海辺にベルが鳴る_02
さて、椿木先輩の話はと言うと……要約すると「もっと部活動と演劇を楽しめ」というものだった。
「金雀枝はさ、なんの為に演劇部に入ったの?」
「内申書の為ですけど」
そもそも、活動らしい活動をしていないからこそ演劇部を選んだのだ。私が部活動だの演劇だのを楽しむ必要なんて無い。
「ううむ、そういう事ハッキリ言っちゃうのは金雀枝の良いところでもあるけど、悪いところでもあると思うぞ。そんな風に言われたら、演劇がやりたくて入部したアタシは少なからず残念に気分になるし、桜沢も良い気持ちはしないだろ?」
「えっ、ええっ、わ、私はそんな……」
桜沢さんは真っ赤になって、両手を顔の前で慌ただしく振った。桜沢さんを赤面させておいて、椿木先輩は何事も無かったかのように私に向き直って話を続けた。
「金雀枝は協調性を学んだほうが良い。学生の内はそれで良くても、社会に出てから困ると思うよ。これも将来の為と思ってさ、勉強だけじゃなく演劇部の活動も頑張ろうぜ」
余計なお世話――と思ったけど、私に協調性が無いのは事実なので、ぐうの根も出なかった。周りに合わせられないと将来困るだろうなという事は、他人に言われなくても、自分が一番分かっている。
だからといって、素直に「はい」とは頷けない。痛い所を突かれて腹も立ったし、易々と言いなりになるなんてプライドが許さない。
「ちなみに、アタシが割り振った役をこなせない場合は、部長権限で退部させる」
「はあ? なんですか、それ? 横暴過ぎでしょ!」
「演劇がやりたくないなら、他の部に入り直せばいい。その場合、内申書にその旨は書かれるだろうけどね」
にやり、と悪辣に椿木先輩は笑った。
「ふざけないでください!」
「いやいや、ふざけてるのはおまえの方だったりするぞ? 我が校は部活動に力を入れている。ほとんど活動に参加しない幽霊部員などというものは、本来あってはならないという学校伝統の建前がある。もちろん、アタシの部にも幽霊部員は要らない。これは顧問の先生も同意してくれている事だ」
「な……っ!?」
なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ――っ!!
「よくそんな横暴な事言えますね。成績が落ちたら責任取ってくれるんですか?」
カララン、と空になったラムネの瓶を回して、椿木先輩は少し大人びた顔をした。
「そこはアタシも考慮済みだよ。劇の稽古は毎日一時間程度でいい。もちろん、どうしても時間が取れない日は免除するし、試験前と試験中は稽古は無し」
大丈夫だよ、おまえの事情は分かっているよ、と言われたような気がして、ドキッとした。たかが一年早く生まれただけで、こんなに落ち着いて見えるなんて小憎らしい。
退部を強制されない為には椿木先輩に従うしかない。私には私なりの事情があって内申書に傷を付ける訳にはいかないのだ。
「一時間……本当にそれでいいんですね?」
「うん、いいよ。それでも困らないプログラムを組むのがアタシの責任だ。まあ、さすがに舞台の間近の数日くらいは、みんなと合わせて稽古をして欲しいけど」
ここで、ずっと大人しく私と椿木先輩の言い合いを見守っていた桜沢さんが、おずおずと声を上げた。
「あの……毎日一時間だけのお稽古で、ちゃんとした舞台が出来るんでしょうか?」
それは私も同意見だ。別にどうでもいいけど、台詞を合わせたり、立ち位置などの動作を合わせたり、たった一時間しか参加しない私が居て、一本のお芝居をそれなりの完成度で組み上げる事が出来るのだろうか……
「アタシは、出来るプログラムを組む。それで失敗したら、おまえら二人が真面目に稽古をしなかったと見なして、部員みんなで糾弾する事にするよ」
「そんな滅茶苦茶な──っ」
可笑しくもなんともない剣呑な事を言い放って、椿木先輩はウインクをした。隣で桜沢さんが、えええっ、と可愛い声を出した。
「最悪……椿木先輩って性格悪かったんですね」
「うん、まあね。そういう訳だから、次の演劇部の公演では、金雀枝もちゃんと舞台に上がってくれよな」
うううううううっ、悔しいけど、悔しいけど、悔しいけど──
こっちは内申書を人質にとられているのだ。退部になるわけにはいかないのだから、従わざるを得ない。ホンットに悔しいけど、もうっ、仕方ないっ!
「分かりました。でも、本当に毎日一時間だけですからね!」
はいはい、と鷹揚に言って、椿木先輩は背後の棚からコピー紙を束ねてホチキスで留めた手作り感あふれる冊子を二部取り出した。
満を持して差し出された脚本のタイトルは、『キリスト生誕の夜』――
「マジですか? 来週はもう八月ですよ?」
「うん。大マジ。そういう訳で、これ、桜沢と二人でやって」
椿木先輩は、またも背後の棚から怪しい箱を取り出した。両手で楽に抱えられる程度の大きさ。蓋を開けたら、りりん、と澄んだ音が鳴った。
ハンドベル――
「アタシの知り合いに神父さんがいて、教会の日曜学校で子供達に聖書の劇を見せて欲しいって頼まれたんだよ。だから、オーソドックスにキリスト生誕の劇をやろうと思う。演劇部としても発表の場は必要だし、人様の役にも立てるし、一石二鳥だろ」
「それで、どうして私が、桜沢さんと二人で、ハンドベルなんかでクリスマスソングを演奏しなきゃならないんですか?」
「バカだな。そりゃ、演出のひとつに決まってるだろ。台詞や動きを出演者全員と合わせるのは、さすがに一日一時間の稽古じゃ難しい。でも、アタシの指揮でハンドベルの演奏を入れるだけなら、金雀枝、おまえにも出来るんじゃないか?」
「うっ、まあ、出来なくもなさそうですけど……」
確かに、台詞を覚えなくていいなら楽かも知れない。けど、これ、演劇部っていうより音楽部なんじゃ――?
追加で更に差し出された楽譜は、定番の『きよしこの夜』と『ジングルベル』、そして、『ジョイ・トゥ・ザ・ワールド』だった。
「期待してるぞ。晴れの舞台は二週間後だから、それまでに、この三曲は完璧に演奏できるようにしておいてくれ」
「はあ……」
「桜沢も、金雀枝の面倒よろしくな」
「あ、は、はいっ!」
桜沢さんは真っ赤になって跳び上がるようにして返事をした。
参ったなぁ……桜沢さんは明らかに私のお目付け役を押し付けられたんだろう。本来なら主役級の聖母マリアを演じるべき美少女だというのに、私と一緒に地味な役どころに追いやられるなんて……負い目を感じて気を遣うじゃないか。
くそぅ、椿木先輩の策士めっ!
それにしても、だ。やる気の無かった三年生が一学期末に部活を引退して、二年生部員の中心的存在である椿木先輩が部長の座を継いでから、うちの部は面倒になったらしい。これまでは、週一で部室の掃除と雑用を手伝うだけで良かったのに……
まったく、なんてこった……
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