嘘つきハニー/33
参ったなぁ、とぼそぼそ言う私を横に、可奈は部屋中に自分の痕跡を見つけて、いちいち「懐かしい」と言い、二人でそれに関する思い出を語り合った。
しまいには漫画の事に話が及び、生の原稿が見たいと言うので、紙には描いてないよ、と教えたら可奈は目を丸くした。
「へえ、漫画家ってパソコンで原稿を描いてるんだ」
「いやいや、原稿用紙に描いてる人もいるよ。主線だけ入れたら仕上げはデジタルって人もいるし、下書きから全部デジタルの人もいる。私は全部デジタルだけど」
漫画制作ソフトを起動して、遊びで描いたイラストデータを開いてみせる。まあ、ちょっとズルをして、沢山ある中から自分なりに綺麗に描けたイラストを選んだ。
可奈は熱心にディスプレイを覗き込んで、しきりに感心してくれた。
「すごい。これ、本当に真里が描いてるの? 雑誌に載った作品は読んでたけど、こうして作業場で見るとなんだか不思議。高校生の頃から真里は絵が上手かったけど、今じゃ雑誌に載ってるんだもんね。絵、ホントに上手くなったね」
「まあ、六年経ってますから」
あはは、と照れ笑い。
可奈は、作業机を一通りチェックした後、ふと、机の端に置きっぱなしになっていた青いポストカードに目を留めた。
可奈が匿名で送ってくれたカード……
「あ、これ。千香ちゃんにあげたポストカードね」
「え?」
意外な名前が出て来て戸惑う。
「千香ちゃんには内緒にしておいてって頼んであったから知らないのも無理はないけど、私達二ケ月に一度くらい会ってごはんを食べてたのよ」
「じゃなくて、本当に千香にあげたモノ? 同じモノじゃなくてっ?」
「どうしたの? なんでそんなに驚いてるの?」
いやいや、千香が可奈と時々会っていたという事にも驚いたが、そうじゃなくて……
「ママの友達がスペインのイビサ島で買って来てくれたお土産だから、同じモノは日本には滅多に無いはずよ。二週間くらい前に、千香ちゃんとカフェでお茶した時に何枚かあげた内の一枚よ」
「ええ~~っ、マジでっ!?」
「うん。本当は真里にも渡したいんだけど……なんて言っちゃったから、千香ちゃんに気を遣わせちゃったのかな……」
なんてこった!
可奈はコレを千香にあげたと言った。じゃあ、このポストカードを郵送してきた送り主は可奈じゃなかったってコトじゃないか。
信じられない。
けど、千香が送って来たんだ。
「うわぁ……」
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないけど……」
てっきり可奈だと思い込んで、涙まで流したってのに、マジかよ。
いやいや、ホントのホントに驚きだ。あのバカ妹にそんな気遣いの心があったとは。
要するにあいつは、可奈からとも、自分からとも思わせずに、私にポストカードを渡す方法を考えて、リターンアドレス無しで郵送することにしたわけだ。
くっそぅ、意味深な事しやがって。
つうか、他の人だったら、きゃあ不気味、くらい思うぞ。
「まったく千香の奴……」
はあ、と思わず溜息が出た。
無神経バカだと思っていたら、意外と細やかなところがあったんじゃないか。恩人の可奈を大事にしろだのなんだの言いながら、実は本人と連絡を取り合っていたなんて、しかも、その事を私には秘密にしていたなんて、実は意外と侮れない。今後は騙されないように気を付けよう。
「あっ! つうか、千香は私らのこういう関係、知ってるの?」
そこに思い至ったら素っ頓狂な声が出た。
くすっ、と可奈は笑った。
「ご安心ください。さすがにそこまでは話してないわ」
「あ、そっか。それはそうか。いや、良かった……つうか、どうなんだ?」
「いずれ、話せる時が来たら話そう」
「あ……う、うん、そうだね」
一生添い遂げるって決めたんだし、きちんと考えなきゃいけないよな……
はあ、なんだか色々あり過ぎて眩暈がしそうだ。ベッドにドサッと腰を落として疲労困憊の溜息をついたら、可奈は微かに肩を竦めた。
少しの沈黙の後、
「今度は私が懐かしいモノを見せる番かな」
そう言って、可奈は自分のバッグに両手を突っ込み、中で何かをごそごそやり出した。
「何か持ってきたの?」
「これ」
パッとバッグから出した左手の甲を向けて、可奈は私の目の前に差し出した。
あっ、と声を上げてしまった。
指輪……
これも着替えと一緒に部屋から取って来たのか。
高校生の頃、可奈に買ってあげたオモチャの指輪だ。青い硝子製の偽モノの宝石が付いた金メッキの指輪。大人になって、きちんとメイクもして、それなりの高い服を着て、ちっとも似合っていないのに、オモチャの指輪を左手の薬指にはめて、可奈は微笑んでくれた。
「まだ持っていてくれたんだ」
「捨てられるわけないじゃない」
「でも、もう似合わないね」
「えっ、ひどい」
可奈は眉をしかめたけど、私は構わず、両手で可奈の指輪をはめた左手を包んだ。
「ビッグになってダイヤの指輪をプレゼントするよ」
恥ずかしいのを頑張って抑え込み、目を閉じて唇を近付け、可奈の頬にキスしてみた。片方だけだと物足りないかな、と両頬に。焦っていたから妙に素早い動きになって、なんか変な感じになってしまった。カーッと耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかる。
ぷっ、と可奈は噴き出した。そのまま遠慮なく笑い転げる。
もう、なんだよう、やるんじゃなかった、と不貞腐れかけていたら、
「うん、楽しみに待ってる」
目の端に涙を浮かべて可奈は言い、なんと、両手を私の顔に添え唇を合わせて来た。
初めてのキスはリップグロスの香料の味がした。
◆◆◆
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