6章 竜王の牙(中)


   ***



 さらりと流してしまったが、綺真が口にした『五本の牙』とは、我が国の交通の要所たる五つの砦と、そこを守る騎士たちのおさ五人の両方を指す通称である。

 我が国を守る五人の英傑。

 国防の五柱。

 防人さきもりの五剣。

 彼ら無くして、今日こんにちは無かったという。

 戦力と言うだけでなく、生活に根差す色々な事を支える彼らは、民の精神的支柱でもある。

 牙と称されている理由は竜の戦士だから……と言うのは後付の意味で、元々は各砦の屋根に竜の牙を思わせる湾曲した円錐状の尖塔があるところからの発想であるらしい。

 ところで、人の姿を取る現代の竜種では判らぬことであるが、元来竜は成体になるとオスよりもメスの方が体格的に優れ、魔力の繊細な扱いが得意であった。逆にオスは一回り小さい身体の代わりに魔力の保有絶対量が多く、精神面の頑強さに優れていたようだ。

 こうしたかつての特徴は見た目にこそ現在はあまり継承されなかったものの、こと戦闘力と言う面では未だ一定の指標足りえている。オルフレンダやファリャ、隣国のマリを見てもそれは明白だ。

 要するに、竜の国では女戦士の方が強い事が多いのである。で、あるならば『五本の牙』とも称される五人の英傑もまた、美女揃いであることが大いに期待できるはずだ。

 ……その筈だった。

 抜けるような快晴の空に暑苦しいおっさんのだみ声が響く。


「ガハハ! ようこそお出でなすったオルフレンダ騎士長殿! それと綺真女史と……おや、そちらはもしや。やはり! 我らが御大将ではありませんか! お目にかかるのはこれで二度目ですな! ガハハハッ!」

「……はい次チェンジ ──ぶべっ」


 真顔で言い放った俺の言葉に間髪入れず綺真のツッコミが入る。

 端から見れば後頭部をはたかれただけに見えたであろうが、その威力たるや恐らく岩をも砕く達人の手刀のそれであったことであろう。むくつけき男と会話などしても楽しくないが、あまり暴力ギャグばかりで場の停滞を招くのは本意ではない。

 俺は何事もなかったように厳粛な態度を取り繕った。


「うむうむ、くるしゅうない、名乗ることを許可しよう」

「ガハハ! 偉そうな口調が似合わないな、御大将!!」

「不敬罪でぶっ殺すぞ」


 待て、今の台詞俺じゃないよ!? 綺真、あんまり汚い口調はお兄ちゃん良くないと思うなっ!

 ほれみろ、オルフレンダがめっちゃビビってるだろ!

 俺の視界の端には、普段とおもむきを異にする戦装束をまとったオルフレンダが、愛杖の陰に、どう見ても隠れようがないのにもかかわらず必死に身を隠して縮こまっている姿が映っていた。

 長い髪を後頭部で二つ団子にひっつめて樹冠を模した装具で額飾り、普段の衣装とは似て非なる太腿も顕わな丈の短い上衣と身体の要所を守る軽鎧を装備した彼女は、勇ましく立てばまさに、死せる勇者たちの先頭に立って導く壮麗な戦乙女だった。残念ながら今は、見る影が可愛さくらいしか残って無い。


「吾輩の名はエキオン! 北壁の麓にたたずむ暑苦しき肉壁とは吾輩のことよ! ガハハハッ!」


 聳える偉丈夫。

 暑く猛き筋骨。

 隆々たる肉山。

 そのいわれに偽りの無い巨漢は綺真の気迫にも動じることなく呵呵大笑していた。


「そんで! 我が国の御大将ご一行が、揃っていかが御用時だい!? ガハハハッ!!」

「近々、いくさが始まるのでな、その前に視察と言うわけだ」

「なるほど! 何を隠そう、吾輩たちも今はその準備と警戒に大忙しですわ、ガハハハッ!」

「……そうは見えないのですが」


 物見櫓ものみやぐらの上で立ったまま居眠りをする見張兵や、札合わせ賭博で酒を取り合って作業をほっぽっている工作兵を眺めながら綺真は不安そうな声を上げるが、戦士は休息も立派な仕事だ、気にすることもあるまい。むしろその豪胆さを褒めてやるところであろう。


