Who Let The Dogs Out その2

彼女、貴山 依由は明治から続く保険業で財を成す名家に生まれ、小中高 一貫の女子校に通いつつましく華やかなスクールライフを送っていた。


友人にも恵まれ約束された未来に進んでいた。しかし彼女に突如として降ってわいた災難が全てを砕いた。


校内唯一の男性である新任教師に言い寄られ、それを拒むと次の日からはいわれのない悪評がクラス中に蔓延し見る目は変わり陰湿な嫌がらせが始まった。誰が仕掛けたかなんてことは既に彼女の壊れた心には気にする余裕などなく...


その後は家にこもり続け両親から送られたプラネタリウムを室内で呆然として眺めるだけ。


彼女は心の傷を抱えたまま心は地球を離れ、宇宙を目指していた。変わらぬ世界を求め...






もう終わった話ですけどね、と恥ずかし気に顔を伏せる彼女へおこがましくも同情している自分がいた。


「いきなりこんなこと聞いてごめんね...」


『いえ!むしろ聞いて貰ってよかったです、知って頂けたほうが距離も近づきますから!』


正直なところ距離を詰めてくるような人は苦手だが、可愛い女の子であれば話は別だ。




気づけば照美と響は腕を組みこちらの会話を聞いていたようだ。


『依由ちゃん...』


照美は相変わらず睨むような顔で近づくと腕を引きガバッと抱きしめ左右に揺さぶっている。


『さっきは強く言ってごめんね、あなたが嫌いなわけじゃないの!』


『いえ!私がムキになっただけで...ごめんなさい!』


『私もイユユのこと好きだよ~可愛いし!あ、もちろんテルミンもね』


『勝手にあだ名つけないでよ!』


女三人寄れば姦しいと言うが、そんなことはない。この三人の笑顔は額に留めておきたい程だった。


つられて顔が緩んでいるのに気づいた照美は咳払いし皆を律する。


『はいはい、さっそく動くよ。依由ちゃんこれお願いね』


小さなカードを渡されると、後頭部へ差し込み


『タスク確認しました』


それを聞くと照美と響はこちらを置いて進み始めた。



「おい!俺たちはどうするんだよ!」


『イユユの方に全部送っといたから、頼んだよ~』


声だけを残し闇に消えていくと、依由ちゃんは『行きましょう!』と笑顔で先導し二人とは別の通路を行く。



煌々と揺蕩う赤い光が青く金属的な樹木を照らし、あたかもお宝でも眠る洞窟のように暗く怪しげな、ナチスの残党や邪教集団がいつ現れてもおかしくない物々しい雰囲気だ。


「響からなにを?」


『タスクチップです、照美さんと響さんはシステムの起動と復旧、私たちはその為の植物の除去を任されました』



『ダクトに植物が詰まって換気機能を遮ってるみたいなんです、それを取り除けば最低限 船内を地球の大気同様に調整できるようです』


すかさず続けようとする。


『あの....』


どこか言いづらそうにモジモジしている。


『お二人とお知り合いなんですか?』


「....どうして?」


『凄く親し気に話してらしたので...』


「親しいって言うと弊害あるけど、照美は俺のこと嫌ってるみたいで、俺は響とちょっと....ね」



奥歯にものが挟まった口調に彼女は上目づかいで聞く。


『守さん、地球でのこと聞かせてください』


『食べ物は何が好きとか、テレビはどんなものを見るかとか、なんでもいいんです!』



あまりに積極的なアプローチに戸惑う。起伏の欠片もない人生をどう話せばいい。


死体を見つけに行ったことも、スクールカーストそれぞれで補習を受けたこともない。


もし話すとするなら....考え込んでいるうちに、発炎筒が消え依由ちゃんの顔は見えなくなった。


突然の暗転に何も見えない。


『ちょっと待っててください』


二つ目の発炎筒を取ろうとするがその場で落としてしまった。


『ごめんなさい!』


謝るほどのことではないが、そう思いつつ自身の発炎筒に手を伸ばすと....




バン!!





前方の部屋から大きな物音が鳴り、俺と依由ちゃんは驚きのあまり抱き合い固まった。


互いが声を出さず固唾を呑み見つめていると、部屋の中では火花が散り明滅している。


ただ天井が崩れただけ、そう信じるも首はまんじりとも動かず、息を殺す。


バチッ、バチッ


火花が吹き出し部屋から漏れ出る光は、室内にある物の影を伸ばす。


バチッ、バチッ


室内から伸びる影の中でソレは動いていた。


ごそごそ部屋の中で動く音が。



怯える中、絞りだしたやせ我慢を依由ちゃんへ向ける。


「下がって」


彼女を背後へ寄せ、及び腰で発炎筒を点け部屋を覗き込むと、


中は機械や椅子や机が散乱しているその隅で人がうずくまっている。


生き残りだ!あの状況で生き残った人がいたんだ!


「大丈夫ですか!」


走り駆け寄り肩に手を触れるとスーツ越しにもわかるほど、硬く金属的な質感だった。



発炎筒を恐る恐る近づけると次第に服から突き出したメタリックブルーの樹皮が露わになり、ソイツは突然振り返り立ち上がった!


驚き尻餅をつき腰が抜けてしまった。ソイツは歩き方を思い出すように一歩一歩こちらへ迫ってくる。


『守さん!早く立って!』


息が止まりそうなほどの恐怖に震える声で立ち向かう。


「あ、あの、もうブルーマンは流行らないと思うんですけど」


ソイツはこちらへ手を伸ばし近づいてくる。


『守さん!』


肩を持ち上げ俺を立たせると腕を引っ張り、その場からひたすら逃げた。

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