第6話 物語の

「痛い離してッ!」

 バリスタは身をよじる。カマキリの両前脚が食い込んだ肩から血が噴き出た。

 ボク達は一斉にカマキリに飛びかかり、武器を振り下ろす。よろよろとバリスタが前脚から逃れ出た。


「いる! 他にも」

 小さな炎がボクたちの周りを囲んでいる。1、2、3……4つ。

 ボクはパンツにpinoのピックを引っかけ、雪見だいふくのフォークを両手で握る。



 カマキリの背後にはおそらく夕食であろう人影が潜んでいる。ああ、他に。

「囲まれてるナア!」

 ハラグチが叫ぶ。

 闇に慣れた目に、ローソクの光が加わって暗闇でもそれなりに相手の姿が見える。左から亀に乗った女子。右から犬に乗った男子、後ろから象に乗った女子。

 そしてバリスタはうめきながらひたすら脇腹の痛みを訴える。


 ボクはカマキリに向かった。とにかく、バリスタを守らなきゃ。ボクに、注意を引きつけ、倒しきる。荒く息をして、ダッシュ。カマキリの後方から「来たぞりゅうじ! 喰えし!」と、女子の声が響く。

 りゅうじってのはカマキリの名前かな。


 りゅうじは前脚をきれいに揃え、横に突き出た目でボクを見つめる。鎌が異様な光を放つ。

 胴体を狙うには、りゅうじに深く接近しなければならない。内蔵を刺せば動きが鈍るに違いないが……危険か。カマキリって夜目はどこまでくんだろう。

 カマキリには表情がない。何を考えているのか。それとも。


 このままグズグズしていても何もいいことはないだろう。

 いつでもカマキリの動きに対応出来るようにすり足で近づく。そして不意に一気に跳躍。

 ボクはフォークを突き出した。手応えがあった。腹部に突き刺さる。

 

 ぶおん。

「……ぐわッ!」

 自分の口から言葉にならない音が漏れた。カマキリの両腕がうなりを上げ、ボクの肩に食い込んだ。痛みに耐えながら、後退。血が体をつたう。


 カマキリに先に一撃を加えたのはボクだ。

 ……そうか。昆虫は痛みを感じないのかもしれない。

 それはやっかいだ。攻撃が成功してもすぐに反撃が来る。ゲームで言うヒットストップがない。

 歯を食いしばる。首筋に生ぬるい汗が浮かぶ。

 りゅうじが、にじり寄る。身長は3mくらい、でも斜めに立っているのでボクより少し高いぐらいに見える。


 まるでロボット。ボクを食べるために生まれた。

 脇からも嫌な汗。手がふるえる。


 銃声。


「くぅっ!」

 ティアラが声を漏らす。

「どこかから撃たれたわ。……止まらないで。動き回って」

 人の心配をしている余裕はなかった。

 両鎌が振り下ろされる。その予備動作モーションはわずかだ。でも自分でも信じられないくらい、体が勝手に反応して、後退。自分に驚く。


 そうだ。

 ボクは、スクワイア。


 そして迫る前脚を、かいくぐって、すきを見ては一撃を加え……たいのだがりゅうじは休みなく攻めてくる。あまり後退するとティアラの身が危ない。横に逃げてカマキリを引きつける。視界が変わって戦場全体が見えた。



 ティアラがアクエリとかいうつぼをあてがい、バリスタに何か飲ませている。

「ああ、回復するやつだあ。ありがとう」

「あれもおそらく敵よ!」

 ティアラが岩を指して叫ぶ。バリスタが「OK! 撃ってみる!」と応じる。バリスタの目の前に木製の機械が現れ「お豆をいてえ。ってえ……狙ってえ……撃つよ!」バリスタが機械から手を離すと、巨人用コーヒーカップが唸りを上げて機械から飛び出し、岩にぶち当たった。コーヒーカップは耳をつんざく音とともに割れ、破片になって突き刺さる。


 土煙の中から、じいさんが姿を現した。手に首の長い鳥を抱えている。


 少しずつ、腕が、足が重くなる。りゅうじの前足は重く、押され始める。鎌が、ボクの顔をかすめる。鋭い痛み。


 なら、これはどうだ。

 ボクはマントに力をこめる。ボクの体が浮き上がる。

 空を飛ぶのは、気を張る。疲れる。でも、空中にいれば、りゅうじは戸惑とまどうかもしれない!

