7章 マリ=シュガール


さきがけ! 七日七晩ぶっ続け酒池肉林戦勝宴会パーティ!』


 必死に綺真とオルフレンダを説得して予算を通したこの企画も、そろそろ折り返しの頃合いである。はしゃぎ倒すのに一日や二日では足らぬであろうと思って七日も期間を設けたわけだが……。


「飽きてきたな」


 飲めや歌えやで騒ぐだけでも百年は持つと、どっかのおとぎ話では言っていたはずなのだがてんで嘘っぱちである。タイやヒラメの踊り食いが足りなかったのだろうか。

 或いはもっと多様性に富んだ余興を用意すべきだったか。とはいえ準備期間が短かったのでこれは致し方ない。手数レパートリーだけは多いクトニオスを呼ぶ案は、なぜか却下されてしまったし。

 戦勝などという祝い事は何度もあるべきではないが、それでも次に同じ失敗をしないためには教訓として心に留めておかねばならない。

 まぁ、すぐ俺にどうこうすることもできない。今は今あるものを楽しまなくては。


「いやあんた仕事しろ。国王でしょ」

「そうは言うがなフアナよ」


 まだまだ聞きなれぬ不遜な声に目を向ける。

 そこにいるのは、襤褸ぼろを纏い首輪と鎖で繋がれてなお気丈に振る舞う一人の少女である。


「たったの一日で終わってしまった戦にどれほどの戦後処理があるというのか」

「無いわけないでしょ……国一つ滅ぼしておいてっ!」


 うーん、滅ぼしたなどと、人聞きの悪い言い方をしないでほしい。民間人にはほとんど被害を出さなかったのだ、せいぜいちょっと強引に国のトップを人事異動しちゃった程度の事であろう。

 そしてそういう細々したことは綺真やオルフレンダがやってくれるのでやはり俺の仕事はないのである。そういえばヒュペレノールも忙しそうにしていたな、疲れの所為か妙に痩せこけた顔をしていたが……いや、あれは最初から細長かったな。

