崇島 美嘉

 休日の真っ昼間から工藤 怜治はまた面倒事に巻き込まれていた。


 長い金髪に碧眼に白い肌。

 日本人離れしたルックスに白い肌を持つ十代半ばの女の子。

 ヘアピンや星のイヤリングで飾り付けをしている。

 やや露出度が高い格好――上着にヘソ出しルックのやや大きな胸の谷間が見えるインナーシャツ、ミニスカをして歩き辛そうな見た目重視のブーツを履いている。


 オシャレではあるが日本橋と言う町から浮きまくっている少女だ。

 名前は崇島 美嘉。

 悪い意味で有名人で「またお前か」と怜治は思った。


「今度は何のトラブルだ? また男絡みか? いい加減真面目に生きろ」


「ふん、ちょっとおだてて金を貢がせたら急にキレて――ホント、いい迷惑だったわ。容姿を考えてからいいなさいよね」


「お前が言うな」

 

 美嘉に楯にされてマジ切れして興奮しているオッサンを鎮圧するはめになった怜治は頭を抱える。


 崇島 美嘉。

 援助交際とかやりまくっているとんでもない悪女だ。

 金を貢がせるだけ貢がせては男を乗り換える。

 噂では金を出すためならある程度の性行為もやってるとか言われてるが何処まで本当なんだろうか。


 少なくとも警察からマークされるぐらいの悪女なのは本当らしい。

 知り合いの刑事も度々彼女に関して愚痴を漏らしていた。


「皆、女なんて性の道具程度にしか思ってないんだから逆に金ヅルにされても文句言うなってーの」


「酷い言い草だな」


 酷い偏見に感じるが誤って成人向け同人ショップとか覗いた事がある怜治はあまり強くは言えなかったが、少なくとも人の往来が激しい町で言って良い台詞ではない。

 ここまでくるともういっそ清々しさすら感じる。


「そうよ。皆最初はお姫様のように扱って下手に出てれば自分に惚れてるんだと勘違いしてセックスしようとしてくるんだから」


「道の往来でなんつー事言ってるんだお前は」


「でも本当よ? このオッサンも女の口説き方なんてロクにしらない。ゲームと現実の区別もついてないのよ?」


「このオッサンにも問題があるのが分かったがお前が言って良い台詞じゃないからな」 


 正直どっちもどっちだ。

 アホな争いに巻き込まないで欲しいと思いその場から離れた。


「ちょっと何処行くのよ? か弱い女の子を置いていく気?」


「お前まだ何か厄介事抱え込んでるのか?」


「そりゃ・・・・・・まあ・・・・・・ね」


「男を食い物にする人生はもう止めろ。ロクな末路を迎えんぞ」


 ドラム缶に入れられてセメント流されて海に沈められても怜治は「ああ、遂にこうなったか」と思うだろう。

 この女はそれぐらいの事はしているように思える。

 

「と言うかそもそもなんで日本橋を狩り場にしてるんだ?」


「需要と供給って奴よ。オタク何て言う生物は現実の女性の体の素晴らしさを理解してないんだから。ちょっと汚れ仕事してやればスグに稼げるのよ」


「お前本当にブレないな」


 コイツにも問題があるがコイツの誘いに乗るオタクにも問題があるかもしれないと考えた。


「つかお前一生そうするつもりか?」


「一生ってアンタが人生語れる程偉いの?」


「少なくともお前よりかは人生考えてる」


「はぁ? あんたが?」


 酷い言われようだった。

 人生の反面教師を突き進む女に言われて怜治は傷付く。

 相手が男ならグーで殴ってる自信はある。


「真面目に生きれば良い相手は見つかりそうなもんなんだけどなぁ」

 

 ハァとため息をついて美嘉を見た。

 よほど相手の高望みとかしなければ少なくとも普通に恋愛ぐらいは出来そうなもんなのに、正直勿体ないと思った。 


「それ口説いてるの?」


「ただの本音だ。つか妙にオタクとか日本橋に詳しいな」


 ふとその事に疑問を感じた。

 この女は正直オタクと言う生物を見下し、毛嫌いしているように感じる。

 今は何でもネットで調べれる時代だがそれすらしなさそうに感じたからだ。


「クラスの男子に色々と教えて貰った。オタク君だから」


「そいつとも何かしたのか?」


 どう言う理由と経緯があってそのオタクの少年と関わりを持とうとしたのか分からないが――そのクラスの男子に同情しつつ、躊躇いなく疑問をぶつけた。


「そうね、デートしてあげたぐらい」


「金を貢がせたの間違いだろう」


 と、即答したら「えへへ、まあねー」とヤラシイ笑みを浮かべてきた。

 本当にぶれない女である。


「そいつからも金貰ってるの。アニメ見てないんだけど、アニメのコスプレとかして写真撮影してあげて金を搾り取ってあげてるの。その写真で自分の息子を慰めてるんじゃないかしら」


