第12話 アニメあるところに声優さんあり!

 現在俺は…………宙を舞っている。


「あ!」


 青森の声がテニスコートに響く。テニスコートを使っていた他の生徒も此方を見て手を止めた。


「ッッ!!」


 背中に激痛が走り俺はその場で悶えた。何故、こんなことになったのか。その理由は簡単だ。


「だ、大丈夫!!?」


 岬さんが直ぐに駆けつけ心配そうに此方を見て来る。


 ありがとう岬さん、でも心配する前に一ついいだろうか。


「あんたのせいでこうなったんだろうが。」


 そう、ラリーの最中に岬さんがラケットを振るおうとして勢いよく振りかぶったせいでそのラケットが手からすっぽぬけて後ろにいた俺の顔面にクリティカルヒットした。


「ふふ、岬さんナイスよ。」


 青森、お前さんはちょっとは心配と言う文字を覚えようか。と言うか、覚えろよ!


「………大丈夫?」


 そっと岬さんの横から手が差し伸べられた。手が差し伸べられた方を見るとそこには西浦が立っていた。


「ああ、多分大丈夫だと思う。」


「ご、ごめんなさい。まさか後ろに飛んでいくとは思わなかったから。」


 岬さんは少し心配そうに此方を見ては直ぐに下を向き、それを何度も繰り返している。


「………まぁ、スポーツてのは怪我がつきもんだし今回は許してやるよ。」


「あ、ありがとう。」


 そう言って岬さんは直ぐに笑みを浮かべる。


「でも流石にもう無理だから俺は抜けるわ。」


「………僕も疲れたから抜ける。」


 俺の後に続き西浦もテニスコートから少し離れたベンチまで歩いていった。


「………本当に大丈夫?」


 ベンチに座った瞬間に隣に腰かけた西浦は再度此方を見て問いかけてくる。


「………まぁ、痛いっちゃ痛いけどな。」


「冷えピタかなんかもらってくるね。」


「いや、そんなことしなくても。」


 言い終わる前に西浦はベンチから立ち上がり保健室の方に歩いていった。


「……あいつの声、やっぱり。」


 西浦の後ろ姿を見ながら俺は聞いた覚えのある西浦の声のことを思い出していた。


「………やっぱり、あれだよな。」


 一つだけあの声と一致するあるアニメのキャラがいる。それは…………。


「冷えピタ貰ってきたよ。」


 保健室に行っていた西浦が片手に冷えピタを持って戻ってきた。


「ありがとうさん。」


 西浦から冷えピタを貰い先ほど岬さんがクリティカルヒットさせた部分にはる。


「…………」


 西浦は冷えピタを渡した後隣に腰かけ岬さんたちの方を見ている。いや、正確には先ほどまで西浦が立っていたコートの方を見ている。


「……なぁ、少し聞きたいことがあるんだけど。」


「…………何。」


 さっき考えていた西浦に対しての疑問俺はどうしても知りたいことがある。


「お前ってもしかして声優か?」


「ッ!!!な、何でそれを!!!」


 西浦はいきなりベンチから立ち上がり睨み付けるように此方を見て来る。


「何でって………そりゃ、最近とあるソシャゲとコラボしてるアニメのキャラの声にしか聞こえなかったから。」


「……もしかしてルぺライトオンラインのこと?」


「あ、ああ。そうだけど。」


 考え込むように西浦は下にうつむき何かぶつぶつと呟き始めた。


「……でもそれだけでわかるはずが。」


「…………なぁ、西浦は絶対音感て信じるか?」


「いや、全くって程でもないけど少なくとも僕の周りには誰もいないと思う。」


 だろうな。そもそも、俺も絶対音感なんて信じちゃいない。けど、声優の声に対してだけは絶対音感に近いものを持っている人もいる。


「俺も信じてない。でも、いるだろ?アニメのキャラの声だけで声優の名前までわかるやつ。」


「………確かに。」


「まぁ、お前が声優だろうとなかろうとどっちでもいいけどな。」


「………僕は困るんだけどね。」


 西浦は上を向き呟く。その声はやはり声優だと思えるほど透き通っている。


「何故かしら?」


 突然目の前に青森が現れ会話に割り込んできた。


「あ、青森さん。もしかして話を聞いてた?」


「いや、全部は聞いていないわよ?で、何が困るのかしら?」


「西浦、止めとけ。こいつに話すとろくなことにならないぞ。ソースは俺だ。」


 岬さんの事も俺のあの写真の件も今でもこいつの脅し道具だからな。


「西浦君、この人間紛いの言うことは信じない方がいいわよ。」


「人間何ですけど!!?」


「人間に失礼よ?」


 何なんですね!そんなに俺を人間と認めたくないんですか。俺に人権は?