「こほん、ほん。えぇ……ではエキオン。此度の防衛戦に向けて、準備の進捗報告を。何か懸念や問題点があれば提示して──」

「えっ!」

「えっ?」


 どうにか気を持ち直したらしいオルフレンダが場をまとめようとしたのだろう。だがまだこわばりが抜けないのだろうか。トンチンカンな事を言い出したぞ。


「どうかいたしましたか、主上?」

「いや、いやいや、どうかもこうかも金貨もない。違う、違うぞオルフレンダよ」


 大きな声に驚いて目を向けてきた彼女に、俺は正面に向き直って真摯にこの視察の趣旨を訴える。


「俺は別に、身内の弱みとかそういうのは興味ないのだ」

「え、しかし……」

「あいや! わかる、判っているとも。みなまで言うな。確かに、誰しも苦手な事はある。だがしかし、そればかりに目を向けていてはいけない。そうだろう?」

「それは、その通りです」


 優秀なオルフレンダはすぐに俺の言わんとしていたことも理解してくれたようだ。


「なればこそ、この非常時に! 苦手な事にかまけているわけにはいかない! 誰しも最も力を発揮できる瞬間は何だ!? それはやりたいことを、やっている時であろう!!」

「そうかもしれませんが、でもしかしですね……」

「やめなさいオルフレンダ。今の愚兄さまに何を言っても無駄よ」

「はぁ……」


 ニコニコ傍らに侍って手を叩くファリャの喝さいを背景に、見上げる巨漢に負けない大仰な仕草で振り返った俺は言うのだった。


「だから、ぜひとも、俺にお前たちが最も自慢したいモノを見せてくれ! 自慢できる事、じゃないぞ、したい事を、見せびらかしたい自慢を、ひけらかしてもらおうじゃないか!」

「ガッハハハァッ! こいつはいい! 我らが御大将は話が判る御仁のようだ!」

「そうであろう、そうであろう!」

「よぉし、ではちょいと御足労ねがいやすぜ! 吾輩のとっておきをご覧に入れましょう、ガハハハ!」


 その豪快な哄笑に導かれ案内されたのは、北の山々を臨む森の小さな切れ間であった。見上げるいただきはどれも剣の切っ先のような鋭鋒ばかりで、その威容は天に牙をむく軍勢が鬨の声を上げている様を幻視させた。

 山の斜面は大半が岩と氷に覆われて切り立っており、物々しい印象に拍車をかけている。これこそが北壁たるが所以である。

 大層威圧的な代物ではあるがしかし、俺たちから見て北側にあるその壁は、逆に言うとに対して南向きということで、要するに日当たりが良い。

 陽の熱でわずかり溶け出す氷が光を細かくはじいてキラキラ輝く様は夜空の星とはまた別の趣がある。

 おかげでその麓にあるこんな辺鄙な空き地も、思いのほか心寂うらさびしい空気は漂っていない。

 ただ、開放的かと言われるとそれも否やである。

 ここが面積よりも狭苦しく感じる理由は、間違いなくその中央に立つ物のせいであろう。

 墓標と言うには武骨に過ぎ、指標とするには威圧的に過ぎる。

 端的に行って、それは鉄の柱であった。


「ご覧くだせぇ! これぞ我が秘奥、角剣かくけんでございますぜ、ガハハハッ!」

「なにこれ、のぼり棒?」


 土木作業にちょうのある北の牙だからと言って、今この機会タイミングで遊具を紹介されてもさすがの俺でも対応に困っちゃうな……。


「よく見てくだせぇ、こいつは剣ですぜ!」

「剣とな」


 言われて再度見上げてみればなるほど、てっぺんには確かに剣の柄らしき形が確認できる。しかし無暗にタッパのあるエキオンの頭よりも、なお高い位置にそれはある。振るうどころか、これでは抜き放つことすら人の身では難しかろう。


