第8話 ハラグチ reflected in the mirror

「……気が合うね!」

 ハスキーな声。

 嫌んなるぐらいさわやか。奴の背後にはダリアが咲き乱れる。

 男にしては長めのサラサラ金髪がなびく。ほんの少し、ハラグチの足が止まる。頭の奥が熱を帯びる。眼をまっ開いて踏み込む。

「とーい! といとい? とーい!」

 鉄鍋が金髪男の取り出した光るものにぶち当たって弾かれた。

「その目、いいね! もっとわたくしを見なさいよお!」

 金髪男はまた一歩つんのめりながら近づく。つま先で立っている。両者キスするぐらい接近し、代わりにお互いの得物を交わし、見つめ合う。

 


 狙いは、金髪男の左肩のローソク。

「シュート!」

 ティアラの使い魔から半透明な液体がき出す。

「人のッ、鏡」

 金髪男は人の形のまま一枚の鏡になった。液体は鏡に当たると勢いを増して跳ね返り、ティアラを目指した。「あぶねえだ!」アクエリが身をていして液体を受け止める。

 金髪男は元の姿に戻ると手鏡をいやらしくめ回した。そうして濡れそぼった鏡を眺めている。


 金髪男に気を取られていると、ぬっと巨大な犬が飛び出してきて俺に噛みつく。そのくせこの犬、俺から近づこうとするとさっと距離を取る。足が長く耳のれた、面倒なボディガード。

 左手は握りしめたまま。熱くて親指がイカれそうだ。でも、まだまだ。


 さっさと殴りに行こうとすると「待ちなさい」とティアラが声を掛けた。

 深く息をつく。幻聴だ。あいつは俺が突っ込むのを嫌がる。いつも俺のことを心配している。いつも俺を止めようとする。


 ティアラは、俺に完全にれている。でも彼女はツンデレなんだ。

 参ったね。

 仕方ない。俺は足を止めた。


 犬なら。

「安っぽいスープ。なのに食いたくなる、弾ける小麦感! 1.5倍スーパーカップ!」

 大きめの容器のカップラーメンがどどどんと数十個、犬を取り囲む。ぺらり、ふたががれ垂れ下がり、しょうゆ、塩、味噌、豚骨ラーメンのにおいをゴルフ場にまき散らす。


「待て」

 金髪男の声に犬はぴたり静止。長い鼻はひくついてスープに浮かぶ豚肉を食べたいと物語ものがたる。しかしその目は金髪男の顔から離れなかった。ハラグチは舌打ちる。 


「ペプシ アイスキューカンバー!」


 ティアラの使い魔から鮮やかなエメラルドグリーンの液体が噴き出す。それを見て犬は飛びすさるがジュースの粒が体を濡らした。鼻をひくつかせ犬は目をいた。


 俺はやかんを手に前進。ジュースに濡れてカメムシのにおいを振りまく犬に突っ込む。嗅覚が敏感な犬にはさぞ、きついだろう。犬は後ずさり。後退するより前に出る方が速い。犬の腹の下に潜り込んだ。やかんに熱湯を満たして投げつける。犬はギャンと悲鳴を上げて逃げた。


「聖犬ライカにおいたする脇役モブの皆ッさ~ん? もしこの子が命を絶たれれば、その身にぬぐっても拭えぬ苦痛を与えますよ。それにしてもわたくしはウ・ツ・ク・シ・イ!」

 金髪男が抑揚よくようたっぷりに語る。犬は新月がたたずむ空に向かって吠えた。でもまだ自前の一張羅いっちょうらについた臭いを気にしている。


 そうかい。

 これ以上、汲詛damnをもらうわけにはいかない。

 犬がダメなら。本体を仕留しとめてしまうまで。


 犬――ライカが邪魔する前に。

 左手から火花が散る。燃え尽きちまう。駆ける。

 金髪男。

「だしのうまみ、しょうゆのコク、具はニトログリセリンをたっぷり!」

 ハラグチは左手を振るう。熱がお茶碗に変換される。薄茶色に色づきしいたけ、にんじん、ごぼう、こんにゃく、油揚げの入ったご飯はおこげのにおいが立ちこめ、上に導火線に火が点いたダイナマイトが乗っている。

 

 火薬御飯。


 ハラグチのほおったお茶碗からぎらぎら光る分厚いくちびるの口が生えて火を吹いた。それにおがくずを燃した白煙が続く。爆炎は指向性を持ち、金髪男に炎を浴びせた。対して金髪男は口をとがらせ手鏡を突き出した。


 煙がむと、金髪男の姿は見えなかった。

 逃げたか。


 でもおかしい。

 いつもの、あかい光が見えなかった。

 そして何より。

 

「こいつは何だァ」

 鏡。大きな鏡がハラグチを取り囲んでいる。数えてみると12枚。鏡の向こうでライカがハラグチに向かってうなっている。

 鏡をのぞき込む。


 なんじゃ。

 鏡の中に俺がいて、そのまた向こうに俺がいて、そのまた向こうに俺がいて……。

 そういや聞いたことがある。合わせ鏡。振り返る。周りを見る。

 ?


 目をこらす。

 いる。

 鏡の中に、金髪男がいる。鏡の中で手鏡を眺めている。

 

 金属音が鳴り響く。ハラグチは顔を上げた。

 虚仮とバリスタの戦闘が激しい。乱れに乱れた髪型を整えている暇はなさそうだ。


 鏡を触ってみる。入れない。

 なら、これだ。

「踊る茶釜、分福ぶんぶく茶釜、火ぃべてぶくぶく茶釜、無窮の煮え湯、沸いて出ゆ」

 ごぼごぼとうなる鉄器がハラグチの手にあった。ひょいとそれを鏡の中の金髪男に向かって投げつける。


 は?

 何かにぶん殴られたかのような衝撃。熱い!

 まるで鉄製の何かを押しつけられたような痛みを感じた。そして何か熱い液体をぶっかけられたような感触。

「ギュヒィィィィィィィィィ!! うごがぐげひへぐggggggggggggggggggeeeeeeeeeeeeeeew!」

 ハラグチは悲鳴を上げて転げ回った。自分の体なんてなくなってしまえばいいのにと強く願った。ひどい痛みが肌を焼く。それを見て鏡の中の金髪男は腹を抱えて笑う。


 金髪男は隣の鏡に移っていた。ハラグチは暴れ回る元気もなくなってただ痛みに耐える。やがて立ち上がった。


「つまり、だ。……俺は鏡に映った俺を攻撃してしまった」

「正解!」

 金髪男の声が12chサラウンドで聞こえる。


 何か変だ。

 ハラグチは見上げた。鏡と鏡の境目がない。

「これ」

 見回す。

「どこを見ても鏡……だ」

 とまどう。

 ある方向を見ると俺がいて。やはり合わせ鏡のように延々と続いている。俺の列がざっと30列はある。体から力が抜けてへたり込む。まれに金髪男がひょいと現れては消えていく。下手に攻撃したら、被害をこうむるのは俺かもしれない。

 鏡の中に、閉じ込められた。

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