7話 夏だ! 森だ! ダンジョンだ!

「は?」

「はあ?」

「はあぁあああ!?」


「えーっと……どうかしたの? みんな」


 ズーグを倒した俺達(ていうか倒したのはサビネ単独だが)はベルランド森林に到着し、圧倒的な威容を目の当たりにして立ちすくんでいた。


 本来であればそれぞれが枝葉を広げられるはずの間隔をおいて生育しているはずの樹木たちが異様なまでに密生――いや、もはや密集だ――しており、幹と幹の間が全く空いていない状態だ。

 ぎちぎちと並べられた木の壁の中に、一箇所だけ通路のように突然開けている場所があった。綺麗に並んだ樹木がそこだけ姿を消し、入口のようにぽっかりと口を開けている。人工的な建造物を思わせるような造りだ。

 まるで、迷宮のように。


 いつもの森を想像していた俺とサビネ、そしてロブが呆けた声を上げたのが冒頭のセリフになる。


 俺は引きつった顔で、一人だけショックを受けていない様子のファルに話しかけた。


「どうかしたのって、森がこんなんになったら誰でも驚きますよ。なんすか? これ」


「アルド、敬語を忘れるくらいびっくりしたんだね……。

 私は前のベルランド森林を知らないし、話に聞いただけだから推測だけど。これはね、虚獣による地形変化だと思う。

 虚獣が影響を及ぼすのは生物だけじゃなく、生息する場所にも異状を起こすことがあるの。特に大型の虚獣は大規模な変化を及ぼすんだよ」


 ファルの話からすると、どうやら虚獣が複数集まる場所にはこういった変化が現れるものらしい。恐らく『イマジナリー化』の一種だと思われる。

 ガンドール鉱山の近くに出たアトラナートは群れを成していなかったし、セムの街付近の巨獣は小型から中型の奴らばかりだった。だから今までこういった変化する地形を見たことがなかったのだろう。


「はー。それじゃあ、魔昌石が発見されたというのも――」


「多分、ここにいるアトラナート? のせいだね。――えへへ、初めてアルドに知識で勝った気がする!」


 よしっ! とファルが桃色の髪を揺らして両手の拳を握り、小さくガッツポーズした。

 ちょっとかわいい。


 ぶす。突然サビネの人差し指が俺の脇腹に突き刺さった。


「ちょっ、痛い! いきなりなにするんですか!?」

「ちょっとかわいいとか思ったでしょ? ペナルティ1」

「何の!? そんなルール聞いてません!」

「やっぱりかわいいと思ったんだ。ペナルティ2」

「いてえ! ロブ、助けろ!」


 刺さる人差し指が二本になり、ロブに助けを求めると、


「さっすがファル! 知識と武勇と美を兼ね備えたパーフェクト女神! 一生着いて行くぜ!」

「や、やめてよ。恥ずかしい」

「ふふぉおおおお! 照れる姿も美しいぜ!」


 照れるファルを褒め殺しにしてリアクションを楽しんでいた。あの野郎後でぶっとばす。

 ジト目のサビネから逃れるために、俺は無理やりテンションを上げることにした。

 全員を見渡し、右手を天高く突き上げる。


「さあ! それでは迷宮と化したベルランド森林の攻略を始めましょう!」

「おー!」

「あっ、アルドきゅんがごまかした」

「キャラ違げー。誰だアイツ」


 ロブてめえ、後で覚えてろよ!






 ざく、ざく、と土を踏みしめる音が響く。

 完全に直線となった木の壁に挟まれた通路は人が三人横に並べるくらいの広さで、ずっと奥まで続いている。

 まるで整地されているかのように均された土の上には落ち葉一つ存在せず、改めてこの空間の異様さを感じさせられた。

 俺は左右を挟む形でそそり立っている、樹木の幹が密集してできた木壁に手で触れてみた。

 ざらざらとした感触。樹皮や構成物質は普通の樹木と変わらないようだ。


「まるで人工的に無理やり植え直されたような状態ですね。それもすさまじく精密に。ただ、こんな形で生えた木が生長できるとも思えません。森がかわいそうです」


 おっ、とロブがいたずらっぽい顔を近づけてきた。


「おお? ニヒルでクールでシニカルなアルド様らしくないお言葉っすね。どした? 自然への畏敬に突然目覚めたか?」

「うるせー。俺は虚獣に人生狂わされたから木にも同情心が湧いたんだよ」

「ほほー。おセンチなこって」


 ぺん。ファルがロブの頭を軽くはたいた。「何事!?」とロブが振り向くと、ファルが子供を叱る教師のような顔で睨んでいた。


「人の思いやりを小ばかにするんじゃありませんっ。アルドに謝りなさい!」

「おえ!? ファルが急に年上キャラに!? 俺困惑!」


 あくまで茶化す姿勢を崩さないロブに溜息をつき、ファルが俺に微笑んだ。


「大丈夫。虚獣による地形変化は、虚獣がいなくなれば解消されるの。だからがんばろうねっ」


 純粋な笑みを向けられ、反応に困った俺は苦笑いをし――、

 そこで、あることに気づいた。


「遠くの景色が、霞んでませんか?」

「え?」


 完全な一本道となっているこの森の通路は遥か彼方まで真っ直ぐ伸びている。目を凝らしてもその先が霞んでおり、まるで見えない。

 この森に侵入してからかれこれ2時間は歩いている。だというのに以前として向こう側が見えないのだ。


「ほんとだ。この森ってそんなに深いの?」

「いいえ。確かにいつもの森林なら抜けるのに3時間くらいはかかるでしょうが、これだけ真っ直ぐに歩き続けて向こう側にたどり着かないなんておかしいです」


 俺の疑問に、ロブがのんきに声を上げた。


「真っ直ぐに見えて実は曲がってるとか?」

「目でわからないほど微妙に湾曲してたって向こうには出るさ。――何か、おかしい」


 俺は空を見上げた。

 枝葉が天蓋のように頭上を覆っており薄暗いが、僅かに日光が漏れてくる。白い光だ。


 ――白い光?


「俺達が森に入ったのって、午後4時くらいでしたよね?」


「――!」


 サビネが目を見開いた。彼女も気づいたらしい。


「時間が、経ってない……!」


 そう。いくら今が夏だとはいえ、午後6時半にもなれば日は沈みかけているはずだ。

 なのに葉の間から姿を覗かせる太陽は天頂に居座り、明るい日差しを投げかけてくる。

 俺達が、この森に足を踏み入れたときのまま。


「みんな、一度引き返すよ!」


 焦燥感に駆られたサビネが叫んだ。俺達は無言で彼女に従い、来た道を走って戻り出す。


 2時間ほど駆けただろうか。出口は一向に見えない。俺は空気を求めて喘ぐ喉から言葉を搾り出した。


「さ、サビネ、さん……!」

「さ、サビネ、で止めてくれれば、心の、距離が、縮まったのに……!」

「言ってる場合じゃないですよ……! これ、出口、なくなってるんじゃ……!?」

「あたしも、そう、思った、ところ……!」


 足を止め、膝に手を突いて荒く息をつく。

 2時間走りっぱなしはさすがに堪えたようで、ロブとファルも大きく呼吸を繰り返していた。


「はあっ、ぜえっ。――なんだよ、この森!?」

「ふぅ、ふー……。ど、どうやら、ループ、してる、みたいだね。――はあぁ」


 汗を拭い、改めて周囲を確認した。

 全く代わり映えのない、木の幹が立ち並んで壁を形成している一本道。向かう先は霞んで何も見えない。


 このダンジョン、いきなり難易度高くねえか!?

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