第2話 よろしく。新しい、母さん。

 母さんが、知らない父の遺影しゃしんを持つ。

「では、これは君が」

 係員に言われてボクは遺骨の入った包みを持たされた。

 バスに乗り、細い道を通って行く。青い案内標識で、ここが仙台近辺であることがわかって深い息をつく。バス内は大人達の笑い声が爆発している。

 ♪チーン。

 ワイングラスがぶつかる音が後ろから聞こえる。酔った大人達の声は大きくなった。

 

 バスは仙台駅東口らへんを進み、シティホール仙台という建物前で降りた。

 ホテルみたいな建物に入ってエレベーター。そして骨壷の包みを係員に渡すと、大きな和室に入って待機。

 大人達はTVを観たりしてくつろいでいたけど、ボクは居心地が悪かった。だって知らない人ばっかりなんだもん。

「疲れた?」

 ティアラがお茶を淹れて持ってきてくれた。落ち着かない。

「別に」

「あなたって、色々な花が咲くのね」

「花?」

 ティアラはボクの後ろを指さす。振り返って。

「花なんてないけど」

「鏡でも見ればわかるんじゃない」

 部屋を出てトイレに入る。

 !?

 誰?

 

 そう。ボクは転生した。別人になった。

 それにしても。これって。顔に手を当てて。その彫刻みたいな造形を確かめる。

 こんなきれいな顔、見たことない。ちょっとビビるぐらい。

 そして。

 ボクの後ろ。ボクを囲むように、ラベンダーが咲いている。

 壁に寄りかかる。

 心の整理をする。



 和室に戻ると、みんな同じ階の部屋に移動を始めていた。

 その部屋の奥には、何かの儀式でもするみたいに花や食べ物が積まれていた。真ん中にはボクの父さんの位牌。知らない大人達がまた増えて椅子に座っていて、大人同士で面白くない話をして笑っている。ボクの隣にティアラが座った。参ったな。ボクはハアハア息をする。

 ティアラはなんともいえない表情で。

「どう? 新しい自分は気に入った?」

「・・・うん」

 ボクはどう答えていいかわからない。


 黒くて高い帽子をかぶりキラキラ光る和服を着込んだおじさんが丸みを帯びた攻撃力の低そうな棒を持ってピカピカ光る歩きにくそうな敏捷性が落ちそうな靴を履いてカッポカッポ入ってきた。

 それから退屈な儀式が続いた。お葬式っていうのは、お坊さんがお経を読むものだと思っていたが、この世界では違うようだ。

 勝手がわからないボクを見て、この世界の母さんが首をかしげる。母さんがやったみたいになんか葉っぱのついた棒を持って礼したり手を合わせたりするんだけど順番とかがわからない。困り果てているとティアラがボクの頬に唇を近づける。「二礼・二拍手・一礼よ」


 息が詰まる。

 キスされるのかと思った。……いやいやないない。ボクのひどい妄想。まあ、これで何も感じないなんて方がどうかしてるよね。ボクが身を固くすると、すっとボクの腕を引いてやり方を教えてくれた。隣に並んで、知らない父親のために手をすっ、すっと合わせる。これでいいのかな? 席に戻る。



「さあ、撤収したりしなかったりしなさい」

 ボクの母さんはすっきりした顔で言う。

 どうやら、ボクは昨日ここに泊まったらしい。着替えやらお泊まりセットやらを抱えて、ボクのじいちゃんらしい人に付いて外に出る。ボクの荷物の中に、スマホがあった。ボクのかな? Xperia。おお、起動が速い。だがロックがとけない。顔認証も、指紋認証も、ダメ。

 ・・・。PIN暗証番号を入れてみる。通った。元の世界で使っていたPINが……通った。

 お母さんが、車のドアを開ける。

 って! 

 この車、ボクのいた世界で、ボクの本当の母さんが乗ってた車じゃん。


 見慣れた光景。

 仙台は何も変わらなかった。 

 ボクは首をぐいっと伸ばした。空に、小さく黒い板があるのを見つけた。距離からするとたぶん、それなりに大きい。

「何? あれは」

「セレブな人達が住む小島よ。ああいう人達を浮遊層と呼ぶの」

 目を凝らすと、向こうにも、あっちにも、こっちにも。黒い粒が浮かんでいる。


 退屈なのでスマホを取り出す。なんだゲームの一つも入ってない。

 ボクのお気にのゲーム。防衛ヒーロー物語をダウンロード。

 

 ああ、帰ってきた。仙台市泉区南光台。

 そしてしゃがみこむ。首を横に振る。

 なんてこった。ボクのいた世界と、やっぱり同じだ。

 ボクの家。

 ここって異世界……なのか?


