眠れない森の美女

幼卒DQN

第1話 お別れ

本作品を朗読します。読むのではなく、聞くラノベ。

興味のある方は↓へどうぞ


https://www.youtube.com/watch?v=r9IIVFMsFjk&t=745s




 自殺しようっと。

 

 ふとんから天井を見上げる。そこかしこで闇が絶叫している。カーテンから月光が漏れて、いろどる。


 どうしてボクの親はあんな親なんだろう。違う親の子になりたかった。

 ボクが死んだら、親だって後悔するだろう。少しは痛い目にえばいい。

 そこまで覚悟が決まって、こころがほどけた。ガリガリ君をかじったときみたい、気分爽快。


 ボクの人生は明日終わる。だから、最期さいごにやりたかったことを全部しよう。

 ……。お金がないとやりたいことができない。銀行強盗でもしようか。やっぱり銃がないと無理かな。


 なら。

 その日、ボクは一晩中計画を練った。どういうわけかさっぱり眠れなかった。

 親とも話さず、むっすり黙ったままボクは何食わぬ顔でハムエッグをほおばり、マスクをして玄関をくぐる。快晴。それがすっげえ悲しい。


 すごい。

 何もかもがキラキラ輝いて。ランドセルが軽い。生まれ変わったみたい。

 いや、これから終わるんだ。

 問題ない。

 きっと、地球は知らんぷりして回り続ける。


 教室に入る。

 いた。

 ボクはすぐにそっぽを向く。

 実は、ボクには特殊能力がある。

 

 たとえどんなにたくさんの人の中からでも、みんなマスクをしていても、ボクは一瞬で彼女を見つけることができる。

 でも、当然だよね。

 純菜あやなちゃんは、妖精だった。


 純菜ちゃんの髪に右左と二つめられたヘアピンは彼女にれ耳を付ける。

 ボクは純菜ちゃんの前に立った。彼女は見上げる。ボクを見上げる。心臓が凍る。

 ボクは今日、死ぬんだ!


「セックスしてください! ボクと」

 頭を勢いよく下げた。


 教室は不気味に静まりかえった。全員の視線を感じる。

「え!? えッ……」

 純菜ちゃんは後ずさりした。

「……だって、赤ちゃんできちゃったら、困るし……」

 負けるな。ここで引いたらおしまい。一気にたたみかけろ。

「オネガイシマス!」

 ボクは正座して床に手をついて、頭を床にこすりつけた。

 みんな、息をんだ。

「土下座って、初めて見た……」

 スズキ君がつぶやく。今日もやっぱり魚臭い。

 


「そんなこと言われても……困る……」

 純菜ちゃんは小走りに教室を出て行った。ボクはその頭を床にこすりつけんばかり低い体勢から去りゆくスカートの中身を心に刻みつける。

「OK!」

 ボクは叫ぶ。

 そして伸び上がるように立ち上がった。恥ずかしくて死にたい。まあ、死ぬんだけど。


 サヨナラ、スズキ君。サヨナラ、純菜ちゃん。サヨナラ、みんな。サヨナラ、教室。サヨナラ……。

 空っぽのランドセルを自分の机に掛けた。そしてダッシュ。

「♪ほら、朝の会始めるよ~?」

 薔薇バラ先生の歌うような声がボクの背に手をかける。今日も酒臭い。ボクは生まれて初めて先生の言うことに逆らった。そのまま、昇降口に走る。誰にも出会わないように祈りながら校門に向かった。

 サヨナラ、先生。

 

 人通りの少ない通りを選んで学校を離れる。

 マスクを外して、駆ける。

 ふわふわ、する。

 世界中を敵にまわしてる気がする。

 そのまま市民センターに入った。裏手、ダンボールをのぞく。

 まだゴールデンレトリバーはいた。生まれてまだ間もないはずだ。ゴールデンレトリバーは舌をだらしなく出してハアハア言いながらボクを見上げる。耳はまだ小さく、ぽてっとした体は何もかもが丸い。

 こんなに小さな生き物を放っておくなんてどうかしてる。


 水を汲んできて、器に注ぐ。持っているお金でできるだけ多くのドッグフードを買ってダンボール箱の中を満たす。そして、人目のつくところに箱を置いた。

 きっと、誰かに拾われるんだぞ。

 サヨナラ、子犬。


 四条通りに、マスクが落ちている。ボクを不思議そうな顔をして、街の人々が見る。ボクが泣いているからだ。

 もし、誰にも拾われずに、餓死したらどうしよう。

 ああ、でも、ボクだってそれどころじゃないんだ。泣いてる場合じゃない。歯を食いしばって。

 家の玄関に鍵を挿し込む。


 最期さいごに、やりたいこと。未練のないように。

 何かおいしいものを食べよう。

 ボクはコイケヤののり塩を取り出した。かじりつく。これよりうまい食べ物があるだろうか。分厚くてばりっとするのがいい。

 あ!

