合図

「これで良し!!」


 隣で気持ちよさそうに眠る伊織を起こさないように、静かに部屋を抜け出して朝早くから出かけた俺は、舞台の表側を一回りしてから観客席側へと移動して、目的のモノを回収・修理をしていた。

 もちろん昨日の話から推測した事件の裏側をつぶすために。


 日暮さん親娘から聞いた話だと、綾香さんはこの舞台から落ちて命をなくしたことが分かった。そして名前の挙がった三人。

 少し調べたら前にも同じことが何回か起きていた。

 まず関係してるとみて間違いないだろう。

 そして今年も舞のお披露目がある。

 その三人がまた何かをしてくるのは少し考えればわかる事。

 そうはさせないためには、初日と明日の舞は事前の安全確認を完全にしておかなければならない。朝の確認は俺がやっておいたし、写メも念のために撮っておいた。変化があればすぐに分かるだろう。


 一息ついて日暮邸に戻る。

 玄関先でぷんすか怒っている伊織が待ち構えていた。どこ行って来たのかしつこく質問攻めにあったけど、頭をなでなでしてやって説得し何とか落ち着かせることに成功した。

 最近、伊織はなでなでしたりすると大人しくなることを発見した俺は、こういう時に実践してみる。今のところ効果は抜群のようだ。


――さて、ここから忙しい二日間がはじまるなぁ。

中庭を見渡せる廊下で空を見上げながらそんな気持ちが込み上げて来ていた……



その間にも影でうごめく者たち――

「どうなってるんだ!? ちゃんとやっておいたのか!?」

「へい!! 昨日見た時にはちゃんとなってましたけど」

「クソ!! 間に合わんか!! すぐに始めろ!! もう一度やるんだ!!」

「し、しかしこれ以上やったらバレますぜ!? それでも……」

「構わん!! 多少の事は潰してやる。それにまだあの二人の事もあるからな」

「わ、分かりやした」

舞台の近くで怪しく動き回る影が数人――舞踊開幕まで――残り約四時間。




一方――

「さてと……そろそろ支度しなくちゃ」

「綾乃ちゃん頑張ってねぇ!」

「ありがとう夢乃。じゃぁ藤堂クン達も後でね」

「うん。楽しみにしてるよ」

「気をつけてくださいね」

 日暮さんはこれから着替えて舞台へと赴いて、リハーサルなどをこなして本番を待つことになっている。


――その間にしなくてはいけない事。これは俺一人ではできないから手伝ってもらうしかないんだけど……


「で? 私たちは何をすればいいの?」

「え!?」

 突然こちらを向いて真面目な顔を向けてきた相馬さん。

――何も言ってなかったのにどうして……

「わかるよ。前もそうだったけど、一人でどうにかしようとしてるの良くないと思うよ。私ももちろん手伝うから言ってよ。さぁ何をすればいいの!?」


――エスパーここにも降臨!!


「えっと、じゃぁお願いしようかな」

「もちろん私もお手伝いしますよ!!」

 伊織もグイっと会話に混ざり込んでくる。

 俺の中で伊織の事だけがどうしようか迷っていた。昨日の舞い…、もしかしたら伊織が必要になるかもしれないからだ。


悩んだ末に出した答えは――

「伊織は日暮さんの側で待機しててくれ。それと、昨日の舞い覚えてるか?」

「え!? 私は待機なの? 舞い? うん覚えてるけど……どうして」

「もしかしたら伊織が必要とされるかもしれないからさ」

 伊織には今回の事をすべては話していない。もしかしたら、万が一なんて嫌な言葉だけど、今回はそうなってしまうんだろうなぁ。


「じゃぁ、日暮さん俺と一緒に来てもらえるかな?」

「りょうかぁ~い」


 伊織だけが納得していないような顔をしてたけど、それでも俺の言った通りに待機してくれるみたいだ。やっぱりいい子だなぁ。


 その足で俺と日暮さんは舞台の裏の方へ歩いて向かった。舞踊開幕まで――約三時間。




「そこで何してるんです?」

 俺と相馬さん二人の前に人影が二つ。


 そこは舞台の前にある先端部に続く花道の一つ。その真下に位置する場所だ。そして踊り終わりに近づいた日暮さんが通る場所でもある。


「な、なにって」

「何もしてないぞ。ただ今日の舞台の調子とリハをしてただけだ」


 そういう人影の片方はたぶん[鶴田]という男方の一人だろう。もう一人はこの男に使われてるだけだとは思うが、万が一のためにすべてをなすり付けるための保険かな。


「そうですか……変ですね」

 俺はその男たちのいた場所を見ながら切り出した。


「な、何がだ」

「朝、俺が見た時とは仕掛けも道の上も形状が違ってます」

「な、なにを言っている。そんなことがあるはずないだろう」

 明らかにうろたえ始める二人。


「いえいえ、朝来た時に写真を撮っておいたんですよ」


 そう言って二人に向けてスマホをかざす。ノドがなる音が二人から同時に聞こえた。


「そ、そんなモノだけで何の証拠になる」

「あぁ~、それと今してたことも撮ってもらってました」


 俺のあげた手を合図に少し離れたところに止めてある車から三人の女の子が降りてきて、こちらの方にゆっくりと向かってきている。

 昨日電話をした一つの事は、この用事を済ませる為。もちろん呼んでおいたのは今日から近くでお泊りをすることになっているカレンと市川姉妹だ。車を運転してくれてた市川夫妻にも後で感謝を述べなくてはならないけど。


「さて、もう言い逃れはできませんけどどうしますか?」

「く、くそっ!!」

「つ、鶴田さん!!」


 すると突然冷気が漂い始める。

 ピリピリと肌に感じ始めたこの感情は――


 男二人をにらみつけるようにその側に立つ綾香の姿がそこに現れようとしていた。


 だんだんと濃くなっていくその姿は、たぶんここにいる皆にも視え始めたかもしれない。それほどまでに強力な感情が流れていた。


 そしてその腕が一人の男に向けて伸ばされる。

 その先にいるのは鶴田だ。



「だ、ダメだ!! 綾香さん!!」


俺は急いでその男の元に走り出していた――






※作者の後書きみたいな落書き※

この物語はフィクションです。

登場人物・登場団体等は架空の人物であり、架空の存在です。

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