嘘つきハニー/22

 全体を整理する事が出来ず、しどろもどろ、所々つかえながら、順番も滅茶苦茶に、思いつくままに、私は悩みを吐き出した。

 つい最近、六年四ヶ月ぶりに遭遇した可奈に無視された事。

 可奈とは高校入学の直前に出会い、三年間、べったり一緒に過ごした事。

 可奈に取っては私が唯一の友達だった事。

 初めて描いた漫画を読ませたら、ヒロインが自分に似ていると言い張られ、遠回しな告白と勘違いされて付き合う羽目になった事。

 オモチャの指輪を買ったらすごく喜んでくれた事。

 美優ちゃんに聞いた、可奈は私以外に心を開いていないように見えたという事。

 妹に聞かされた、可奈が私にバレンタインチョコを持ってきた後輩を追い返してしまい、それを私には隠していた事。

 卒業旅行の最後の夜に別れを告げた事。

 気持ちが片付くまで連絡はしない、しばらく待ってて、と言われた事。

 大塚から聞いた可奈の現状。お父さんの事務所を手伝いながら一級建築士の資格を取ろうとしている事。

 前途洋々たる可奈に比べて、中途半端な気持ちで仕事をしていた自分が惨めに思えた事。

 夢見た漫画を描きたいと、本気で思った事──

 可奈に合って気持ちを確かめたいと思っている事。

 でも、可奈のお母さんがアパートに来て、娘と一生添い遂げる覚悟が無いなら可奈には会うな、と釘を刺された事。

 それから、差し出し人不明の青いポストカードが届いた事。

 ただひとつだけ、可奈が中学生の時、家庭教師の女性と裸でベッドに居たという事だけは隠しておいた。それだけは、言うわけにはいかなかった。


   ◆◆◆


 話し終える頃には、あらかた原稿の仕上げは片付いていた。

「私はどうしたらいいと思う?」

 エウレカと寧々ちゃん、二人の顔を交互に見ながら縋るような声を出すと、

「バカなの?」

「バカでしょ!」

 両方からバカと言われた。

 パソコンを間に挟んで、エウレカと寧々ちゃんはものすごい勢いで推理を始めた。

「当り前ながら、お母さんが来た件で、可奈さんが駅ビルで偶然会った時に真里に気付かなかったって可能性は消えたから、無視された事は確定だな」

 無視された──それが歪みの無い真実なんだろうけど、やっぱりぐさりと刺さる。

「なんとも思ってなければ無視なんかしないよね」

 寧々ちゃんがあっけらかんと言い、

「恨んでるか、まだ未練がある、の二択だ」

 エウレカはピッと私を指差した。その二択かぁ……

「青いポストカードを送ってきたのは、他の誰かって線もあり得るけど、十中八九、可奈さんだよね。少なくとも無関係ではないと思うな」

「つまり、未練だ。ムカつく奴に綺麗なモノは贈らない」

 金髪のボブヘアをサラリと流しながらエウレカは感情の無い声で断言した。

「その他の情報も絡めて推察するに、可奈さんは真里に尋常ならざる執着を抱いている」

 尋常ならざる執着──うん、まあ、当時はそうだったと思う。

「執着、うん、そうだよね」

 寧々ちゃんはパンと可愛い仕草で両手を合わせる。なぜか嬉しそう。

「たった六年ちょいで忘れてくれるタイプじゃないよねっ♪」

「聞いた感じ、粘着質で執念深そうだからな……」とエウレカ。

「みんなに見せる顔と真里に見せる顔の使い分けが完璧すぎて、惚れ惚れするよね。その徹底ぶりと、束縛の仕方がほとんどプロ。女子高生でそれが出来るなんて、とんでもない才能。ぞっとするね」

「うん、間違いない。天性の女王様だ」

「逸材ですなぁ」

 寧々ちゃんはうっとりと頬を赤らめて呟いた。

 え? 何がツボに入ったの?

 エウレカは偉そうに顎に指を当てて考え込み、難しい顔で唸るように言った。

「無視したのは、準備が整っていなかったから、だな」

「うん。何か可奈さんなりの計画があったんじゃないかな」

 寧々ちゃんも、ううむ、と腕を組んだ。

 やがて、あっ、と声を上げエウレカは指をぱちんと鳴らした。

「一級建築士の資格だ」

「ああ、なるほど。分かった」

 ぜんぜん分からん──っ!

「ちょっと、ちょっと、二人で納得してないで説明してよ」

 エウレカと寧々ちゃんは一瞬きょとんとしてから、お互いの顔を見合わせて、秘密の共振を見せ付けるように、にやりと笑った。

「これ、放っておいても、可奈さんの方から真里に会いに来るよ」

「え? どうして?」

 はあ、と二人は揃って溜息をついた。

「可奈さんは全体的に、無駄にプライドの高い男みたいな行動をしてるだろ」

「だからたぶん、一人前になって真里を迎えに行く、くらい考えてると思うな」

 この程度のコトも分からないのか、と呆れ顔で言われたけど全然分からない。

 えええっ、と頭を抱え込み、油断していたら、ズバッと何の誤魔化しも無くストレートに訊かれた。

「それはともかく、真里ってレズビアンだったの?」

 ぎゃああああっ、私に矛先が向いたぁぁぁぁ──っ!

「わ……わかんない。仕事でエロ漫画を描いているけど、正直、女性を相手に自分が作品に描いているようなコトをしたいと思ったことは無い。キスしたいとか、裸で抱き合いたいとか、エッチしたいとか、無い。男性が相手でもしたいと思ったことは無いけど」

「セクシャリティの問題は、まあデリケートだね」

 分かったような口振りでエウレカは言い、自分の胸に手を当てた。

「僕はこんな外見だけど男が好きなわけじゃないし、女になりたいわけでもない。性自認は男性で恋愛対象は女性。美少女キャラに性的興奮を覚えるけど、生身の女性との性的な接触には嫌悪感があるから、童貞を一生貫く覚悟だ」

「はっ? 童貞を一生貫くって──それ、今、言うこと?」

「今言わなくて、いつ言うんだ?」

 堂々と切り返され、セクハラだと糾弾する機会を失う。

「私は腐女子だねぇ」と横合いから寧々ちゃん。

「えっ、それ、セクシャリティ?」

「う~ん、厳密にどうかは分からないけど。私は、女の役割を押し付けられる事が嫌で逃避したタイプだと思う。BLが大好きな腐女子でも、女主人公がモテモテになる逆ハーレム系の少女漫画やゲームも同じくらい大好きって人もいるけど、私は女の子が性の対象として見られてるシチュエーションに感情移入できないから苦手。恋愛対象は二次元の男の子だね。しかも見る専」

「えっと……?」

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