 ダッシュで冷凍庫を開ける。ボクのじゃないpinoピノがあった。

 pinoは練乳が配合されている。この濃厚さがビターなチョコと絶妙にマッチしている。

 凍ったものが、おいしいって、不思議だ。



 やけに静かな日だ。短い針が時を刻む音がかしましい。ボクは長々と遺書を書いた。

 ……これで思い残すことはない。


 死に方を探す。

 物置にあったロープ。 

 スマホを立ち上げ、ググる。ハングマンズノットという結び方にチャレンジ。

 なんだか見えるものすべてが、いや見えないものまで、いとおしい。暗くて怖くて嫌いだった絵本まで。


 階段の手すりにロープを結ぶ。

 慎重に結わえると、ぶら下がってみた。いけそうだ。


 ボクの人生。11年。

 笑った。声が震える。

 犬の訓練士トレーナーになりたかった。もっと昔は恐竜の研究者だったけど。親は獣医になれと言ってたけど。色々やりたいこともあった。

 いいか。これは復讐ふくしゅうなんだ。ボクが死んできっとニュースになるだろう。とっても困ればいい。


 階段が、二重にぼやけて見える。ここで退くわけにはいかない。

 ふらつく足で階段を上がる。ロープに手を伸ばした。


「ウンコ製造機のくせに死ぬ勇気はあるんだ」


 高くて、少しハスキーな、女の子の声。 

 背後。階段に、誰か、立っている。目をこする。

「誰? 君は」

「そんなに強い気持ちがあるならどうして戦おうとしないの?」

「裸なの? どうして」

 ボクは目をそらした。ついでに話も。

「これは……仕方ないの! ここに来るのだって大変だったんだから……」

 女の子は巨大なスプーンを体に押し当てておっぱいとかを隠そうとする。女の子の歳はボクと同じか少し上ぐらいだろうか。黄緑色の派手なツインテールがどうしたって目につく。恥ずかしそうにうつむいて、そっぽを向く。

「死ぬか生きるかの状態にある人は大概たいがい生きようとする。それはおそらく本能。死ぬか生きるか選択する権利があるのは、恵まれた、余剰生産力のある人」

 何か難しいことを言っている。

「誰? 君は」

「このままだとその他大勢で終わる命をてるぐらいなら、生まれ変わってみない? あんたみたいなゴミを必要としている人がいるの」

 必要……。

 ボクは鼻で笑った。

 ああ。

 でも。この子がいつの間にかボクの背後に立っていた。確かに不思議なことが起こっている。ということは。

 

 異世界転生!?


 なろう・・・でそういう小説を読みふけった。

 したい! してみたい!

 そうだ。このまま死んでしまうくらいなら。

「わかった。好きにして。ボクの命」

 少し軽率だったかもしれない。いつもこうして、後悔する。

「あ、転生したらどうなるの? ボクの今の記憶は」

「どうしたい?」

「残したい。……残せるなら」

「構わないけど」


 

 これでいい。

「この世界とはお別れだけど、いいかな。あまり時間はないのだけれど」

「いいよ。いつでも」

 女の子の目がきゅっと広がってボクを見やる。

 遺書は書いたけど。まあ、死ぬのも転生するのも似たようなもんだ。のこされた人にとっては。

「ここじゃ、落ち着かないから下に行こう?」


 階段から下に降りると、日常に帰ってきたような気がして、あらためて裸の女子がボクの家にいる事態に興奮した。

 まあ、ボクはこれから転生するわけで。それどころじゃないけど。

「……からそっち向いてて」

 羞恥心しゅうちしんてやつは普通の人間のようにあるらしい。いや、だって色々変だったからさ。

 女の子に背を向ける。

「名前は? 君の」

「教える必要はない 」

 ボクの前には大時計があった。そのくもりないガラスが、女の子の姿を、きれいに反射してボクに見せつけた。

 それは神聖で、崇高だった。白くみずみずしい肌はとても現実とは思われず、胸はわずかに膨らんで、ボクの体が続けてねた。

 純菜ちゃんの残像がどこからともなく現れて今、背後に立って何かぶつぶつ言っている女の子に重なっては消える。呼吸が難しくなる。大きく口を開ける。

「行きなさい。そして生まれ変わるの」


 サヨナラ。ボクのいた世界。


 不思議だ。

 悲しくなんかないのに、悲しまなくちゃいけない。

 泣いてしまう。


 たとえば、ボクが生きることを選んでいたら。

 卒業式でちゃんと泣けていただろうか。だってみんな泣いてるのにボクだけ真顔だったら変じゃない。

 そんな、何かから強制される感じで泣くんじゃないのかな。


 


