いいから

『今度はあの子がこれを踊るのね』

 優しい眼をして舞台を見る綾香さんは本当に嬉しそうだった。


「今度は……と事は前は綾香さんが?」

『そう。こうなる前はね』

 少しだけふわりと浮いて見せる。


 前に会った時もそうだったけど、このひとからは悪意のようなものが感じられない。

 だからなぜこの世界に留まっているのか、俺には分からないでいた。


『本当はこうなるって分かってたから止めたかった。でも裏目に出ちゃったみたいでこうなっちゃった。私は綾乃には同じ道を歩んでほしくない。だからあなた達にお願いするの。どうかを止めて欲しいの』

 綾香のその言葉が出た瞬間、周りにすごく暗い影と震えるくらいの寒気が襲ってきた。


 伊織の方を見てうなずくと、伊織もうなずく。

 やはりひとを救うのはその事を解決しなければならないみたいだ。


「あの人たち……って誰の事ですか? 綾乃さんを救いたいのなら教えてください」


『もう二人の巫女、松田由紀まつだゆき北方万由美きたがたまゆみ。それと男性方の鶴田剛明つるたたけあきこの三人よ』


「そうですか。それからこれは大事な事なのですけどあなたは死んだときの事を覚えてますか 」


 先ほどよりも更に冷気が満ちてくる。

『ええ。覚えているわ……はっきりと!!』


 そうクチにした途端、綾香さんは振り向いて消えていった。


 気になった俺は、その向いた方へ歩いて行った。

 それともう一つやることがある。

 電話を掛ける事。


 舞台袖、その裏まで一通り見て回ってきた俺が戻ったときには、日暮さんは舞終わっていて伊織の横に座り談笑していた。

 邪魔しないように離れたところに立ってその様子を見つめる。


 先ほどの綾香との会話を思い出す。

――全てが真実とは限らないけど、まして相手は霊だ。憎しみや恨みが全くないとは考えにくい。その想いがある以上覚えていることも少し増幅された形で残った物なのかもしれないし。ただ――綾香さんの心残りはそれじゃない。カレンやはり舞台上で穏やかに談笑を続ける妹の綾乃さんの身なんだと思う。

綾香さんを救えるのはやはり綾乃さんしかいないか……


「お義兄にいちゃん。戻ってきたなら声かけてよ」


 すぐ目の前まで来ていた伊織が少し拗ねた顔をして立っていた。

――気付かなかった俺も俺だけど、足袋ってすごい!! 足音が分からなくなる。


「伊織」

「なあに?」


 下から視線をゆっくりと上げていく。

「その姿……似合ってるぞ。かわいい」

「にゃにを!? も、もう終わり!! 着替えてくる!!」

 そういうなり、猛ダッシュで楽屋の方に走って行ってしまった。


「藤堂クンそういう事は初めて見た時に言わないとね」

 クスクスと笑いながら俺の横まで歩いてきた日暮さん。


「ちょっといいかな? 少し話がしたいんだけど」

「あれ? さっきと違って真面目な顔ね。いいわよ」


 それから具体の袖で日暮さんと少し話してから、俺は舞台から降りて出入口付近へと戻り、日暮さんは先に伊織の入って行った楽屋へ戻っていった。



 日暮邸に戻った俺達に待っていたモノ。それは豪華な夕食だった。

 祭り前夜のすごくにぎやかなうたげもよおされていく。

――俺はもともとボッチ――というわけじゃないけど人の中で会話したりするのが苦手だ。その中にいたら視たく無いまで視ちゃうからなおさら嫌なんだよね……

 伊織は昼間の巫女姿での舞の事もあって、みんなから質問攻めにあっているようだけど、あの子のコミュ力からしたら全く問題にならずに中でなじめるはずだ。


 だから一人その場を後にする。

 静かな夜の庭へと歩き出す。

 宴の声など遠くに小さく聞こえるほど静かな中庭で、一人ゆっくりと星空を見上げて腰を下ろす。


 見える星の瞬きが心を落ち着かせてくれる。

 小さい時から結構な数の日を星空をながめて過ごしてきた。

 何度見ても見飽きることは無かった。


『あなたは一人が好きなのね』

 俺の隣に座る綾香さん


「好きなわけじゃないですよ。慣れてるだけです。ちなみに失礼な話ですけど、あなた方のようなモノにも慣れてるわけじゃありませんよ」

『ふふっ。あなたは優しいのね』

「どこがですか。伊織にもあきれられてますよ、頼りない兄貴だって」

『伊織ちゃん……か。あなたはどう思っていても、あの子は一人の女の子なんですからね。その事を忘れないで上げてね。優しいお義兄ちゃん』


「なっ!!」


 ふふふっ


 そんな言葉を残すとふっと消えてしまった。


「お義兄ちゃん、お待たせ!!」

 いつの間にか伊織が後ろまで来ていた。

「べつに……伊織を待ってたわけじゃないけどな」

「いいからいいから」

「な、なんだよ」

「いこっ!! 眠くなっちゃったよ」


 伊織が珍しく腕を組んできた。

 ちょっと恥ずかしい気持ちはあったけど、その懐かしい温かさを感じながら二人で部屋に戻る。


 すでに布団が敷いてあったけど――

 なぜかくっついて敷かれていた。

 これではまるで新婚さんだ。


 二人でわたわたと少し離したところに敷きなおして、その布団の中に潜り込む。


「お義兄ちゃん、おぼえてるかな? 小さい頃こうして一緒に寝たことあったよね」

「なんだ伊織あの時のこと覚えてるのか?」

「覚えてるよ。だって……」

「伊織?」


 横に顔を振ると、すでに伊織はすーすーと寝息を立てていた。

 表側ではめいっぱいの元気キャラでいるけど、ホントは相当に気をつかってたんだろう。


「おやすみ、伊織」


 そして俺も布団に潜り込んだ。






※作者の後書きみたいな落書き※

この物語はフィクションです。

登場人物・登場団体等は架空の人物であり、架空の存在です。

誤字脱字など報告ございましたら、コメ欄にでもカキコお願いします。


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