン、察しが良くて助かるよ。一応、出来る限り危害を加えずにと言っているので、その点は安心して欲しいかな」

 地上の方向を指差しながら、セナは淡々とした口調でそう告げる。

 するとネルソンは、大きく息を吐き出し、そして初めてセナを睨みつけた。


「なるほど。紛れもなく、君はセナ・マクルートのようです。国王まで使ってこんな茶番を演出しようとするのは、この世界に君くらいしか存在しない」

「ふふ、それは褒め言葉と考えておこうかな」

 ネルソンの発言に対し、セナは軽く肩をすくめながらそう述べる。


「今思うと、砦の情報も嘘なのでしょう。恐らくこの私に神弓を使わせる為……いつも君が敵を嵌める姿だけ見続けてきましたが、やられる側に回るとたまったものではないですね」


 違和感はあった。

 あまりに全てが自分たちにとって都合良く回りすぎていた。


 無抵抗下での上陸から、既に成されていた王都制圧、そして王族の捕縛。

 まるで完璧にお膳立てが成された舞台のようだとネルソンは思った。


 しかし同時に当然だと彼は理解する。

 これらのシナリオは全て目の前の男が、武帝打倒におけるありとあらゆる策略を一人で演出したあのセナ・マクルートが書き下ろしたものなのだから。


「全ては最も効率的で効果的な方法を選択した結果さ。で、どうする、降伏してくれるかな?」

 セナは彼が考える最善の結末をネルソンへと求めた。

 だがネルソンは首を左右に振る。そしてそのまま、彼はまっすぐにセナを睨みつけた。


「すみませんがお断りします。何しろまだ全てが終わったわけではありません。それに君は根本的な勘違いを犯している」

「根本的な勘違い……か。はてさて、なにかな?」

「私は諦めが悪いのです」

 その言葉が発せられた瞬間、ネルソンは腰に刺した短剣を引き抜きセナへと一気に迫る。


 一瞬で失われる二人の距離。


 しかしセナは動かない。ただの一歩たりとも。

 そしてネルソンの短剣が、セナ目掛けて振り下ろされた。


「ありがとう。信頼していたよ」

「ふん、どうだか。たとえ私が手を出さなくとも、メイド長が手を打っていた気がするがな!」

 その言葉を吐き出した瞬間、セナの首元で受け止めた短剣をクローネは剣で払う。そしてそのまま、彼女はネルソンの前に立ちはだかった。


「私が知覚できない剣閃……ですか。貴方、何ものですか」

「ただの近衛だ。間違ってもこいつの部下ではない」

 驚くネルソンの問いかけに対し、クローネは険しい表情を浮かべたままそう述べる。

 すると、そんな彼女に続く形でセナはその口を開いた。


「ネルソン。君が弓以外を扱わせても一流であることは知っている。だが言い換えれば弓以外はただの一流。そしてクローネの剣の扱いは超一流だということさ」

「なるほど、つまり貴方が剣聖の後継者ですか。しかし全てを手のひらの上で操り、さらにこんな隠し玉を有する。流石というべきでしょうが、やはりセナ……貴方は恐ろしい人だ」

「ふふ、先程同様に褒め言葉として受け取らせて貰うよ。さて、どうやら最後のピースが揃ったかな」

 意味のわからぬセナの言葉。

 それをネルソンは警戒しながら受け止めた。


 だからこそ気づいた。

 背後の牢に次々とダグラスの兵士が姿を現さんとしていたその事実に。


「……どうにか間に合いましたか。まったく、あんな遠くに抜け穴の出口を作るから」

「遅刻だよ、ムバールくん」

 国王たちが逃げた牢の穴から姿を現した美少年。

 そんな彼に向かい、セナは微笑みながらそう告げる。


「これでも精一杯走ってきたんですよ。やっぱり王の間の担当ではなく、こっちにするんでした」

「そこはあくまで結果論だし、備えあれば憂い無しというものさ。流石にネルソンがどちらを選ぶかは、この私にもわからなかったからね」

 ネルソンが国王たちを自らのもとに連行するケースに備え、予め王の間に詰めていたムバール。


 彼はハズレくじを引いたと判明した瞬間、部下を引き連れ整然と市内にある隠し通路の出口へと向かう。そして国王と王女を保護した後に、どうにかこの場へと駆けつけたのである。


 そうして状況は完成された。


 強力過ぎる弓を使えぬ空間。

 自らを上回る近接戦闘の使い手。

 そして完全なる包囲。


「セナ、受け入れましょう。貴方の提案をです。ただ……」

「ただ?」

 覚悟を決めた表情を浮かべるネルソンに向かい、セナは先を促すようにそう尋ねる。

 するとネルソンは、きっぱりとした口調で一つの警告をセナへと突きつけた。


「ただ部下たちを不必要に害するつもりなら、この場にて我が弓を使い、貴方とともに生き埋めとなりましょう……彼らの安全、約束してくださいますね?」

「いやはや、二度死ぬのは趣味じゃないんだ。だから、喜んで君の提案を受けるよ。何しろ、君たちには生きていてもらわなければいけないからさ」


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