 そして。


 ナミダの向こう側に、見たことのない景色が広がっていた。

 青空。白い雲。悲鳴。轟音。剣戟。衝撃。血液。缶詰。缶ジュース。パン。茶碗ちゃわん。コーヒーカップ。裸……いや水着を着ているか。


 !?


 その、肌もあらわな男女の中に、奇妙な人たちがいた。

 ローソクが、頭の上に、てのひらに、肩に、背中に……。一人に一つ、付いている。そして。その人たちは、ローソクのない人たちと戦っている。

 物音がしてそちらに目をると、木に隠れるようにして小さなヘリコプターが上下に揺れて飛んでいる。よく見るとカメラみたいなのがくっついている。あれ、ドローンって言うんだっけ。

 そして目を見張った。

 戦闘の向こうに、青空に、何かおおきな黒いものが浮かんでいた。岩の塊か何かに見える。それはとても遠くにあるように見えた。


ひざまずきなさい」

 ボクが立っていたのは芝生だった。そばに何か大きな建物が見える。そして、声の主が立っていた。

 あ?


 ボクの体が、がくっと揺れる。視界がぐるり回転する。

 体が、勝手に、この子の言うことを聞く。ボクは右ひざを地につき、左膝を曲げ、その上に左腕を置き、頭を下げた。ひざまずいた。自分の体が自分の言うことを聞かない。

 怖い!


わかってはいたのだけれど。……貴方あなたって本当に不細工ね」

 は!? どうしていきなりこの子にそんなことを言われなきゃいけないんだ。

「とにかく。のんびりなの。起きなさい」

 ボクの体はまたボクの意志に反して勝手にこの女子の意のままに動く。


 ボクはその子から。目をそらした。

 不覚にも、ちょっとかわいかった。ターコイズブルーのビキニがまぶしくて。右手に力を込める。いいや、純菜ちゃんのがずっとかわいい。向き直る。


「見てもらえば解るとおり、悠長な事態なの。貴方にはあちらの良い子をらしめて貰うわ」

「名前は? 君の」

「ティアラよ」

 ティアラ――と名乗った女の子はそしてまっすぐにキラキラした薄い手袋をめた左手を伸ばし、戦場を指した。

「ご覧なさい。あれが夕食よ。体にローソクがついてるでしょ? あのローソクをって」

 夕食? 

なにで斬るの? 斬れって」

「そうね。じゃあ『イクイップ ヘヴィ』と大声でとなえて」

「どういう意味? それって」 

「イクイップは、『装備する』 ヘヴィは、『重装備』よ」

 

 空を見上げる。

 武器と武器がぶつかっては淡い光の粒を吹く。

 もし。死んだら、どうなるんだろう。

 それをティアラにきたかったけど。臆病だと思われそうで、嫌だった。

 まあ、いいさ。

 どうせ一度は死のうと決めたんだ。

 

「イクイップ ヘヴィ!」

 声はちょっとかすれた。


 一瞬、ボクは裸になった。そして、気がつくとボクの目の前に、青い先のとんがった棒と薄緑色のフォークが、現れた。

 これが、ボクの、武器……。

 !?

「戦うの? 水着を着て……」

 ボクは、オレンジ色の競泳パンツをいていた。そして黄色のマント。ちょっと見慣れないコーディネート。主人公っぽくない!

 顔を上げる。みんな、水着だった。

「戦うための力を得るために、fonsphaeraフォンスパイエラという力が不必要なの。フォンスパイエラはそこらにただよっているんだけどとても丈夫ですぐに壊れちゃう。必ず少なくフォンスパイエラを吸収するために、君はそんな格好になったのよ」