「そう言う情報はいらないから黙ってろ。てか、何時まで付いて来るつもりだ」


 こいつと喋ってるとなんか変になりそうだった。

 冷たくあしらっても「えーひどーい」と笑みを浮かべて行ってついてくる。 


(とりあえずストレンジに行くのは止めておこう)


 この変態女を連れて行くと色々と面倒になりそうだ。

 店にも客にも迷惑がかかる。

 かといって何処で時間を潰すか。

 この日本橋にはゲーセンは沢山ある。

 中にはレトロゲームを中心に熱かった隠れた店舗とかもあるぐらいだ。

 だがゲーセンは金は掛かる。

 

 他に行く場所は――


「そんなんだと彼女は出来ないわよ?」


 などと考えているとそんな事を言って来た。


「一生結婚出来そうにもない奴に言われちゃしまいだ」


「私結婚するつもりないし~」


「女以前に人間として色々と終わってるなお前・・・・・・」  

 

 コイツの親がどんな奴か見てみたい気もした。

 しかし子が子なら親も親と言う言葉がある。

 きっとロクな親じゃないだろう。


「あ」


「うん?」


 ふと崇島が何かに気付く。

 そこにはホビーショップに入ったクラスメイトの花村 浩助がいた。

 見た目は何処にでもいる普通の少年だ。

 リュックサックを背負って買い物中のようだ。


「アイツと知り合いか?」


「この町の事を教えて貰ったのも、コスプレ撮影して金巻き上げてるのもアイツなの」


「・・・・・・」


 心の中で怜治はご愁傷様と呟いた。


「まあどうせ美少女フィギュアでも買うんじゃないかしら。それとも私に着せるコスプレ衣装かしらね? 金があるっていいわね~」


「お前は巻き上げた金を何に使ってるんだ?」


 それを言うと顔が曇った。

 とてもバツが悪そうになる。


「どうした?」


「別にいいでしょ、金の使い道なんて人それぞれなんだから」


「お前でもそう言う顔するんだな」


「失礼ね。私だって欲しい物は沢山あるんだから」


「例えば?」


「服とかバックとか靴とか化粧道具にアクセサリーとか。正直こんな下らない物に金を使うなんて馬鹿みたい」


「そうか」


「あら? 皮肉は言わないの?」


「言って欲しかったのか?」 


 この女は弁が立つ。

 言っても上手く切り返されるだけ。

 腕っ節が強くても口下手な怜治では敵わない。

 それに説教出来る程あまり自分も偉くないと言う自覚もある。


「ヤバ・・・・・・」


 彼女はソソクサとその場を立ち去った。

 入れ替わりに顔見知りの刑事が現れた。

 ブラウンの古風な刑事衣装を身に纏った――より詳しく言うならソフトハットを被り、トレンチコートを身に纏うと言うやや細長い体躯の男、前嶋刑事。

 見た目通りの昔気質で怜治とは長い付き合いのオジさんだ。



 近くの交番を借りて崇島 美嘉に絡んでたオッサンとの暴力沙汰の事情聴取を受けた。

 極めて珍しい事に「お前も災難だったな・・・・・・」と前嶋刑事に同情された。


「アイツ何度も何度も注意しても言う事聞かないからな・・・・・・学校も家族も正直手を焼いているらしい」


「そうだったんですか」


 どうやら家族はマトモだったらしいと怜治は思う。

 

「家族が言うには昔はあんな風じゃなかったらしい。ただある男と別れてから荒れ始めたぐらいだ」


「興味深い話ですけどいいんですか? 他人のプライバシーでしょ?」


 相手があの女とは言え、プライバシーに関わる事だ。

 今の何かと人権とかにうるさい時代に大丈夫なのかと怜治は思った。


「あの調子だとお前に絡んで来るだろう。多少話しておいても良いだろう」


「はあ・・・・・・」


 何か順調にあのビッチの事情に巻き込まれつつあるなと思いつつ、ふと気になった。


「それである男って?」


「初恋の男らしい。その男と何かあったから、あんな男を食い物にする事に固執する生き方になったんだと考えるのが自然だな」


「はあ・・・・・・」


 そんな過去があるとは驚きだったが――恋愛はそこまで人を変えると言うのも驚きだった。

 釈然としない気持ちのまま怜治は交番を後にした。



 交番を後にするとあの女――崇島 美嘉が待ち構えていた。


「お前か」


「その様子だとなんかあの刑事に吹き込まれたみたいね」


 勘がいいなと思いつつ怜治は答えた。


「まあな。お前の過去を聞いた」


 すると崇島はそっぽ向いて何処かに行く。


「同情なんていらないからね」


「だろうな。言って聞くような奴ならとっくの昔にやめてるよな」


 その怜治の一言で歩みを止めた。


「分かった気にもならないで。格好つけてるの?」


 と、顔を振り向かずに文句を言う。


「ああ言えばこう言うな・・・・・・言っても無駄だろうがあんまり人様に迷惑かけんなよ」 

 

 そう言って怜治は立ち去った。

 美嘉は頬から小さな雫を流して「フンッ」と言って町の人混みへと消えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る