Sugary Walk/06
大江戸線の駅を出たところで待ち合わせし、二人で料理屋へ向かった。
今日の麻紀はノーメイクに白いシャツとジーンズというラフな服装で、親しみやすい雰囲気だった。手首の細いカルティエの腕時計がアクセントになっている。私はピンク系の花柄ワンピースで、麻紀より少しドレッシーだったかもしれない。
神楽坂の料理屋は、ランチタイムのせいかあまり客が多くなかった。
麻紀が予約をしておいてくれたので、二階の個室に案内される。天井の低い隠れ家のような内装で、黒く燻された梁が古民家らしい風情を醸し出していた。
アラカルトで料理を注文し、昼間だけど飲んでしまおう、と麻紀が悪戯っぽく言ったので梅酒を注文した。
ソーダ割りの泡がパチパチと弾けて、梅のまろやかな香りが立つ。
料理が揃うまで、ゆっくりと梅酒を味わいながら他愛の無い話をした。最近見たドラマや、欲しい靴、好きなスイーツ、特に私の好きな和菓子の話などを。
「実桜さん、そう言えば甘い物が好きそう。初めて会った時は抹茶寒天を食べてたし、もしかして和菓子のほうが好み?」
見抜かれて少し恥ずかしくなる。隆には、和菓子好きをババクサイと少しバカにされていたので、麻紀にもそう言われるんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。
「定番だけど、いちご大福とか羊羹が……」
麻紀は「それから?」とにっこり微笑んで私の話を聞いてくれた。
「これからの季節は見た目に透明感のあるもの、涼しそうな練り切りが好き。寒い季節には栗饅頭とか暖色系というか、色合いで温かみがあるものとか。桃の節句にはピンクの飾り菓子とか、あと桜餅も。季節感が味わえるのが和菓子の魅力なのかなって、勝手に思ってるの」
ちらっと視線を上げて麻紀の顔を盗み見る。優しく包み込むような表情。
「私も和菓子が好き。抹茶と合わせると最高」
胸にじんわりと温かさが広がった。自分の好きなモノを共有できるって嬉しい。
テーブルの上には麻紀が選んだ料理が並んでいる。あまりお腹が空いていなかったので、メインはないが、どれもみな私の好きな料理だった。春野菜のサラダ、汲み上げ豆腐、だし巻玉子、生麩田楽、鰆の西京焼き、手鞠寿司、それに葛切り善哉。
麻紀と一緒に居ると心地が良い。
食事を終える間際、不意に、麻紀が真顔になった。
「もう分かってると思うけど」
背筋を伸ばし、礼儀正しく、けれど挑むように麻紀は言った。
「あなたが好きです」
あ、と危うく声を上げてしまいそうになった。驚きで口元に手を当ててしまう。
麻紀は目を逸らさず、じっと私を見詰めていた。
「あの……急に言われても……」
シャボン玉が割れるような呆気なさだった。
こんなにもストレートに真っ向から告白されるとは思っていなかった。
「返事はすぐに欲しい。簡単だと思うわ。実桜さんには付き合っている彼がいるし、私は同性で、どう考えても可能性は無いでしょう。だからキッパリ振って欲しいの。そうしたら、諦めて他の人を探しに行けるから」
「狡い、そんな言い方……」
「迷うって事は、気があると思ってもいいの?」
「それも狡い」
もう何も喉を通らなかった。
◆◆◆
店を出て、人通りの少ない小路を麻紀と並んで歩きながら、私は俯いて悶々と考え込んでいた。麻紀の気持ちは分かっていたけれど、想いを打ち明けられるとしても、もっと先だと思っていた。今日はストーカーに関する悩みを聞く為に来たつもりだったのだ。結局、その件を麻紀は口にしなかった。私を呼び出す口実だったのだろうか。
それに、すぐに答えが欲しいと言われても、どうしたら良いのだろう。
麻紀との時間を失うのは嫌だ。だけど、同性に惹かれた事など無かった私が、この年齢になって、今更、女性からの告白を受け入れるのには抵抗がある。
自分は同性愛者なのだろうか。
考えてみても、分からない。
麻紀を嫌いではない。もっと言えば、憧れに近い気持ちはある。好かれて嬉しいと思っていた。半分は、誰かに恋される刺激を楽しんでいた部分もあるけれど、それだけではなく、純粋に麻紀の人柄が好ましく、だからこそ、麻紀から好意を向けられて舞い上がった。
やっぱり、麻紀と縁が切れるのは嫌だ。
なら、告白を受け入れて恋人として付き合うしかないのだろうか。その場合は隆とは別れるべきだし、安定した平凡な人生を失ってしまう。
麻紀と隆、どちらかを今すぐに選べと言われても、決断できない。
黙り込んでいたら、不意に麻紀に肩を突つかれ、振り向くと、何かを手渡された。
軽やかな感触。手の平を開いて見ると、淡い翡翠色の薄紙に包まれたキャンディのようなモノが乗っていた。
「これ、何?」
「和三盆の干菓子。実桜さん、デザートはほとんど食べてなかったでしょ」
「うん……」
急に告白されて驚いたし、すぐに返事をくれと言われて、困ってしまって喉を通らなかったのだ。今日、こんなに悩まされるとは思っていなかった。
「誰もいないから、開けても大丈夫よ」
麻紀が勧めてくれたので、行儀は悪いが薄紙を開いて中身を見てみた。
「可愛い」
薄紙に包まれていたのは、うさぎの姿に型抜きされた干菓子だった。和三盆特有の淡い色が白うさぎの優しい体色に似合っていて、目は紅く染められていて可愛い。
「食べてみて」
言われるまま、歩きながら紅目のうさぎを口に含んだ。
「甘い……」
だけど、あまりにも淡くて、弱々しくて、切ない甘さだ。あっと言う間に舌の上で溶けて消えてしまう。儚くて悲しくなる。
まるで麻紀と私の今の関係のようだ。私が答えを口にすれば、その瞬間にこの儚い関係は終わる。終わってしまう。
麻紀は友達にはなれないと言った。恋愛感情を抱いてしまったから、と。
もう気軽に外出に誘う事は出来ない、希望が無いのに側にいるのは辛い、未練に縛られるのは辛い、という意味なのだろう。
このまま別れたくない。離れたくない。側にいたい。
泣きそうになってしまい、足を止めた。
「実桜さん?」
麻紀が不安げに私の顔を覗き込んでくる。キスされるような距離で見つめ合った時、スマートフォンに設定しておいたアラームが鳴った。
時間切れだ。
そろそろ電車に乗らなければ、隆との待ち合わせに間に合わなくなる。
「もう行かなきゃ。彼が、部屋で待ってるから」
「待って、もう少しだけ」
縋るように腕を掴まれた。
「彼のところへ行くなら、その前に、ちゃんと私を振って欲しい。気持ち悪いならハッキリそう言って。友達にはなれないのよ。だって、私は……」
あなたが好きだから。
麻紀の唇がその形に動いて、聞こえなかった言葉に心が震えた。
布越しなのに麻紀に触れられている部分が熱い。彼女を苛んでいる激情が感電して、肌がひりひりと痛むような気がした。
◆◆◆
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