 ティアラは半笑いしながら教えてくれた。意味がわからない。

「よろいみたいなのがいい、なんかこう。戦えないよ、こんな水着じゃ」

 ティアラは突然ボクの前に歩み出て、ボクの競泳パンツをつかんだ。ぐいっと持ち上げる。

「食い込む! ……もげちゃう!」

 ボクは悲鳴を上げた。股間がキツキツに締め上げられる。

「ただの水着じゃないわ。フォンスパイエラを阻害じゃませず、不十分な防護効果も持つの」

 ボクはボーゼンとティアラを眺めた。

「あなたは、望んでここに来たのよね?」

 ボクは力弱くうなずいた。

「気を抜かないで。ここはとても安全よ。いつ夕食どもが噛みついてくるかわからない。

 行きなさい。あたしのスクワイア!」

 スクワイアってのは、ボクの名前かな。ボクの体が地面を離れ、びゅんと浮き上がる。

「まああなた、空を飛べるのね!」

 ボクの体は、空の飛び方を知っていた。というか勝手に、戦場へ突き進む。正直、怖かった。でも。まあ、いいさ。どうせ死ぬつもりだったしね!

 少し気を抜くと体が泳ぐ。倒れる地面もないのに倒れそう。体がふらふら左右に揺れる。

 ボクの敵は……夕食。変な名前。みるみるうちに目の前に迫る。ボクには翼がないのに。

 回り込め。

 ボクの体が指示に従う。これはすごい。


 背中にローソクの生えた女子の夕食に視野の外から接近。無心に迫って、無心にフォークを突き出す。ローソクはポキリ折れて。がくん。夕食の体が芝生に落ちた。

「このッ!」

 ボクに襲いかかる男子の夕食がいた。ボクはフォークのはしっこを持って思いっきり突き刺す。男は剣でそれを受けた。突進の勢いが止まる。

 何か下で破裂音がした。いったん退がって様子をうかがうと。さっき倒した夕食の姿が見えない。そこに、大きく赤い石が落ちている。宝石のように半透明で、まぶしく輝く。

「これで優勢だぁ!」

 味方の女子の声がする。そのコは絶えず何かをしゃべってる。

 

 これだ。

 ボクが欲しかったモン。

 退屈な日々をかち割って。

 ボクはゲームをやってるみたいな錯覚を感じた。こういうのはオンラインゲームで慣れっこだ。相手の意図を読み、誘いこんで、打ちのめす。

 無我夢中でフォークを振り回す。そうして、3本のローソクを折った。

「とーい、といとーい! とととーい!」

 と、味方の男子の声が聞こえてくる。


きがいいのが来やがったあ!」

 甲高い声。右のつま先にローソク燃える小柄な夕食が駆けてくる。勢いに気圧けおされ、ボクは後退。

 っちゃい。低学年ぐらいの女の子。大きなひもを抱えている。間髪入れずボクに接近。細い両手を振るうとうなりながら紐がボクを襲う。紐はぐぐっと伸びて10mは超えている。がんらがんら紐についた大きな鈴が鳴った。