「いかにも! でもただの剣だと思ってもらっちゃ困りますぜ! ──騎士長殿!」

「はい?」


 このタイミングで呼ばれるとは思っていなかったのだろうオルフレンダは、戸惑いつつも前に出てくる。


「ちょいとこいつを、思いっきりぶん殴ってみてくださいや!」

「私がですか?」

「もちろん!」

「──いいんですか?」

「もちろん! ガハハハッ!」


 不安げな表情を見せるオルフレンダだが、その心情は推して知るべしである。

 何せ彼女が思いっきりぶん殴って無事でいられる物体などこの地上にそう多くあるものではないからだ。


「まぁ、そういう事なら──……ふっ!!」


 思慮深く慎重な性格のオルフレンダであるが、同時に彼女は非常に思い切りの良い面もある。

 了承の意を示すや否や、普段左手に持っている長戦棍ロングメイスを素早く右手に持ち替えたかと思うと、次の瞬間には力強い踏み込みと共に、得物を振りかぶった。

 補足しておくと、彼女は右利きである。


 ──、オォォォォォォッッッンンンッ!!!!!


 空気の流動すら置き去りにする一閃が振るわれ、そして生み出された衝撃インパクトは、遅れてくるはずだった風切り音を、容易に吹き飛ばし、無かったことにした。

 錯覚であろう一瞬の静寂ののち、響き渡った轟音は、鈍器と剣の交錯と言うよりも星の衝突を連想させた。

 たぶん、とっさにファリャが耳を塞いでくれなかったら、鼓膜の十枚や二十枚は容易に吹き飛んでいたかもしれない。

 しかしそんな、音程度に驚いている暇などなかった。


「……ほぅ?」


 関心に吐息を漏らすオルフレンダの視線の先、放射状に吹き飛んだ地面の中心に、予想され得た木端微塵の角剣は──無かった。


「折れない! 曲がらない! 最強の剣! そいつを目指して十数年がかりで鍛え上げたんだぜっ!」

「なるほど、大したものですねこれは」


 天を突くように直立していた角剣はオルフレンダの打撃で地面に引き倒されていたが、それだけだった。

 完全に原型をとどめている。驚嘆に値する結果であった。さしもの綺真も目を見張っている。


「おかげで刀身が分厚くなりすぎて角材みたいになっちまったがな! ガハハハッ!」


 それゆえに角剣。なんという単純シンプル。なんという愚直ストレート


「素晴らしい! 素晴らしいじゃないかエキオン! これぞ浪漫武器! 気に入ったぜっ!!」


 これほどまでに強力な武器があるなんて! この戦、勝ったな、がはは!


「後完全に切れ味が二の次になっちまってな、実質鈍器ですわ。ガハハハッ!」

「なぁに、それでもこの重量感! 攻撃力は相当なもんだろう? 武器は攻撃力が全てだ、力こそパワー!」

「さすが御大将! 言う事が実践的だ! まぁ仰る通り重さも半端ねぇ事になってな! おかげで誰もこいつを振るうことができなくなっちまったんですがね! ガハハハッ!」

「ふはは、そいつぁ難儀だな!」


 だがしかし、そういう欠点があってこそ浪漫!

 いいぞ、最初は気乗りしなかったが、やる気テンション上がって来たぜ!!


