第7話 今日もフミョウは戦力にならない
スイは向こうのお年寄りに行ってしまった。
女と亀が、ヤマザキの前に残った。
「あたしは
お団子ヘアーの女が亀を指さして微笑する。ヤマザキは黙ってナイススティックを構える。手のひらからにじむ汗が、甘い生地にしみる。
さっさと決着をつけて、他の援護に回りたい。
ヤマザキは全速力でジグアンシンに接近。ジグアンシンは微動だにせずに半身で待ち受ける。
困った。動きを予想しようがない。しかも素手だ。でもダメージは与えておきたい。
どこまで我慢する?
迷っている間にどんどん近づく。
まだ。
動かない
もう。
動かない
いけっ。
微動だにしないジグアンシン。もう目と鼻の先。
まさか立ち止まるわけにもいかない。前傾し、ナイススティックを横に振るう。
と、ジグアンシンがしゃがんでその一撃をかわした。ぐいっと懐に潜り込み、伸び上がる。ヤマザキは体をそらす。あごに痛み。脳が揺れる。
ジグアンシンは前進。手を伸ばす。ヤマザキに組み付く。首に手をかける。ヤマザキはナイススティックを振り上げる。ジグアンシンはヤマザキの手をキャッチ。
ぷるぷると二人は震える。力比べ。少し、ジグアンシンが押している。その間にゆっくりと亀が動く。
ティアラの声が飛ぶ。
「ヤマザキ! 後ろ!」
亀がヤマザキの背中に近づいている。ヤマザキは仕方なくジグアンシンを振りほどき、後退。
なるべく、
玄武とかいう亀は動きが遅いからともかく、ジグアンシンはガンガン寄ってくる。ジグアンシンは重心が低く、戦い慣れている感を受けた。
と、突然ジグアンシンは前傾姿勢で飛び込んでくる。ナイススティックを振り下ろすが身を揺らして回避。そのままヤマザキの足に取り付いた。足首をひねる。ヤマザキは尻餅をついて倒れた。
手強い! それでも、ローソクの火を消せば。
ヤマザキは左手を振るう。
「お見通しィ」
ジグアンシンは、にいいっと笑って。右手でヤマザキの左手首を掴み、地面に押しつける。そのままヤマザキに乗った。左手でのどを
頭突き。
何かがつぶれた音がした。ヤマザキの意識が飛ぶ。
「ふうううぃぃぃぃぃいいいい!」
ジグアンシンは両手を宙に突き上げた。
手。
ジグアンシンの腰を、かすかな力でヤマザキの右手が握る。
ひゅん。ジグアンシンは耳を
ジグアンシンは顔を上げる。
たくさん。
ローソクの光に明滅する、白いものがたくさんそこらに浮いて、横回転している。ヤマザキの左手もジグアンシンの右足を掴む。ジグアンシンはヤマザキの体に掌底を叩き込む。だが、離さない。
「ランチパック……謝肉祭」
ジグアンシンは息を
無数の四角いパンが光に集まる蛾のように集まってきた。ただその回転速度は強烈で、頭痛がするような高い音が響く。逃げ出そうとするがヤマザキが離してくれない。仕方ないので伏せる。と、ヤマザキがジグアンシンの肩に手を掛け、押し上げた。
「くあっ」
うなるランチパックが次々とジグアンシンに襲いかかった。あらゆる方向から飛来。足にはヤマザキの足がからみつき、逃げようがない。
血しぶきが舞う。パンからツナマヨやら卵やらピーナッツクリームやらが弾けてこぼれる。ジグアンシンは無数のランチパックに襲われ、ただ顔だけを両手で守った。
「……なあ。レスラーってのは、いくらダメージを受けても立ち上がるんだ」
ジグアンシンの声はやけに弾んだ。耳から血が流れ出る。下のヤマザキは血を吐く。鼻血が止まらない。呼吸困難。口で息をする。
その様子をジグアンシンはつぶさに見ている。これなら自分が優位だ。
なんだ? ヤマザキは右に目をこらす。
横に平べったい顔。先端がやけにとがって。その口がくわっと開く。ヤマザキは後ろに転がった。
玄武だ。玄武がヤマザキを呑みこもうとした。素早く立ち上がる。息がつらい。
正直……今、ジグアンシンと玄武から逃れ続ける自信がない。
!?
左。
闇の中から近づいてくる気配。
ここまで、か。
逃げるにしても今の自分ではすぐに足が止まるだろう。
最後に一太刀。どうやって。目がかすむ。
……速い。
ヤマザキがナイススティックを構える間もなくその男は、ヤマザキの隣を抜け、うなり声を上げながら、ジグアンシンに挑みかかっていった。
聞き覚えのある声。
スイの声。
ヤマザキは上を向いて、ふるえる唇から息を吐き出した。
生き返ったみたい。
よし。
玄武に向かう。
自分を憎み、殺そうとする奴がいる。
憎まれることはうれしいことだ! ジグアンシンは目を見張ってスイを見やり、身を低くした。
スイはやりにくさを感じた。胴体への攻撃が難しくなる。その体は少し濡れている。むせかえる血の臭い。おそらく、彼女の血だけじゃない。
あんなに激しく戦ったのに、不思議と疲労が抜けていく。どういうこと?
たぶん、さっき食べた缶詰の力だ。
もうひと踏ん張り!
何かがボクの背中を押す。ボクはダッシュ。フォークを突く。ジグアンシンは身をよじってかわし、ぐっとボクに寄ってきた。その手がボクの右手を掴む。ボクは左手でフォークを持って振り下ろす。ジグアンシンはボクの体に絡みつくようにして対処。
え?
ジグアンシンはボクを掴んで、持ち上げた。
だめだ。もっと、こう。小さく当てていかないと。モーションを見切られてる。この女、ボクの攻撃を
しかしフォークは空を切る。ジグアンシンはボクの肩に乗っかった。どうする? ボクは両手で掴もうとする。ジグアンシンの両足首がボクの首に絡み付き、ぐるん、首飾りみたいにぶら下がった。
ふざけてるのか? ボクはフォークを振り下ろす。ジグアンシンは大きく右に揺れてよける。もう一度! ジグアンシンは振り子のように左に揺れてよける。こんな……。そうだ。根っこ……足をぶった斬ってやる。ジグアンシンは勢いをつけて右に揺れた。耐えられない。ボクは立っていられず、地面に叩きつけられた。くるり、後転してジグアンシンがコロコロ笑い声。
鈍い音が響いた。後ろで玄武がひっくり返っている。まもなく、ヤマザキが姿を現した。そのままジグアンシンに向かう。暗かったけど、ジグアンシンが顔をしかめるのがわかった。
「こりゃまいった! 殺されちゃうのはいやだから、あたしはこのへんでおいとまするよ! さよならイケメンくぅ~ん!」
ぶんぶん手を振って、ジグアンシンは玄武に向かって走った。ヤマザキが追う。そして玄武に手を触れる。うなりを上げるナイススティックがジグアンシンを捉えた。だが音はしない。
ヤマザキは下を向いた。
ジグアンシンと玄武はあかい光を残して消えた。
……助かった。
なんだか、変。ヤマザキが、天使に見えた。……うーん。違う違う。またボクってやつは!
「さっきは……ありがとう」
ボクから言おうとしたのに、ヤマザキから言われてしまった。
ヤマザキが膝をつく。
「ゥゥ、ゥううううううんッ……」
しぼり出すように息を吐き出す。
「どうしたの?」
「少し、ダメージがある。……休めばだいじょうぶ」
金属音に顔を上げる。
ああそうだ。向こうでは、まだ戦闘が続いている。
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