 紐の軌跡が見えにくい。やむなくとことん退がる。

 と見せかけて右に飛んだ。紐が機敏に追ってくる。ボクは上に飛ぶ。紐はぐいっと曲がり、突き上げ、ボクの胸を打った。鈴がうなる。紐じゃない。鉄の棒にぶん殴られた感触。

 こんな小さな女の子に! 顔を上げる。


 紐が不規則に動く。ぱたんぱたんと折れ曲がり、折れる位置も一定ではない。こんなのどうすりゃいいって言うんだ。

 手が震える。

 さあ、いつ来る? ボクは女の子の目を見た。目が合う。

 何か不審なものを見るように、女の子の瞳孔がぶわっと開いた。


 時が止まる。

 ボクを手玉に取る女の子は神社で見るような巫女装束みこしょうぞくを着ていて、よくよく見ると両手に抱えた紐は賽銭箱の上にぶら下がってるガラガラ鳴らすやつだ。


 女の子は振り返って、手をげ。

「撤収」


 目の前で赤い光が爆発する。光の破片が踊る。目が開けられなくなり、ボクは七色に輝くこいがまぶたの裏でねるのをながめていた。


 目の痛みが治まり、薄く目を開けると夕食の一団が消えていた。どうやらボク以外はどこも押していたらしい。敗勢を悟って撤退を決断したんだろう。


 ボクは地面に降りて地に膝をついた。

 ともかく、助かった。


 ボクと一緒に夕食と戦っていた5人がボクをチラ見しながら、ティアラの前に背筋を伸ばして整列する。その中に一人、頭のはげたおっさんがいる。

「んんん? 誰だろ? 新人さんかな?」

 戦闘中ずっとしゃべってた女の子は、戦闘が終わってもしゃべってる。 


「おつかれさま。よくやったわ。……ひどい戦果ね。あらかじめ呼び出して良かった。今日は自由にするから後はせわしなくしなさい」

 ティアラの顔は怒ったり微笑んだり忙しい。

 歓声を上げながら5人の戦士が姿勢を崩したり伸びをしたりしながら散っていく。


 いや、一人、その場に立ち尽くす男がいた。黒い鍋みたいなのをたずさえ、その水着は薄手の青いブーメランパンツで、薄手過ぎて股間のふくらみがはっきりわかる。

「大丈夫? 君」

生憎あいにく、男の手を借りる趣味はない」

 ボクの手は雑に振り払われる。ぽろり、その体から便箋びんせんが落ちた。

「何か落ちたよ」

 ブーメランパンツは振り返る。だがチラ見して、拾おうとしない。顔を上げて、ボクをながめると。

「なんだその格好かっこうは。カレーパンマンみたいだな」

 それは、ちょっと……嫌だな。脇役じゃないか。

「君みたいにさ、何にも考えず、ぼけ~っと生きてる人間がうらやましいよ」そうして鼻で笑う。

 ケンカを売ってるのかもしれない。でもボクはそいつに背を向ける。

  

「はい! ハンサム君発見!」

 振り返る。手を挙げて。ふんわり、内巻きカール、金髪が跳ねる。鼻筋の通った、メリハリのある顔、日本人ではなさそうだ。よく日に焼けた長身にピンク地に真紅のハイビスカスが描かれたビキニをつけた女子がボクの息がかかるぐらい近く、寄ってきた。この人、ずっとしゃべってる。

「君の名前を教えて?」

「……スイ」

ね、ちょっとキラキラしてるでしょ。……。

「あのう……。彼女はいますかぁ?」

「さ、行くわよ」

 ティアラがボクの手を握って引っ張る。女の子の手なんて触るの慣れてないもんだから。なんかふわふわする。


 そして大きな柱の陰にやってきて、ボクに紙袋を渡した。

「急いで着替えて」

 中には、かちっとした黒いブレザー、白いワイシャツ、膝までの黒いズボンが入っていた。全部身につけると袋の底にネクタイがあるのに気づいて、取り出してカチッとボタンでめる。

「ティアラ?」

 と、柱からティアラは黒いワンピースで現れた。

「ずれてるわ」ティアラの手がボクのネクタイを直す。「さ、行くわよ」

 ティアラの服。こういうの、シックっていうのかな。黒い布地にむっちりした肌がえて、頭の上にも黒いリボン。……うっかり、見とれてしまう。


 自動ドアを抜け、灰色の大きな建物に入る。きれいなんだけど、飾り気がなくてなんだか不思議な建物だ。小走りでティアラが前を行き、慌てて後を追った。廊下は黒い服を着た人でごった返している。き分けるようにして駆けていく。

 なんだろうここは。普通じゃない。

「お待たせしたわ」

 ティアラが黒い大人の群れに入っていく。その人達と一緒に奇妙な部屋に入った。つるつるした光沢のある石の壁はまるでダンジョンに潜り込んだようで、おっさんがボタンを押すと、重々しい音とともに奥の扉が開き、熱気とともに長細く分厚い板が機械音をさせてせり出てきた。

「ああ、本当せいせいしたわ。私、どうしてこんな人と結婚したんだか」

 誰かのお母さんらしき人がつぶやく。

「ホントよねえ。まあ、何にせよ早くくなってくれて良かった」

 ボクはピカピカの自分の皮靴をぼんやり眺めていた。

「では、もしゅの方から……」

 みんなで、板に近づく。

 ぴりぴりする熱気を感じた。熱い板の上に、白い何かがたくさん転がっている。それに向かって2人の大人が太いはしを伸ばし、一緒に一つの白いものをつかみ、容器に入れた。

 そしてボクにも箸が渡された。板を挟んだ向こう側にはティアラがいて、一緒に白いものを捕まえる。何か赤いものがそれにこびりついている。

 ウェディングケーキのケーキ入刀みたいだ。でも箸から伝わるいやな感触に唇をむ。


 いや、なんとなく想像はしていた。

 でもそれを事実だと認めたくなかった。


 これは骨だ。……火葬ってやつだ。

 横を向くと、額縁がくぶちに入った大きな写真が台の上に。知らないおっさんが笑っている。

 誰だよこの人は。


 ボクは今、お葬式の最中。

 ボクの番が終わると大人たちが続々と骨をまみ始めた。どんどん片づいていく。


 死んだのは、ボクの父さんだ。

 この世界の、ボクの父さんだ。

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