「……オルフレンダ?」

「ひっ、ち、違います綺真様! あんな武器の製造申請は受けておりません! あれは完全にエキオン個人の私物で、我々神殿の管理下にありません! もちろん経費だって出ていないはずです! 仮に横領があったならちゃんと返納させます! 本当です!」


 何やら背後で言いあう綺真たちを尻目に、俺とエキオンは互いに高らかに笑いあうのだった。



   ***



 宝の山、と言えば大体比喩としてそう呼ばれることの方が多いであろう。

 だが我が国の東側に連なる山々は、文字通りの意味で宝の山と言って差し支えない。

 鉄鉱石をおもとして、その他貴金属や希少な鉱石、果ては石炭まで出るという冗談みたいな一帯があるのだ。

 あんまりにも掘れば何か出るという状態だったものだから、昔は薪拾いに子供を使いで出したら背負い籠をダメにして帰ってきて、理由を聞いたら「石炭を詰め込み過ぎて底が抜けた」と答えたなんていう小話もあったらしい。

 冗談か実話かは定かではないが、あながちあり得ない話でもないという見解は大人たちの間にあったようで今ではそこら一帯、子供の立ち入りが禁止になっている。

 たまったものではないのが子供たちだ。

 高確率でお宝が見つかる遊び場を出禁にされては不満を抱かぬはずもない。

 もっぱらその矛先は自分たちを怒鳴り散らす大人に向かわざるを得ず、それが長年同じ者であればおのずと、畏怖とやっかみを込めた『あだ名』が代々に渡って語り継がれることになる。

 子供は怖い大人と嫌な大人に滑稽なあだ名を付けるのが、良くも悪くも好きなのだ。


「亀より堅き東の巌窟翁がんくつおう? いかにも。それは確かにわし、ペロロスのことですじゃ。お頭様が自らこんなところまでお出でになるとは、殊勝な事ですじゃ」

「子供が付けたにしてはなかなかカッコいい二つ名じゃないか」

「頭が亀の甲羅より堅く、いつも洞窟に引きこもっている、頑固で偏屈な爺さんという意味だそうですじゃ」

「うはは、うまいこと言われたな!」


 目深にかぶった鉄兜と、たっぷりこさえたもじゃもじゃの口髭の間からこちらを不機嫌そうにめ上げるのは、まるで岩から削りだしたかのような逞しくも、ややれた印象の小男だった。

 ていうか、この外見……


炭鉱種ドワーフ?」

「失敬な! わしも立派な竜種の眷属ですじゃ! ……まぁ、この土地では余所者ではあるのじゃが」


 ぷんすか地団駄を踏む小柄な老人は、あとで聞いたところによると此処よりさらに東の地に由来ルーツのある竜種の末裔なのだそうだ。

 何十年も前にこの地に移り住んできたという。それからすぐ鍛冶や金属加工、鉱山の知識、そしてその戦闘力を買われてこの一帯を任され、以来長くその勤めを果たしてきた。

 本人は自分を余所者などと言うがとんでもない。彼もまた立派な俺たちの身内なのである。


「まったく、最近の若いもんは年寄りを敬うことを知らんのですじゃ」


 ため息のようにこぼされたペロロスおうの愚痴に、なぜかまた後ろで綺真が気色ばんだが何か言う前に手で制した。実際に制した──後ろから羽交い絞めにして口を塞いだ──のはファリャだが。


