08【海辺にベルが鳴る】(女子高時代回想)

海辺にベルが鳴る_01

 これは、親友が憧れの先輩と付き合うきっかけになった、女子高時代の未熟な喧嘩未満の思い出話だ。

 親友のみちるは、私との拗れたいざこざが発端になって、後に、自然と女子の先輩と付き合うことになったわけだけど、つまりは、女同士が自然にくっつくレベルの面倒くさいゴタゴタがあったわけで……思春期で反抗期だった捻くれていた自分への反省も込めて、書いておこうと思う。

 あれは、もう十年以上前のコト──


   ◆◆◆


 放課後、私は演劇部のごちゃごちゃした部室に呼び出されていた。

 しかも、だ。

 演劇部の王子──女子高にはままあることだけれど、長身でショートヘアのキリッとした容姿の先輩は、全校生徒のあこがれを集めて、陰でコッソリ「王子」と呼ばれていたりするものなのだ──は、私にだけちょっと含むところのあるような態度をしがちな人だったので、ぶっちゃけ苦手だった。

 その女子高の王子こと椿木つばきめぐみ先輩が突飛な事を言い出したのだ。

「クリスマスソングやるぞ」

「はあ? 真夏にクリスマスソングですか?」

 季節はまさに夏真っ盛り。クッソ暑い七月末である。そんな時期にクリスマスソングとか頭ワイテンノカと内心では罵倒していたが、顔に出したのはそのイライラのわずか数パーセントで済んだと思う。

 とは言え、分かりやすく不満を込めて睨んだつもりだったのに、椿木先輩は素知らぬ顔で、浜の駄菓子屋で買い込んできたラムネの栓を開け、ごくごくと喉を鳴らして半分を一気に飲み、プハッと心地好さそうに息を継いだ。顎に汗が滴っている。

 日焼けした肌が凛々しい。安いパイプ椅子に腰かけていても、引き締まった長身で、もちろん脚もスラリと長く、さすがは王子、見栄えがする。

 クラスメイトはほぼ全員が溜息をつく眺めだろうが、私にとっては、微妙に鬱陶しい先輩でしかなく……

 暑苦しい……

 ああ、イライラするっ!

 夏休みだというのに、横暴な新部長にエアコンも無い部室に呼び出されて、私は不機嫌マックスだった。一応は演劇部に所属しているけれど、それは内申書の為であって、別に本気で部活がしたいわけじゃない。演劇部にはこれといった実績が無く、おそらく暇だろうと踏んで入部したのだ。それなのに、夏休みにまで活動するとか聞いてないですし、それ、こちらの心情的には限りなくブラックに近い詐欺グレーですよっ!

 私は、とにかくイライラしていて、ずっとブスッとしていた。

 その日、椿木先輩から部室に呼び出されていたのは、一年生の半幽霊部員の私――金雀枝えにしだユカと、私と同じ一年生部員の桜沢さくらざわみちるさんだった。

 ちなみに私は桜沢さんも苦手だ。おっとりフワフワ系の可愛い女子で、穏やか、しかも丁寧な乙女口調で喋り、誰にでも愛想がいい人気者。違うクラスで、部活中もあまり話したことは無いので本人をよく知っているわけではないが、ハッキリ言って、比べられたくない女子ナンバーワンと言わざるを得ない。

 あきらかに負けるからだ。

 その桜沢さんと並んで、マイペースで何を考えているのか分からない椿木先輩の話を聞かなきゃならないなんて最悪だ。

 ムスッとしている私を無視して、椿木先輩はシレッと窓の外の景色を眺めている。ジーワジーワと蝉が鳴く。うちの母校は海の近くにあるので無神経にゆったりとした波の音まで聞こえてくる。

 今日は少し風が強いようで、いつもより波音がうるさい。

 椿木先輩は、私の問い掛けには答えずに、全然関係ない事を言った。

「暑いな。ほら、おまえ達も飲め」

「はあ……」

 だから、真夏にクリスマスソングってなんなのよ、と言いたいところをぐっとこらえて我慢した。私と桜沢さんの手には、さっき椿木先輩に押し付けられた良く冷えたラムネの瓶がある。

 飲めと言われりゃ飲むけどさ……

 涼しげなマリンブルーの瓶は好きだけど、手が濡れるのは嫌だ。

 水滴が付いているのは、たぶん、駄菓子屋のおばちゃんが店先に氷水を張ったタライを置いて観光客向けにディスプレイしている瓶をわざわざ買ってきたからだと思う。普通に店の奥の冷蔵庫で冷やしておけるのに、観光客には氷水に浸けた瓶の方が受けが良い。海辺の街には、そういう観光客に押し付けられたイメージが多々ある。椿木先輩は内地からの転入組だから、タライのラムネを買うのだろう。

 余計な事を考えてグズグズする私の横で、ふわりと緩いウェーブのかかった長い髪をピンクのリボンで結んだ桜沢さんは、パアッと可愛らしい笑顔を浮かべた。

「いただきます」

 桜沢さんは素直に言って、ラムネの瓶の口の部分のビニールを剥がし始める。そのゴミは丁寧に通学バックのポケットに入れ、えいっ、と栓を抜こうとし、道で遭遇した猫のようにぴたっと動きを止めた。

 しかも困ったように瓶を見詰めて、小さな声で、開かない、と言う。

 栓が固くて抜けなかったらしい。

「貸してみな」

 素っ気なく言って、椿木先輩はわたわたする桜沢さんの手からラムネの瓶を取り上げ、プシュッ、と簡単に栓を開けた。

「はい、どうぞ」

「あ……ありがとうございます」

 桜沢さんは顔を赤くして瓶を受け取った。

 分かりやすいなぁ、と少し呆れる。この子は椿木先輩を好きなのだ。

 本人はバレていないつもりでいるようだけど、たぶん、演劇部のメンバー全員が知っていると思う。

 さっさと告白してしまえばいいのに。

 女子高にはありがちな事で、王子はモテるし、姫もモテる。椿木先輩のモテ伝説は、もはや全校女子の憧れを一心に受けているほどなので語る必要も感じないレベルだが、素直で女の子らしい桜沢さんもモテるのだ。控えめなお姉様系の先輩女子にも告白されていたし、夏休みに入る前にも他校の男子数人からも個別に告白されていた。両者とも、すべて、ごめんなさい、とお断りしているらしい。

 それでいて椿木先輩の桜沢さんに対するこの態度、脈ありっぽいでしょ。

 ちなみに、女の子同士の恋愛は女子高に通っている三年間だけのゲームのようなもので、卒業したら女の子同士の恋も卒業するもの──とドライに捉える人もいるけれど、そんな風に簡単に割り切れるものではなく、一時的な気の迷いと片付けられるほどつまらないものでもないと私は知っている。恋愛は、恋愛だ。

 つい熱くなってしまったけれど、別に私は恋愛なんてしていない。ちょっと、目の前で見せつけられて、若干感情移入してしまっているだけだ。

 無愛想で可愛げのない私と違って、桜沢さんみたいなフワフワした素直で可愛い女子なら、椿木先輩とお似合いだと思うな。

 まあ、私には関係ないけど……

「さっさとくっついちゃえばいいのに」

 二人には聞こえないよう、こっそり小声で吐き捨てた。


   ◆◆◆

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