The Girl Is Mine その5
足元には緑が生い茂り、地球の森とさほど変わりはなく周囲に満ちる草の臭いを肺一杯に吸い込んだ。
『守、これ!』
姉さんの声は上方から聞こえ、もしやと見上げると案の定、木のてっぺんからもぎ取った実を落とした。
『危ない!』
受け止めるか避けるか迷ってるうちに、実は割れて中身がまき散らされ依由ちゃんは体全体に汁が飛び散り倒れてしまう。
彼女は倒れたまま口周りの汁を舐めると、砕けた実を一部こちらへ差し出す。+
『守さん』
首輪を引かれる犬のように彼女の手元に近づき、実を頬張った。
味仙に触れると途端にまるでメロンのような甘さ、モモのような食感、最後にはベリー類のような抜けるような風味に頬は溶けるようだった。
姉さんは木から木へ飛び移っては、次から次へと実を落とし、それを無心で拾っては口いっぱいに頬張りを繰り返していると、こちらへ呼び掛けた。
『あっち!』
全員が立ち上がり身構えると、指差す茂みはガサガサと動き、何かが飛び出してきた。
薄いピンクのもちっとした体、蹄の無い足。プルルと小さな泣き声。まるで赤ん坊の豚をそのまま大きくしたような見た目をしている。
依由ちゃんが可愛い!と見悶えする間のわずか1秒で姉さんは木から飛び降り、サイドカーからショックガンを取り出し、愛らしさが形を得たような小動物を即座に焼豚へと変えた。
『あぁ!!』
依由ちゃんは卒倒し、またも倒れた。
『今日は豚の生姜焼きね!』
「あ、あぁ....」
そういえば姉さんは小さいころから動物に対して微塵も心を動かされない人だった。
ショックガンの威力調整が出来ておらず、内側からの高いジュール熱によって前から後ろから、穴という穴から内蔵がドロドロと噴き出し、依由ちゃんは唖然とし身体を硬直させていた。
「大丈夫?」
『はい....ちょっと驚いただけ...』
言いかけるが身体がビクッと体を痙攣させ、手で口を押さえようとすると彼女は俺の足元で吐いた。
「うん.....大丈夫じゃないよね、そりゃそうだよ。仕方ないよ」
姉さんはそれを気にすることもなくショックガンをもう一丁取ると、静かに、前かがみで森の奥へと消えていった。
『ごめんなさい....ごめんなさい....』
「いいよいいよ、依由ちゃんのなら汚くないから」
『守さん...本当に優しいんですね』
「....それぐらいしか取柄がないからね」
茶化したように言うと意地らしく返す。
『昨日だってとっても情熱的でしたから』
「いやあれは...」
あれは姉さんが、と言いかけぐっと堪えると依由ちゃんはジッと目を見て言う。
『やっぱり思い出してたんですね』
しまった
『ふふっ、本当にわかりやすい』
可憐に笑う彼女は俺の体を抱きしめ意を決したように話し始めた。
『でもそういうところがいいんです。なにか隠してることだって知ってます。でもポッドから助け出してくれた時から....ずっと好きです!!』
好き、彼女はそういった。気付かないほど馬鹿でも鈍感でもない。
ただ口に出して、こうして身体ごと思いをぶつけられてしまうと、どうしたものか狼狽え次の言葉がでない。
ただ、黙ったのはそれだけではなかった。頭には照美と響の顔が....
『お二人のこと考えてますか?』
胸を刺されたような言葉からそのまま続ける。
『昨日の今日ですから、ここで距離を離したかったんですけどね....でもきっと、守さんが後で苦しむかもしれないなら....返事はまだ大丈夫ですから』
依由ちゃんはそういうと立ち上がり背に背を合わせた。
震える声で出す大人な言葉とは裏腹に、後ろ湿っぽい音はあまりに辛く儚かった。
胸の内を明かした開放感からか、答えを今すぐ聞けないもどかしさからなのか。木々の隙間から揺蕩う風は気分を変えるには至らず。
姉さんが何匹もの豚を担ぎ森から出てくるまで数十分、俺と依由ちゃんは一言も交わすことはなかった。
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