「まあまあ、年寄りなればこそ、そう言ってやるなよ。自分よりも年長な奴にただ年喰ってることを敬えと言われたって、無理な話じゃあないか」

「ほぅ? 何故ですじゃ」

「だって年を喰うのは馬鹿でも天才でも、子供にだってできることだが、年寄りにはできない事だろう」


 ひもじい思いをしている子供に、満腹している大人の膨らんだどてっ腹を指してさぁ敬えというのも酷な事だ。俺はそういうことを強要したくないしもちろんされたくない。


「むぅ……一理ある気がするですじゃ」

「そうであろう、そうであろう」

「でも、積んできた経験やこだわりは、やはりないがしろにされてはおもしろくないですじゃ」

「うむうむ、ならばその『こだわり』をぜひ見せてくれ! そういうのを見るためにわざわざ俺たちはこうして出向いてきたのだからな」

「……え、いや主上。今日はいくさ準備の視察が目的であってですね、あれ?」


 オルフレンダはまだこの視察の意味を図りかねているらしく、オロオロしているがまぁなんだかんだいつも通りの姿なので放っておこう。

 そしてファリャはもう綺真を放してやってくれ。窒息してそのまま冥府に帰ってしまいかねん。


「ふんむ……」


 俺の言葉をどう取ったのだろう。一息つくと、いわおの小老は黙って背を向け歩き始めてしまった。

 その姿はまさに『黙して語るおとこ』! 畜生かっこいいじゃねぇかっ!!

 ぜぇぜぇ行ってる綺真を引っ張りつつ追いかけてみると、着いた先は、彼のいわれに恥じぬ暗き巌窟の奥であった。

 と言っても天然の洞窟ではないようだ。

 入る前に近くにたくさん同じような洞穴があったし、中も様々な工具や作業台、炉のようなものも見受けられる。恐らくペロロスの鍛冶場か、工房なのだろう。

 黙って、さらに奥の小部屋へ引っ込んでいく老人を追いかけてよいものか少し逡巡していると、幸いにも彼はすぐに出てきた。但しその手には入る時には持っていなかった巨大な何かを引っ提げている。


「わしがお見せできる『こだわり』の逸品と言えば、これを置いて他にはないですじゃ」

「ほう、拝見しよう……これは、戦棍メイスかな」

「これは斧ですじゃ」

「斧、だと……?」


 ずしん、と床ごと揺らして重々しく置かれたのは、一抱えの酒樽ほどもある巨大な鉄球に棒がついているだけのような代物であった。特徴らしい特徴と言えば、鉄球の全面には小さな穴が無数に開いていることくらいだ。斧と言われてもにわかには信じがたい。刃らしきものはどこにも見当たらないのだ。


「これは木を切るための斧ではなく、攻城戦にて敵拠点を破壊するための戦斧ですじゃ。用途を突き詰めた結果この形に辿り着いたのですじゃ」

「なんと、実に合理的だな!」

「球体状の斧、名付けて球斧きゅうぶなのですじゃ」

唯一オリジナルにして無二ユニーク! これは特許を取るべきだ!」


 これぞ道具の進化というべきか! 用途を突き詰めた結果、新たな武具を発明してしまうとは。

 知性を感じるぜ、さすが我が国屈指の武具屋! いやもう、発明家と呼んだ方が良いかもしれんな!


「そういう武器種は戦鎚ハンマーというのですが……」

「本人達が知らずに楽しんでいるのだからいいのよ」

「ご主人様が楽しそうで何よりです」


 姦しき我が伴侶たちも最新技術の粋に興味津々のご様子だ。何を話しているのかはよく聞こえないが。


「こいつにはさらに、とっておきのカラクリが仕込んであるのですじゃ」


 っ!! 仕掛付ギミック武器ってやっぱり燃えるよな!


「……私、嫌な予感がします」

「……奇遇ね、わたくしもよ。ファリャも……、ちょっと貴女なんでそんな離れたところに居るのよ?」

「お構いなく~」


 彼女らは彼女らで楽しそうにしているので放っておこう。

 今は目の前の大発明に説明に集中しなければ。


「この球状の斧頭ふとうの中には『噴火石』という、小さな火花でも巨大な爆炎に変換できる魔法石と、火打石を合わせた機構が内蔵されておるのですじゃ」

「ということは……まさかっ!?」

「お気づきになれれましたかな? そう、こいつは強力な打撃の後さらに、猛烈な炎の爆破力を発生させることができる超兵器なのですじゃ!」

「さ、最強じゃないか……っ!」


 これさえあれば敵の防御など薄紙同然!

