6話 行くぜ! ベルランド森林!

「あ? ガキが夜中出歩いてるんじゃねーぞ。痛い目に遭いてえのか?」


 彼女の発散する剣呑な気配は、酔っぱらいには伝わらないらしい。男たちは酒臭い息を吐きながら詰め寄っていく。

 男たちをよく見ると、回っていなかった呂律とおぼつかなかった足どりが回復している。彼女の殺気に当てられたことで神経が覚醒したのだろう。彼らの肉体自身は怯えているという証拠だ。

 しかし、子供にナメられてたまるかというプライドが邪魔をしているのか、それとも脳ミソはまだ酔っているのか。酔漢達は小柄な人影を取り囲んだ。


「お尻ぺんぺんされてえか?」


 男の一人が彼女に手を伸ばした瞬間、彼女がまぶたを僅かに開いた。

 濃い緑色の瞳が燃えるように輝き、俺の脳裏に焼きつく。


 ゆらり。

 陽炎のように彼女の体が揺らめき、いつの間にか男たちの背後に移動している。あまりに滑らかな足運び。まるで男の体を透過したように感じた。


 ごす、がりがりがり。どす。

 男は糸が切れたようによろめき、頭を壁にこすりつけながら倒れた。

 残りの二人も同様に地に伏している。


「ぶ、ぶらぼー」


 俺は思わず拍手をして彼女を賞賛していた。

 ぎろ、と睨まれて手を止める。


「見えたのか?」


「え!?」


 何か見てはイケないものを見てしまったと思われているのか?

 見てないぞ断じて。


「ぱ、パンツとかは見えてませんでしたよ?」


 初めて彼女が表情を崩した。

 何言ってんだこのアホは? という蔑んだ顔だが、先ほどまでの硬い顔よりは怖さが減少した。


「私があいつらを寝かせた技だ。見えたから賞賛したのだろう?」


 なんだ。びっくりした。そっちか。


「あ、ええ。ほんの一瞬だけ首の血管を指で圧迫してましたね。タイミング、血管にかける指の圧力、速さ。全てが素晴らしかった」


「ふふん」


 彼女は軽く笑い、


「この暗さでそこまで見て取れるとはな」


「目だけはいいんです。見えても体がついていきませんけど」


 俺に横顔を見せて走り出した。

 あっという間に姿が見えなくなる。

 彼女の笑顔が妙にくっきりと頭の中に残っていた。







「あの頃はクールキャラだったんだよなぁ……。デレが激しすぎるだろ」


「なあに、アルドきゅん?」


「いえ、何でもありませんよ」


 ヴァンパイア・バットを撃退し、俺達は縄梯子を登って地上に出た。

 出入り口は土がひさしの様に盛り固められている。埋まってしまわないように工夫されているのだろう。

 その出口は街をぐるりと囲む塀から少し離れたところに開いていた。

 ロブが周りを見て嘆息する。


「遠目から見ると気づかないもんだなあ。うまく隠してあるぜ」


「街を警護するお前が見落としていたとはな。職務怠慢じゃないのか?」


「うっせえ。外うろついてるお前らハンターどもも気づいてなかっただろうが」


 膝に付着した土を払うロブといつもの掛け合いをしていると、


「アルド。どうしてロブにだけ敬語を使わないの?」


 ファルが紫の瞳を向けて、不思議そうに首を傾げている。

 俺は苦笑いを返した。


「まあ……。9年一緒にいれば気安くもなりますよ。それより、森に急ぎましょう」


 俺の言葉にサビネが手を上げた。


「なし崩し的に出てきちゃったけど、準備大丈夫? アルドきゅん」


「あんまり良くないですけど……街には戻りにくいですし。まあベルランド森林なら半日で行って帰ってこれますから食料等は心配ないでしょう。後は装備ですが」


 みんなを改めて見る。

 サビネは黒装束に身を包み、腰に短刀を下げている。スローイングナイフもまだ何本か持っているはずだ。

 ロブは衛兵の格好なので胸、肘、膝を覆った軽鎧を装備。更に槍を背負っている。

 ファルは平民の服だが、レイピアを持っているので武器の心配はない。まあ、彼女には魔法もあるから大丈夫だろう。


 と、ファルが俺の手を観察している。また何か質問か?