「……二人って仲がいいんだね。」


「「仲良くなんてない」」


「ほら、息ピッタリ。」


 こいつのせいで勘違いされた。そもそも俺は青森に罵倒しかされてないんだけど。


「ん?そう言えば岬さんはどうしたんだ?」


「岬さんなら……」


 そう言って青森が指した方向を見ると岬さんがコートにヘタりこんで倒れていた。


「何があったんだよ。」


「サーブを打ち続けていただけよ?」


 打ち続けていただけて、何球打ってたんだよ……。いや、聞かないでおこう。聞くだけ無駄だと思うから。


「飲み物でも持っていってやれよ。」


「元々そのつもりよ?貴方たちの話に少し興味をもってしまったけれど。」


 青森は俺達の隣にある自分のバックの中から財布を取り出し一度テニスコートからでて自販機に向かって歩いていった。


「萩本君て、聞いてたイメージとなんか違うね。」


「イメージとは?」


「クラス内で萩本君は最低のゲス野郎て言われてるよ?」


 最低のゲス野郎て、確かにあの噂だけを聞いたらしょうがないと言えばしょうがないけど。


「……でも、そのイメージとは違うね。そもそも、あの噂が本当なら岬さんが近いにいるわけないしね。」


「………まぁ、確かにそうだな。」


「羨ましいよ。萩本君達みたいな関係が……」


 俺達の関係が羨ましい?と言うか、その前に俺達の関係て何なんだろ?


「俺はお前の声優の方が羨ましいけどな。」


「はは、そうでもないよ?学校だってしょっちゅう休むし、仕事だって売れたら休みなんて取れない。ゴールデンウィークとかの連休だって休めないよ?」


「何その社畜。声優なのに社畜とかもう夢も希望も合ったもんじゃねぇな。」


 西浦はまた笑った。しかし、直ぐに表情は暗くなり、雲がかかる空を見つめていた。


「……けど、それは売れた人の話だけどね。売れなかった人達は………その大変さがとても羨ましいんだろうね。」


「それは」


「そう、貴方は声優だったのね。」


 後ろから声がしたので俺と西浦は勢いよく振り返った。そこには青森が飲み物を二本持って立っていた。


「………あ、青森さん?」


 あ、これ終わったわ。青森の顔がどんどんゲスい笑みを浮かべてきてる。


「……だから、学校を休んでいたのね。それにさっきの会話、困るだとか何だとか言ってたわよね?アレッて……」


「ちょ、青森さん!?何か笑みが凄く怖いんですけど。」


「誰かに知られたくないとそう言う事かしら?」


 ……ドンマイ。もう青森を止められる奴なんてこの世にいない。


「そう、ふふ、良いことを聞いたわね。」


「…………萩本君やっぱり訂正する。全然羨ましくない。」


「………だろ。」


 西浦、わかってくれたようだな。青森に脅しのネタを渡したらその時点で俺達は駒使いだ。


「飲み物~~。」


 青森の方向を見ていた俺は突然後ろから岬さんの声が聞こえたので視線をテニスコートの方に戻した。


「お前、岬さんに飲み物を渡してこいよ。」


「そうね。その後で少し西浦君とお話がしてみたいわね?」


「……………はい。」


 俺はその時西浦の方を見れなかった。


 何故か?そんなの決まってる。青森が笑顔の圧力をかけて、それに耐えきれなかった西浦が答えた後下を向き少し涙目になっていたためである。


 その後、青森は岬さんに飲み物を渡しに行った。俺は青森が行った後ベンチから立ち上がり岬さんの方に向かった。


「………かける言葉が見つからん。」


 青森は岬さんに飲み物を渡し、西浦の方に戻っていった。俺はその後青森と西浦が何を話したのか知らない。


「あれ、西浦君と青森さんは?」


「………気にするな。それより後十五分くらいあるから少しだけテニスを続けよう。」


「え?そ、そうだね。」


 授業が終わり青森と西浦はベンチから立ち上がり俺達の方に戻ってきた。その時の西浦の顔は多分一生忘れない。

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