 ボクはりゅうじの後ろに回り込もうとする。だけどりゅうじは回転しついてくる。仕方ない。ボクは正面から襲いかかる。

 

 両の鎌が飛んでくる。ボクは体をひねってかわす。

 そうか空中でもお構いなしか。ボクは後退するとあっさり地面に立った。ここで体力を消耗するわけにはいかない。


 そうだ。

 ボクのパンツにはもう一つの武器がさしてある。さっき邪魔なのでここにさしておいたやつだ。さあて。

 でも、これは短い。つまようじをカマキリに突き刺すまで接近したら、鎌のエジキになりかねない。


 あ。


 ボクはつまようじをパンツから引き抜いた。持ち上げ、振りかぶって、素早く投げつける。わずかだがりゅうじの筋肉がちぎれる音がした。いける! ボクが手首を返すと手の中につまようじが現れた。投げつける。


 カマキリが接近してくるたび、ボクは反時計回りに後退。投げると手に新しいつまようじが握られている。矢継やつばやにに投げつける。


 りゅうじは機械だ。ずっと同じ行動をとり続ける。

 駆け引きしない。ただシンプルにボクを殺しに掛かる。

 りゅうじの体が揺れる。


 効いてるのか?


 そうだ。駆け引きする相手じゃない。


 ボクはつま先に力を込めて芝生を蹴る。急接近。着地すると、渾身の力を込めてフォークを突き上げる。

 嫌な音がする。体液が漏れる。りゅうじの体が、がくんと沈む。


 りゅうじの後方に、誰かいたはずだ。ボクは駆ける。揺れるローソクと人の気配。

「来るんかよぉ。ふざけやがってぇ……」

 ボクはその声の主にピックを投げつける。しかし忽然こつぜんとローソクの火と人の気配が消えた。


 りゅうじは動かなくなった。ティアラのもとに駆ける。羽音がしてそちらを向くと何かいる。ああ、またドローンだ。きっとボクを撮っている。

 甘い香りがした。ティアラのまぶたがくいっと上がる。

「コケッ!」

 ティアラが鳴いた。戻ってきたボクは目を丸くしてティアラを見つめる。

「違うの。……虚仮こけ

「こけ?」

 ティアラの見つめる闇の中。白いヒラヒラしたものがひるがえる。それはこちらに迫ってくる。しずしずと歩いてくる。

「撤退するわよ」

 ボクは振り返った。ティアラはボクの視線を避けるようにヤマザキにも呼びかける。

「逃げようにも!」ハラグチが鍋を振り回しながら叫ぶ。「敵が近すぎるなあ!」

 血まみれハラグチは微笑んで、声は浮かれている。 

「ふええええええええん。もう嫌だ。もう……」

 フミョウはしゃがみこんで動かない。


「アクエリっ。行ける?」

充填じゅうてん完了」

 ティアラがアクエリをふわふわ従え、歩み出た。足から血が垂れる。

「おなかがすいたゾウ……」

 野太い声が響いた。

 地響きも勇壮に象が迫る。

 瓶を手にし、その口を象に向けると、黄色の液体がほとばしった。象の顔をしとど濡らす。やがて象は頭を震わせて高くいなないた。

「トンキー?」象の背中から、男子の声がする。「目が見えないんだね。ちょっと待っておくれ」

 象の背中から、小さな炎が見えた。

「確執のコーラ」

 ティアラが左手を上げるとコカコーラとペプシの500ml缶が2本頭上に現れ、激しく回転。左手を振り下ろすとプルタブが引っ張られ、中の炭酸飲料が噴射、推進力を得てぶつかり合いながら象に向かってすっとんでく。コカコーラが夕食の男子にぶち当たってひどい音がした。