 いや。

 やっぱり違う。

 空には、もう一つの月が、動かない巨大な岩の塊が、浮かんでいる。

「あそこはね、連中の棲処ねぐら。呪われし空中群島 カナーン・ハダシャー。およそこの世に生まれでるべきではなかった、品性下劣、極悪非道、まさしく地獄よ」

 ティアラの目はとんがって空に刺さりそうだ。



「これがあなたの部屋。好きに使って」

 知ってた。

 どや顔でティアラはボクの部屋をボクに紹介する。まさかと思って机の上に目をやる。今日、ボクの書いた遺書は見当たらなかった。

 つい、昨日までここに住んでいたような気がする。


「君とボクはどんな関係? えっと……」

 まさかよいお友達ってわけじゃあないだろう。

「肉体関係」

 ? どういう意味だろ。

「……ああ。キミの驚いた顔が見たかったんだけど」ティアラは微笑して。笑みがすっと消えて。「――冗談よ」

 棚に並んだマンガ。図鑑。サッカーボール。壁には中島翔哉のポスター。何もかも元の世界と一緒。 

「キミは、あたしの双子の弟。今日、ガチャを回してキミを召喚したの」

「っははは……」

 何言ってんだこれ! ボクはベッドに倒れ込んだ。やべえついてけない。続いて、ティアラも同じみたいに倒れ込んだ。

「ちょっと。……そんなに気安くボクに近づかないでくれるかな」

 ボクは心にもないことを口走る。うれしすぎて、どうにかなってしまう。ティアラの目線が下がった。ボクはひどいことを言ったかもしれない。その目がもっかい上がってボクをとらえる。ティアラの背後に、ピンクの小さな花が咲いている。

「何を言ってるの。双子の姉弟きょうだいなのに」

 てれくさくなって寝返りを打って、壁をながめる。

「感謝しなさい。あたしがキミを選んだからこそ、キミは尋常ならざる力を手にしたんだから。

 キミはノーマルカード『呪詛にがす氷菓の闘士、スイ』」

「いみふ。……一番弱い奴じゃないの? ノーマル、って」

「そうね。レアカードも選べたけれど」

「どうして……」

 ティアラは立ち上がると、ボクの部屋を出て行った。


 スマホでブラウザを開く。

 TVの番組表を眺める。良かった。芸能人はみんな知ってる人ばかりだ。


 やっぱり、気になる。

 ボクは立ち上がって廊下に出る。下の階からカレーの匂いが漂ってくる。妹の部屋に向かう。妹の部屋のドアには『王女冠の部屋💀』とカラフルなビーズで描かれたプレートががっていた。ああ、こっちの世界では姉か。


 !?

 

 ボクの家が、少し広くなっていた。

 ……突きあたりだったはずの廊下が、続いている。


 進んでみる。

 今度は、飾り気のないドア。そして廊下の突きあたり。おそらく、ここに一部屋、ある。

 まあ、勝手に開けないほうがいいかな。

「あーもーあたしのバカバカバカ! ちょっとボケてみようとかしてだだ滑り? ああ、死にたい! しかも、下ネタぁ!? 信じらんない! ……でもッ。あたしはっ、負けないっ!」

 後ろ。ティアラの部屋から何かを叩いたり投げたり割れたり大暴れしている物音がする。

 なんだか聞いてはいけないものを聞いた気がして、ボクは階段を降りる。台所へ。


 何か床をこするような、チャッチャッ言う音が下から聞こえる。

 息が震える。

 ゴールデンレトリバーの子犬だ! 

 さっき。ボクが捨てたはずの。

「名前は? この犬の」

 鍋をかき回す母さんはまたも首をかしげる。

「あんたが付けたんでしょ。ワンちゃん先輩って」

 ……。とぼけたたれ目にたれ耳がかわいい。しっぽふりふり。

 犬のしっぽ。しっぽが強く振られているのは、うれしいからだ。ボクと遊んでうれしくなっているのは、ボクもうれしい。

「♪お父さんが死んで良かったな~

 ♫夕食に殺されたお父さ~ん」

 母さんの歌を聴きながらボクは配膳を手伝った。

 あ……猫もいる! 全身真っ黒!

「何だっけ? 猫の名前は……」

「お姉ちゃんが付けたでしょ。『マダナイ』って」

 変な名前ー。


「お姉ちゃ~ん、ご飯」

「いらない。後で食べる」上から機嫌きげんの悪そうな声が飛んでくる。

「あら。お姉ちゃん、どうかした?」


 ボクは黙って席に着く。

「……おいしい」

「珍しいことを言ったり言わなかったり」

 母さんは笑った。

 ……まだ、母さんだという実感がない。認められずにいる。だから、こんなことを言ってしまう。


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