「どうかしました?」


「アルドは武器を持たないの? 小さなナイフは持ってたけど」


 ハンターのはずの俺がロクな武装をしていない事を疑問に思ったらしい。

 ファルに右の手のひらを見せた。


「ああ、俺は左手が少し不自由なので重いものが持てないんですよ。だから身のこなしを優先して大きな得物は持ち歩かないようにしているんです」


 なるほど、とファルはあっさり納得した。


「そっかあ。まあ君には無敵の『意識逸らし』があるからね!」


 ファルは俺の能力を過大評価しているようだ。手を振って否定する。


「そんな万能じゃないですよ。一度に一体にしか効かないので大勢の敵に囲まれたらやられますし、効力は長くて2秒くらいです。それに俺から5メートル以内の生物にしか効き目が現れません」


「おーい、はよせーい。置いてくぞ」


 ロブの呼ぶ声。まだ質問したりなさそうなファルを笑顔で促し、森に向かって出発した。






 ベルランド森林へは徒歩で2時間ほどの距離だ。それだけの時間をかけて平原を歩けば当然モンスターに遭遇する。

 が、いたのは小型の虚獣だった。

 『ズーグ』。ネズミのような姿をした、赤い毛皮に覆われた虚獣だ。ただしその体躯は中型の犬くらいのデカさを誇っている。

 こいつは手足だけが黒い文字に覆われており、頭部及び胴体は生身なのでアトラナートとは違い、栄養のために生物を捕食しようとする。


「おっ。ベール平原に虚獣が出るのは珍しいですね」


 思わずこぼれた俺の言葉にサビネが頷く。


「そうだね、ここ半年くらい見なかった。また増えてきたのか?」


「森で発見されたという魔昌石におびき寄せられているのかもしれませんね」


「ちょ、ちょっと! 虚獣だよ!? そんな落ち着いてて大丈夫!?」


 のんきに会話をしている俺達を見て、ファルが慌てている。

 彼女を安心させようと俺は不敵に笑った。


「まあ、見ててくださいよ。――さあ、サビネさん! やっちゃってください!」


 びしっ。キメ顔でネズミ型の虚獣を指差す俺をファルが「えっ!?」という目で見た。


「人任せ!? かっこ悪いよアルド!」


「だって俺、魔法使えないですし」


 サビネは俺の他力本願な頼みにも怒ることなく笑顔で軽く頷き、左手をズーグに向けた。

 魔力をポートから引き出す気配とともに彼女の手のひらから火の玉が放たれ、大ネズミに着弾。

 毛皮が燃え上がり、更に手足から文字が払われて肉体が露出した。これでヤツはただのネズミだ。でかいけど。


 それを確認したサビネの姿が消え、次の瞬間には短刀を振り薙いだ姿でズーグの背後に立っていた。

 ずるりとズーグの頭部がズレて地面に落ちる。同時に彼女が刀を背中の鞘に納めた。きんっ、と打ち合わされた金属が軽やかな音を奏でる。

 刀身に血液が付着しないほどの鋭い太刀筋。敏捷性に優れるホビットの中でもトップクラスの速さだろう。


「いっちょあがりっと」


「フゥー! かっこいいですサビネさん! 魔法も剣術も超一流!」


 太鼓持ちのごとくサビネを賞賛していると、目を点にしたロブとファルが口をあんぐり開けていた。


「何だ今の動き? 何モンだよお前」


「すっ、ごぉーい。サビネちゃんてもしかして、ホビット族の人?」


 ふふん、とサビネが片足に体重をかけ、大人びたポーズをとった。


「図体ばっかり大きくってもしょうがないってこと、分かった? あまりあたしをナメないことね。人間の尺度だけで物事を測ってると痛い目見るよ」


 満足げなサビネ。

 彼女に納得していない様子のロブが詰め寄った。


「いやいやちょっと待てよ! ただのガキじゃねえのは分かったけどよ、ホビットにしてもあの動きはおかしいだろ!? お前いくつだよ!」


「鍛えた。それとあたしは18。ガキじゃない」


「いくら鍛えても18であそこまで強くなれるヤツなんてそういねえっつの! 何年修行してんだよ!?」


「物心ついたころにはもうしてた」


「ついてから始めろ!」


 ツッコミが止まらなくなったロブはほっといて、俺はファルにイヤミな笑いを向けた。


「俺じゃなくてサビネさんに声をかけた方が良かったと思ってません?」


 無理に否定するか、苦笑いを返される。

 そう思っていた俺に、心の中を見透かすようなファルの透明な視線がぶつかった。表情が完全に消えている。

 しかしそれは一瞬だけだった。すぐに顔をほころばせ、


「んー、でも私は君に期待してるの。アルドはまだまだ何か持ってる気がするんだぁ」


 にっこり笑ったファルのあどけない笑顔に、妙に薄ら寒いものを感じた。

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