第6話 蠢く陰謀

 枝葉の合間から差し込む月光が、ゆったりとした黒服に身を包む痩せ型の男を夜闇の中に浮かび上がらせている。背丈は高くも低くもなく、適度に切り揃えた髪の色は黒。顔立ちにもこれといって取り立てるところはなく、どこの町や村にも必ず一人はいそうな男だ。

 しかし勘の鋭い者であれば見抜くことだろう。この男は、目立たないという特徴そのものを武器とする人種であると。

 

 男は大樹の幹に背中を預け、白い息を細く吐き出しながら腕を組んでいた。

 〝凍嵐の死神〟が行使した真韻術マーレクスの影響だろうか、夜であることを差し引いても、五月とは思えないほどに肌寒い。

 ふと男が体を起こした。頭上から何かが降って来る。

 男の目の前に音もなく着地したそれは、目以外の全てを黒布で覆い隠している人間だ。口元の布を首元に押し下げながら口を開く。


「ただいま戻りました、リメス様」


 黒布の下から現れたのは、日焼けした肌にやや幼さの残った純朴な青年の顔だった。

 ただその黒い目に宿るのは、外見に相応しくない冷徹な光。仮面のような表情からは感情の欠片すら窺えない。

 

「おかえり、ファシミア。首尾はどうだった?」


 リメスと呼ばれた男は、青年の名を口にしつつ鷹揚な口調で尋ねた。

 ファシミアが表情一つ変えることなく答える。


「申し訳ありません。仕留め損ねました」

「ほう。君が失敗するとは、あの姫君は真韻術だけでなく、体術も優れているようだね」

「いえ。あの場にいた兵士に妨害されました」

「兵士? ただの兵卒かい?」

「服装からそのように見えました。ですが実力はそれを遥かに凌駕していると思われます」

「……ふむ。まだ日の目を見ていない若者かね? それでもファシミアにそこまで言わせる人間がくすぶっているというのもおかしな話だ。まあそれは頭に留めておこう。ここへ姫君を誘い込む作戦を放棄したのも、その兵士の存在があったからだね」

「申し訳ありません。私が提案した作戦だったのですが」

「ファシミアが謝ることはない。それを承認したのは私だ」


 無表情のまま腰を折るファシミアの頭を、リメスは子供をあやすように撫でた。

 

「ここはやはり、依頼主がお膳立てしてくれた戦場という舞台を使ったほうがよさそうだね。さあ、気を取り直して次の作戦の準備を進めようじゃないか。君の働きに期待しているよ」

「はい」


 リメスはファシミアを促して森の奥へと歩き出す。

 二人の姿は夜陰に溶けるように消えた。

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