 ともかく、終わってみれば本当に他愛ない戦いであったのだ。

 おかげで俺の視点だけでは、大して語ることもない。

 ……でも言われてみれば俺の初陣だった。埋もれさせるにはもったいないし、後で顛末を聞いて回るのも面白そうだ。


「酒の肴に怒声とぁ、優雅じゃありまへんねぇ……うぇ~い、ぃっくっ」


 そこへ唐突に柱の陰からこぼれ出てくる声と影。へべれけなそいつは頭に長い耳を持ち、額に黒い角がある。酒宴の初日にいつの間にか神殿に紛れ込んでいた不審者だ。


「アルテミジア。また大層気持ちよく酔いつぶれているようだが、いい酒でもできたのか?」

「最高れすよぉ? ケルベロスの唾液で育てた薬草酒れすぅ! おすそ分へに厨房にも置いへひましたひょぉ~」

「モンセラートぉ! モンセラート来てくれぇ!! 至急だぁ!!!」

『はぁ~~い!!』


 くぐもった返事はすぐ。

 一瞬の間をおいて、石の床をぶち破って現れたのは黒衣に白の前掛エプロンを纏った褐色の少女である。


「呼ばれて飛び出てモンちゃんっす! オヤカタ! いかがしたっすか!」

「オルフレンダか、クトニオスか、とにかく毒に詳しいの誰か呼んできて! アルテミジアがまた毒酒を混ぜたぞ!」

「かしこまりっす!」


 素早い反応レスポンスで飛び出してゆくモンセラート。元気なのはけっこうだが、せっかくすぐ横に扉があるのに何故壁をぶち破っていくのか。


「あら、あら」

「……何なのよ、ここのトカゲ共は」

「ほひょわ! じぶんぁ、トカゲじゃないれふぉ~、うさちゃんれふよ! ぴょんぴょん♪」


 ファリャが朗らかに笑い、フアナがぼやき、アルテミジアが跳ねる。

 そうした今までの日常に新しい顔ぶれも加わって、ひと時の酒宴を楽しむ穏やかな昼下がり。


 ──突如として、紅き台風は再臨した。


 謁見の間正面、外開きの扉が内側に吹き飛ぶ。

 はじける蝶番よりも早く、差し込む日差しを追うようにして、轟くその声は打ち据える雷鳴が如き勢いで俺のもとに届いた。


「嗚呼、我が君!」

「マリッ!!」


 マリ=シュガール。

 領土を隣する山岳地帯に住まう竜種の女王。

 春の体現たる彼女は、その呼び風にも劣らぬ勢いで飛び込んでくる。


「逢いたかったわぁ!!」

「勿論、俺もさマリぅぅぉおわあああぁぁぁぁぁーーーー!!!?!?」


 間一髪、俺はマリの突撃を躱した。

 受け止められることを疑いもしなかっただろう彼女は──俺だってそうするつもりだった──持てる膨大な運動量を減退することなく、したたかに玉座へ突っ込んだ。

 力自慢の北の奴らが三日かけて削り出した丈夫な石材が焼菓子クッキーのように粉々に砕け散る。


「なぜ!?」


 嵐のような激情が一転して、しとどに降る雨のような涙に変わる。山の天気のようだ、或いはそれそのモノですらあるが……。

 だが俺にだって言い分がある。


「飛び込んで来るなら胸に来いよっ! 下半身めがけてきたらナニ喰われるかと思っちゃうだろぉ!?」


 タマヒュンだよ!!


「でも我が身は、我が君のぬくもりに飢えているのよぅ……」

「俺の主体が下半身にあるかのような言い方をやめるんだ」


 せめて目を見ろ。股間を凝視しながら言う台詞じゃないよ!


「折角、ゴニやお父様や元老どもを説得(物理)して、我が君の下へ来ることを了承させてきたのにぃ!」

「ほぅ! つまりこっちで暮らせることになったのか! それはめでたいな!」


 何か言外に物騒な気配ニュアンスを感じた気がしたが、まぁ些事であろう。

 よぉし、マリ歓迎祭と称して、宴会期間をもう七日追加だっ!

 愛すべき新たな嫁を迎える祝宴。

 何度だって、何日だって騒げるだろうこのめでたい祭り。今度こそ延長すら視野に入れて、俺は堂々たる宣言した。


 ──まさかまた、工程の半分で問題が露呈し始めることなど、酒と女に酔った無邪気な竜王には予想すらできていなかった。



   ***



 人種の間で語り継がれる歴史上には、生まれてすぐにトコトコ歩み出て「この世で俺こそが尊いのだ!」などと宣ったすごい奴が居たなんて言う『伝説』があったりなかったりするらしい。

 だがぶっ飛んだ出生譚であれば俺たち竜種も負けてはいない。

 産声よりも前に雷鳴を轟かせ、

 小便よりも前に川を決壊させ、

 積み木よりも前に山を崩したという幼竜の話が、シュガールの住む国に『事実』として存在するのである。

 勿論、誰あろうマリの事である。

 日照り続きの青々しき空を恨めしく見上げていた農奴にとって、彼女の誕生は文字通り青天の霹靂へきれきであり、続く豪雨は神の恵みに相違なかった。

 その後の活躍も加味すればまさに、救世主とはかくあれしという逸話と言えよう。


 余談として、意外なところで割を食ったのが父王だった。

 かの王はどうやらあまり子守りの才がなかったようで、幼いマリのご機嫌取りにほとほと手を焼いた。

 程なくして、彼が黒焦げになってその辺に転がっている姿が頻繁に目撃されるようになったのだ。言うまでもなく機嫌を損ねた愛娘に雷撃を浴びせられた父親の、雄姿である。

 武勲で成り上がった猛者であるだけに、その程度の負傷ダメージでどうにかなる王ではなかったが、見るものにとってはそう単純ではなかった。

 伝説的武功と寡黙さで堅物の印象イメージだった王の、ある意味初々しい醜態。

 それは広く民衆に流布されてしまい、彼はマリが即位するまでの間『赤子に手をひねられた父王』という風評に悩まされることになった。

 同情を禁じえない……。


 その尊い犠牲は決して無駄ではなかった。

 お転婆な娘さんは今や、俺の股間を元気に付け狙う立派な淑女に成長している。もはやどこへ出しても恥ずかしくない、清く正しい淫乱ピンクといえよう。


「どこへ出しても恥ずかしいし、清くもないし、ただれています」

「綺真は、俺とマリに対してちょっと辛辣過ぎない?」

「そんなことはありません。わたくしはいたって公平ですよ」


 何っ!?

 その話が本当なら、つまり俺とマリが身内でいっとう残念な子だということになってしまうではないか。

 ハハッ! そんな馬鹿な!


「でもお前さん、モンセラートには結構優しいじゃん」


 あいつ、俺よりも神殿の備品や壁や床ぶっ壊すよ?

 俺が物壊すと綺真とオルフレンダでそろって説教し始めるくせに、モンセラートの時は「まったくしょうがないですねぇ」とか言って笑って許すじゃん。

 これは不公平なのではっ!?


