エプロン

「あ、ありがとうございます」


 今はいない妻の姿がダブって見えた。

 その昔、同じことを言われたことを思い出す。


「藤堂さん。その……聞いてもいいですか?」

「ええ……どうぞ。妻の事……ですよね」

「……すいません」


 今座っている場所から妻の遺影が見える。

 引っ越しのをする時、まず一番初めに妻のいる場所を決めていた。部屋が見渡せる位置。


「ご病気でですか?」

「そうです……。発見が遅すぎたみたいで。俺は何もしてあげられませんでした」

「そうでしたか」


 しんみりとした空気が漂う。

 今日はこんな空気にするつもりはなかった。


「ゴハンにしませんか? 子供たちもお腹が空いたんじゃないかしら」

「そ、そうですね」


 慌てて立とうとしたがバランスを崩して思うようにいかない。

 忘れていたけど、そういえば骨折していたことを思い出す。


「大丈夫ですよ。私がやりますから」

「も、申し訳ありません」


 奥でいおりちゃんと遊んでいたはずの真司がトコトコと歩き寄ってきた。手には白いモノを持っている。


「こ、これ」

「え? あ、ありがとうシンジ君」

「そ、それは……」


 真司が手渡したもの、彼女が受け取った物。

 妻の白いエプロン。

 何年もつける事のなかったものが、いつも使われているかのように真っ白だった。


「真司これ……」

「洗ってた。いつか誰がが使えるようにって」


 その言葉に俺は泣きそうになってしまった。

 まさか息子は先の事を考えているなんて思ってなかった。そしてまだ忘れられないでいるのが自分だけじゃないと分かったから。


「あ、あの……」

「どうぞ。使ってください」

「……わかりました。では使わせていただきます」


 それからしばらくの間。自分たちの住んでるはずの空間に、見慣れない光景が続く。

 家で女性がキッチンに立っている。

 隣の部屋では子供たちがきゃいきゃいと遊んでいる。

 ここ数年は無かった光景だ。


――何だろう……。今目の前で起きていることは初めての事なのにしっくりいっている感じがする。


 準備が整ったテーブルには結構な量の料理が並んでいた。

 柏木医師がここに来る前に仕入れてくれていたみたいだ。

 もちろんその場で作られた手作り品もある。


 美味そうに食べる真司を見るのは久しぶりだ。

 いおりちゃんにご飯を与える柏木医師はお母さんの顔を見せていた。


――幸せだ……


 俺はこの時、心の中でそう思ってしまった。





※作者の落書きのような後書き※


この物語はフィクションです。

登場人物・登場団体等は架空の人物であり、架空の存在です。

誤字脱字など報告ございましたら、コメ欄にでもカキコお願いします。


次回 朝

お楽しみに!!


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