袴姿
「綾香……さん?」
『はい』
こちらを見据えるようにじっと見つめている。
こうして正面にいる
――怖くってよく見ていられなかったって言うのが正直なところだけど、こうして見るのが初めてだ。
俺はここまで来る間、日暮さんの後ろに居たはずの彼女の姿が見当たらないことをずっと不思議には思っていた。
もしかしたらカノジョは日暮さんにだけ
「あの、待ってたって言うのは?」
固まってしまった俺にお代わりに伊織がクチを開いた。
『そうね。あなたを待っていたのは、あの子を止めて欲しいからなんです。あの子は私がこの姿でいることが我慢できないし、納得できないんでしょうけど、それは仕方ないことなんです。あれは事故……そういうことにしなければあの子が同じ目にあってしまうでしょう』
「そ、それはどういう事ですか?」
伊織の疑問に答えることなく下を向いてしまう綾香。
「それは巫女様の舞う儀式と関係あるんですね?」
俺は考えていたことをクチにした。
綾香は答える代わりに一度だけコクっとうなずく。
「伊織、俺達も練習を見に行くぞ!!」
「うん!! そうだね!!」
急ぎ体を反転させ、練習に行くと言っていた日暮さんの方へ走っていく。
『お願いねぇ……』
後方から綾香の声が走る俺達の背中に届いた。
そこは、広い敷地の中に演台が一段高く造られ、幅も五十メートルもあろうかというようなたもう一つの社で、舞台と呼ぶのに相応しい建物だった。
「ここで……踊るの? 大勢見てる前で……俺には無理だな」
「ふふふっ」
笑い声に驚いて振り向くと日暮さんがすぐ後ろに立っていた。
心の中で言ったつもりだったけど、クチから漏れてしまっていたみたいだ。
「そんなことないよ。小さい頃から踊ってれば、これが普通になっちゃうから」
「す、すごくかわいいです!! 綾乃さん!!」
伊織の眼がキラキラしている。
気持ちは分かるけどね。日暮さんの恰好が巫女さんの袴姿だったから。
どうして女の子って、こういう姿になるとカワイイ感じに見えてきちゃうんだろう。
「伊織ちゃんも着てみる?」
「え!? いいんですか!!」
「良いよう。今日は練習だけだしね。明日は残念ながら出してはあげられないんだけどね」
きゃいきゃい言いながら二人で着替えに楽屋の方に戻って行った。
――伊織の巫女さん姿か……見てみたい気もするけど、見たくないないような気もするし、誰かに見せたくないような気もしてくる――複雑な兄心だ。
「お、お
そこには俺の知らない巫女姿の美少女がいた。
「あ、あう……」
「あれれ? 藤堂クンどうしたの?」
面白がってのぞき込んでくる日暮さんの後ろでもじもじしている美少女。
「い、伊織……か?」
「ほかに誰もいないよ?」
首をかしげて不思議がる伊織。
「くっ!!」
じぃ~っと見るだけで何も言えず固まる。
信じられなかったから。少し化粧しているみたいだけど、普段の伊織とは雰囲気が違ってた。
こんな感じは今まで経験したことが無い。
「じゃぁ、伊織ちゃん少し踊ってみる」
「よ、よろしくお願いします」
シャン
シャンシャン
ポンッ
シャンシャン
舞台の上で日暮さんがキレイに舞い始めた。
それに沿うように少し遅れて伊織が舞い始める。
それが凄くきれいだった。
眼が釘付けになるほど――
「いいね、伊織ちゃん。上手いよ」
「そ、そうですか?」
シャンシャン
シャン
舞台の上で礼をして袖の方に下がってきた。
俺は何も言えないままこちらに歩いてくる二人を迎える。
――日暮さんにつられながらとはいえ、一曲踊り切ってしまった伊織にまず驚く。運動神経がいいのは知ってたけど、あれだけ見たモノをすぐにできるようになるなんてこれは才能じゃないか?
「伊織ちゃん、次は少し見ててね」
「はい」
日暮さんはそのままもう一度舞台の真中へと移動して止まった。
音楽がなり始める。
ゆっくりと動き出す日暮さん。
優雅にそして繊細に流れていく踊り。
俺は再びそのまま動くことが出来なくなった。
『今度はあの子がこれを踊るのね』
突然聞こえた声にギョッとして振り向く。
俺と伊織の真後ろに同じようにちゃんと座って、舞台上で舞い続ける日暮さんを優しい眼で見つめる綾乃さんが居た。
そんな俺の後ろに隠れた感じで舞台を見ている人影が三人――
「なんだアレは? 綾乃だけじゃなくてもう一人増えてるぞ!!」
「どういう事!? 私たちのどちらかが落とされるの?」
「そんなはずはないよ。あの子は……知らないけど」
一人は男で二人は女。
「予定通りに進めておいてくれ」
男が話すその言葉に無言で二人の女がうなずいた。
※作者の後書きみたいな落書き※
この物語はフィクションです。
登場人物・登場団体等は架空の人物であり、架空の存在です。
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