「彼女は大切な労働力です。大事に扱って当然ではないですか」

「俺とマリが働いてないニートかのように言われては心外だっ!」

「政務は私とオルフレンダ。その他雑事は給仕と奴隷たち。

 さて、御兄さまと淫竜さまはどんなお仕事をしてくれているのかしら?」


 せめて『ラン』と読める部分くらい省いてやるなよ。原形がなくなって本質が丸裸にされちゃってるじゃねーか。

 だがまぁ、どんな事をと訊かれては、答えてやるのが竜の情け!

 我ら王の偉大なる仕事を今こそ明かそうっ……ずばり!


「肉・体・労・どぅごおぉぉーーー!!!?!?」


 残像を置き去りにして拳を振り抜く綺真。

 錐揉みして宙を舞い石壁に突き刺さる俺!

 焼菓子ケーキにロウソクを立てるような気軽さで壁にめり込んだ頭を引っこ抜くのもそこそこに、当然の抗議をあげる。


「何故だっ!」

「下品な言葉遣いをするからです」


 むしろ各方面に気を使って直接的な表現を控えたのに! きょうび、暴力ヒロインなんて流行らないぞ。

 そもそも俺にこの仕事を強く斡旋あっせんしているのはお前さんだよ。


「我が君ぃぃ!!」

「しまったっ! もう見つかったか!!」


 俺の頭がぶち抜いた穴を、壁ごとなかったことにして燃え盛る低気圧が顕現する。

 ……神殿の施設保全に注力しているオルフレンダが涙目になる案件だが、今そのことに気を使っていられる余裕はない。

 油断して少しばかり騒ぎすぎたようだ。

 何を隠そう、俺たちはマリ=シュガール対策会議を行っていたのだ。

 勿論内密である。部外秘である。

 断じて、ドタバタ兄妹めおと漫才をするために綺真の部屋に籠っていたわけではないのだ。

 何の対策かは言わずもがな。マリの底なしの性欲衝動についてである。

 竜王たる俺の精力は渇れ果てることなどありはしないから、相手取ること自体はなんら問題はない。

 だがいかんせん、彼女は時と場所TPOをわきまえるという概念が存在しない優しい世界で生きてきてしまった。

 移ろう山の天気を体現するマリの気まぐれは誰も予想だに出来ず、荒れ狂う嵐に比定される欲情は俺の偉大なる器でなければ受けきれるはずもない。

 故に、煩悶著しいのがオルフレンダを始めとした常識的思慮のある面々だ。

 食事中だろうが散歩中だろうが仕事中だろうが、ところ構わずおっぱじめる俺たちを強く止めることも出来ず、然りとて無視も出来ないためにすっかり気疲れしてしまったのだ。

 近しい者たちほど被害は大きい。

 可哀そうにオルフレンダに至っては今、心労が祟って寝込んでしまっている。マリが神殿に越してきてまだ三日である。さすがに看過しておくわけにもいかない事案だ。

 だからこうして、台風の目を盗むように我らが頭脳ブレインに相談しにきていたのだが。


「ふしゅるるるぅぅ……!」

「マリ、落ち着け、落ち着くのだ。待てステイ待てステイ!」


 雷雲混じりの熱い吐息を吐くマリ。興奮しているように見えるがこの状態はまだ理知的な証拠だ。彼女が本当に我を失ったら上空に積乱雲が渦を巻いて発生する。

 説得を試みるなら今のうちだ……っ!!


「よぉしよしよ~し、良いだ。さぁ何がお望みかね?」

「ふふふっ……〇ックス」

「よさないかっ!」


 理知的じゃないかもしれない……っ!?

 赫々かくかくたる瞳は情欲に濡れて揺らめき、胸の逆鱗が纏う紫電も心なしか歓喜にのたうっている。

 これは完全な臨戦態勢(意味深)だ!

 ここからの勝負……一つでも選択をあやまてば、ヤられるっ!!


「まったく、騒々しくてかないません。私は場所を移します。

 ファリャ、貴女とは少し話があるので一緒に来てください」

「はぁい」

「えっ!?」


 夫の窮地を前にして、二人して俺を見捨てようというのかっ!?

 蒼白となる俺の顔を冷たく横目で一瞥して、綺真は扉(のあった場所、今はない)からそそくさ出て行ってしまう。


「……らしくないですよ?