 既存の概念を城壁と共に吹き飛ばすっ!

 今攻城戦の歴史が一歩先へ進んだのだ!


「しかし、このちょーすごい球斧も、日の目を見るにはまだ時間がかかるかもしれんですじゃ……」

「なん……だと……?」


 どういうことだ……?

 これさえあれば今期攻城戦の覇権は確定的に明らかだというのにっ!

 まさか好敵手ライバル企業からの妨害工作が!?


「なにぶん、まだ使い手が決まらんですじゃ。おかげで動作確認もできておらんのですじゃ」


 なるほど。やはり戦場で命を預ける物であるからな。ちゃんと安全性や強度の保証が肝要だ。

 なればこそ、此処は俺の出番であろう。なぜなら王とは、いわば超巨大な組織の長。その円滑な運営のために、適材を適所に采配する人事力が無ければいけない。

 この偉大なる発明を後押しするため、我が国で最も高名なる鈍器の専門家エキスパートを推薦しようじゃないかっ!


「いやです」

「…………」


 俺が何かを言う前に、突如オルフレンダは拒絶の言葉を放った。

 どうした事か酷く真顔だ。意外と、こうした感情の見えない表情をするのは彼女にしては珍しい。

 その理由は気になるところではあるが、とりあえず今は


「いやです」

「…………」


 まだ俺は口を開きすらしていないのだが、


「絶対に嫌です」

「………………」


 ふーむ。

 ところで、ファリャと綺真はなんであんな絶妙に離れたところに立っているんだろう?


「……いくつか聞きたいところがあるのですが、いいですかペロロス翁」

「なんですじゃ?」

「その球斧による爆撃は誤発の危険はないのですか? 例えば誤ってぶつけたり、落とした拍子に火を噴くなど」

「もちろんですじゃ、よほど強力な衝撃を与えぬ限り球斧は火を噴いたりせんですじゃ」


 すばらしい! 安全対策はバッチリだな!


「では炎の威力は? どの程度制御できますか」

「制御? 騎士長は異なことを言うですじゃ。わしの球斧はいつでも最高の威力を発揮できますじゃ、一撃で小さな山一つくらいなら焼き払えるのですじゃ」


 なんと! すさまじい火力にもはや敵なしである!


「……周囲に仲間が居る時はどうするのですか?」

「む? ……そうじゃな、あらかじめ退避させるのがよかろう。使いどころをあらかじめ打ち合せておくことで、戦闘の流れを掌握できるですじゃ」


 やはり秘密兵器はここぞという時に浸かってこそだものな!


「……いいでしょう、では使い手は?」

「むむん?」

「斧頭の全面にある火を噴く穴とやらが、持ち手側にも向いているように私には見えるのですが、その斧を振るう者への安全は配慮されていますか?」

「………………」


 さすがオルフレンダ、鋭い着眼点だ。

 だがその心配も杞憂に終わる事であろう。天才発明家ペロロス翁が、その程度の対策を取っていないはずがないからだっ!


「……わしのじい様の代から伝わる、こんな言葉があるですじゃ」

「なんですか、藪から棒に」

「『試行と錯誤は、成功の父と母なのだ』と」


 っ!? なんと、含蓄のある言葉なのだ……っ!

 竜なのに目から鱗が落ちてしまいそうだ。


「なるほど、良い言葉です。心に留めておきましょう。で?」

「む?」

「その言葉に、今、一体どんな意味があるのですか?」

「む……むぅ、はて、えぇと何の話じゃったですかな?」


 深イイ言葉に感化され、俺にも創作意欲がムクムク湧いてきちゃったぜ。

 ようし、ここはひとつ、王自ら偉大なる技術革新のために一肌脱ごうではないか!

 むんっ!

 ──ぬお!?

 想像よりはるかに重い!! 一瞬で腕がしびれてしまうっ!

 おっと、手が滑ったぁ!


「「「あ」」」


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