「……ちくしょう。退がるぞ」男子は這いつくばって背中に戻る。象はティアラの追撃を身をていして防ぎ、よろよろときびすを返し、闇に消えた。


「あの男には絶対に近づかないで」

「男?」

 ボクは目をこらす。全身を覆う純白の外套、その手に武器らしい光沢、肩にかかる髪、そしてすらっとした細身。

「でも、誰かが止めなきゃ」

 ボクは進み出た。

「ダメ。私が行く。あなたの身が危ないの」

 バリスタの言葉が強い。反論する間もなくそのまま虚仮に向かう。

「援護するね」

「ダメ。援護なら他の子をお願い。でも本当は……怖いけど」


 肩口の傷がしくしく痛む。

 でも、この一秒一秒の間にあっちでもこっちでも戦闘は続いていて、ボクが加勢に入れば戦況は有利になるはずだ。休んでなんていられない。



 ボクは……。

 振り返る。ヤマザキが巨大な亀と戦闘中だ。援護に向かう。

 全長5mほど。顔が異様にとがっている。そばにはローソクが付いた女子がいた。


 !?


「お前はッ……!」

 前髪パッツン、ショートカット。顔をすっぽりとおおうマスク。水着がほのかな光を受けて光っている。右手から生えるローソク。

 顔は見えないけどわかる。生物兵器テロの犯人だ。


「やあ、イケメン君。昨日ぶりっ!」

「あんなことをしたの? どうして」

「自分の胸に手を当てて聞きなさい」

 どういう意味だろう。……どうでもいいや。ただ、お前のローソクを折るだけだ。


 銃声。でもそんなのどうでもいい。

 ボクの何かがはじける。

「ぐぅあああああああああ!」

 ボクは叫びながらマントを広げ、低く飛んだ。

 !?

 体がぐらつく。ボクは必死で地面に足をつく。よろけ、転んだ。大丈夫。けがはしていない。ああ、マントに穴があいている。


 あっちだ。さっき壊した岩。煙がもうもうと上がっている。歯をかみしめる。ちくしょう!

 ボクは立ち上がると走り出した。踏ん張るたびに傷がうずく。


 じいさんが、翼を広げた鳥をいじり、やがて鳥の足と、胴体をつかんだ。そして、ボクをにらむ。

 その指が動くのを見て、ボクは身を伏せた。銃声と煙。

 やっぱりだ。あの鳥の口から弾が発射される。


 ボクは立ち上がった。もうすぐ……。

 ダッシュ。じいさんが火薬と弾をめ……る前に。

「ぐうううあッ!」

 ボクはフォークを強く握って。

 と、鳥がはばたいた。じいさんの手から飛び立つ。ボクに向かって脚を伸ばす。ボクはわずかに遅れた。鳥の爪がボクの胸にひとすじ、傷をつける。ボクは痛みをこらえ、鳥に向き直る。鳥は舞い上がった。

 今は。

 こっちだ。

 ボクはじいさんにフォークを突き出す。と、鳥がまたもボクに襲いかかる。それは予想できている。ボクは鳥の爪がボクに届くより先にフォークを突き刺す。


 鳥が突っ込んできた速さが、鳥自身へのダメージに変換された。

「残雪!」

 じいさんが叫ぶ。

 鳥はぐったりと芝生に落ちた。

 悪いけど、急いでいるんでね。

 ボクは小さく跳んだ。目をこらす。肩に揺れるローソクを見た。一心にフォークを突く。じいさんは震える手で。火縄銃をぬっと突き出した。

 

 銃声。


 じいさんはゆっくりと、倒れた。真っ赤な石が体から抜け落ちる。


 よし、これで。

 体は重い。疲れている。でも。

 あの女を仕留める!

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