 その処女拗らせた淫乱竜を制御できるのは愚兄さまだけなのですから、ご自分で何とかしてください」


 去り際にそんな台詞を捨て置いて。

 それを追ってファリャも、広々した出口へ向かってしまう。

 ……かと思ったら、ふと立ち止まって振り向いてくれた。やはり、ファリャたんまじ天使。


「ふふ、綺真様は素直じゃありませんね。今のは貴重なご助言でしたよ?」

「ぬぬ?」


 殺生にも最愛の兄を捨て置いて行ってしまった妹の言動は裏腹ツンデレだったのだと、そう擁護してくれるのか。ファリャさんまじ女神。


「ではわたくしからも一つ。ご主人様、人種はうまくいかないときこんなことを言うそうですよ」

「うん?」

「『押してダメなら引いてみよ』と。でもこの言葉は、今のご主人様『らしく』ないかもしれませんね?」


 片目瞬きウィンクして人差し指を唇に添えるという、可愛過ぎる仕草でそう言い置くと、彼女も散乱する壁材をまたいで去っていった。


「……、……っ!!」


 ファリャの言葉である天啓が舞い降りる。可愛いだけじゃない、彼女は俺に様々な気付きをもたらしてくれるのだ。ファリャさままぢ地母神。

 と同時に俺の体に電流が走る! ひらめきの比喩ではなく、物理的に。

 どうやらマリが勢い余って呼気にとともに稲妻を放ってしまったようだ。これ以上猶予はない!


「さあ、我が君。邪魔者は居なくなりましたよぉ? これで心置きなく──ひゃっ!?」

「ふはは、先手必勝!!」


 今まさに跳びかかろうとしていたマリに先んじて、俺は電光石火の早業で逆に彼女を床へ組み敷いた!

 そう、これこそ俺がすべき行動、その第一段階であった。

 人種の言葉はなるほど確かに至言であるのかもしれない。だが我が王道に『引く』という選択肢はあり得ない。らしくない、という綺真の言葉は実に的確だった。

 だから、俺らしく言うならこうだ。


『押してだめなら、押し倒せ!!』


 思えば出会って第一声までの俺は、確かに押していた。

 ところが続く展開の余りの衝撃に、不覚にも一歩引いてしまったのだ。それを反省に再起すべきだったのだが、どうやらそこで俺はマリに対して引き癖がついてしまっていたのだろう。以降、マリの求めに対する俺の対応は常に受け身となっていた。

 そして綺真とファリャからもたらされた言葉によって辿り着いた想像が正しければ、これが互いにとって良くない作用を起こしていたのだ。

 だからここからは、心を竜にして臨まねばならない。

 互いにさらに一歩、近づくためには。


「マリッ! いい加減にしないかっ!!」


 努めて低く強い口調で言い放つ。


「っ!?」


 果たして、効果はてきめんであった。

 苛烈な彼女には全く似つかわしくない、怯えるような表情がその面に浮かぶ。それだけでもう、全力で甘やかしたい衝動にかられるがぐっと抑える。本番はここからなのだ。


「少々ワガママが過ぎるぞ! そんな悪い娘には、こうだ!」


 マリの返答を待たず、俺は素早く手をひらめかせ、剥いたゆで卵のごとき白く艶やかなその頬をはたいた。

 痛みはほとんど無いはずだ。テチッとようやく音が鳴る程度の勢いで肌に触れただけなのだから。

 しかし今、その強さは問題ではない。

 暴力DV夫のそしりも甘んじて受けようではないか。

 俺は必要ならば悪もなす。伴侶の心を救うためになら、片手間に世界を滅ぼすのだってやぶさかではない。


「っ、ふぇ、うぅぇ? あ、雨が……え?」


 じわりじわりと、その紅き台風の両目に雨粒が溜まる。

 少なくとも彼女はそのように感じたようだ。無理もない、マリは生まれてこのかた、それが自分の意思によらず溢れることを知らなかったのだから。


「あっ……」


 必然、こうしてその涙をぬぐってもらった事すらないわけだ。


「すまなかったな。きっとお前は最初からこうしてほしかったのだろうに、気づくのが遅れてしまったようだ」

「何を……んぅ!?」


 有無を言わさずその唇を奪う。

 それは俺たちにとり、ありふれたふれあいスキンシップだ。何ならマリとは言葉を交わした数と大差ないくらいかも知れん。

 だが今回の行為は今までに無い意味がある。


「どうだマリ。『初めて』叱られた気持ちは。頬を打たれた気持ちは。唇を奪われた気持ちは? 存外、悪く無いだろう?」


 マリ=シュガールは、産まれた時から誰よりも高みに在り、産まれてから今まで常に気高くあり続けた。

 手の届く範囲は常に凪ぎ、世の有象無象は彼女を中心に渦を巻く。

 見上げる空には陰る雲の一欠けらもなく、天の恵みさえそのつま先から滴る。

 至高にして孤高。

 父母の親愛も、民の敬愛も、師の教えも、彼女はすべて己が力で獲得してきてきた。『与えられる』ことを知らずにここまで生きてきてしまったのだ。

 それで困らないだけの力があったからだ。──困ったことに。

 きっと、彼女の過剰な欲の理由はここにある。

 本当に己が欲しているものを、経験したことがない。それを一時にせよ、偶然にせよ、出会い頭に示して見せたのが俺だった。

 希求するマリは、きっと霧雨を掴む想いであったことであろう。その幽かに湿るばかりで虚しく空をさまよった手を、すぐに握ってやれなかった俺にも事態の責任がある。

 気づけたはずの機会は思えば多々あったのだ。

 例えばマリは、俺を『我が君』と呼び、自分の事を『我が身』と呼ぶ。愛した雄も自身さえも、彼女にとっては『手に入れた我がモノ』という意識があるのだろう。

 ……いや、いや、こんな理論武装は、俺らしくないな。


「もにもに、さわさわ」

「あ、あぁ……ぅぁ、はぁっ……っ!」


 そう例えば、世にある色んな『渦巻くモノ』を思い出してみればよい。渦潮、竜巻、それらはみんなマリに似ている。近づくものを手当たり次第に引き寄せてしまうだろう?

 要するに、マリはとっても、欲しがりさんなのだ!!


「ふふむん、こうして俺から愛撫するというのもそういえばなかったのだな……実に良い心地だ、うーん、新触感!」


 何が新感触ってこの娘、敏感なところ触るたびに電流が走るのである。比喩でなく。

 今までむしゃこら食べられていた時には無かったところを見るに、『与えられる』強い快楽に対してマリは無意識に雷撃を発してしまう体質なのかもしれない。俺でなかったら一発で丸焦げであろう。


「はぁ、はぁ……嗚呼、我が君ぃ……も、もっとぉ……!」

「どうしたもに、今度はどこがいいさわ?」


 頭がシビびびれて、語尾びびびがおかしくなってきたが……俺れれはっ、それでもっ、触るるるのをっ、やめないっ!! さぁどこだ、何処がシビれる? 憧れれれれ!!?


「もっと、もっと……ぶって?」

「……ほほう」


 電流電圧も何のそので真面目な顔になる俺。

 なるほど。マリはそういう欲しがりさんだったかっ!

 そういえば居なかった。まだいなかったぞぅ、その属性!!

 いいじゃない、いいじゃないか! その個性、伸ばしていこう!!!

 瓦礫の散乱する、廃墟のようになった綺真の(元)私室で。

 開かれるは艶賛えんさんの宴。

 奏でられるは、強きを求める嬌声きょうせいと濡れて愛打つ叩音こうおんが渦を巻いて混ざり合う管弦楽オーケストラ

 それは旋律というには千々としていて、愛の語らいというには暴力的に過ぎる。

 でもこれはどんな名曲よりも美しく、どんな言葉よりも正しく想いを伝えあっていた。

 一方的に貪るのではない、双方向の求め愛。これが俺たちの『本当』の初共同作業だったといっても過言ではない。


「ははーはっ! これか!! これがええのんかぁ!?」

「あぁっ!! もっとぉ、もっとですぅ……我が君ぃいい!!」


 ただし入刀するのは豪華な焼菓子ウェディングケーキではなく、夫婦の新たな床事情であるがなあ!


   ***


 後日談。

 結果を言えば、根本的な解決はできなかった。

 マリの過剰な肉欲は、無自覚な抑圧による反動であるという俺の予想は外れていたのだ。彼女は単純に、シュガールの一族として正しく、その王としてふさわしく、生来エロいだけだったのである。

 しかして、まったくの無駄であったわけでもない。

 互いをより深く知り合い、互いに一歩どころか一足跳びで心の距離を近づけることが出来たのである。僥倖とせずなんとしよう。

 それに己の正しい性癖を自覚したマリは、今までの超攻め攻め姿勢から、誘い受け姿勢に趣向転換パラダイムシフトを果たしていた。この副産として、ある程度場をわきまえた愛の営みができるようになったのである。俺が誘惑に耐えさえすれば。

 つまり大局的にみて、問題は万事解決と相成ったわけである!!


 ……だから、復帰してきたオルフレンダが神殿の惨状を見て卒倒したことは、また別の問題なのである。

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