第2話 Big Girls Don't Cry
Big Girls Don't Cry その1
体中が痛む。夜が明け光が瞼を通して伝わり目を覚ますと砂、岩、砂、岩。どこをとっても殺風景の大地が広がっていた。
耳元からはクラシカルでジャジーな音楽が流れている、その心地よい調べに再び夢の世界へ誘われそうになる。
〈おはようございます〉
抑揚なく淡々とした声が突如として響き、上体を起こそうとすると身体中に痛みが走り横倒れた。
〈この状況で二度寝とは大物か、それとも天井知らずの阿呆でしょうか。失礼、もし私に目があれば貴方にウィンクを繰り返しているでしょう〉
あぁ、とうとう頭が限界を迎えたんだ。あんなにも立て続けに飛躍した出来事を体験したのだから不思議じゃない。
テレビのドキュメンタリーで見たことがある、極限状況に耐えられずもう一つの人格を作るとかなんとか。
〈落ち着きましたか?もし二重人格を疑うようであればご安心を。呼吸、発汗、表情筋の硬直から情けなく怯え混乱しているだけです〉
「...誰だお前」
〈私はあなたのアシスタント、どんなこともインスタント。キルケーです。〉
冷静を取り戻せばこの声が人のそれではないことは直ぐに分かった、そしてこの困窮したアイドルのような癇に障る挨拶に返す言葉を失う。
〈理解しやすく簡素 簡潔に、かみ砕いて説明するのであれば人工知能、AI、K.I.T.T、HAL9000、そんなものです〉
自らを人工知能でアシスタントだと自称するには随分と人間様を軽視する言い回しに腹を据えかねるが、キルケーはこちらの怒りを吐き出す隙さえ作らず喋り続ける。
〈随分とお疲れのようですね メディカルスキャンを行いますか?適切な治療を施せるかもしれません〉
危害を加えてくるような意図は感じられず、緊張を解くと自分がなぜこんなところにいるのかを思い出した。
「そうだ!一緒に居た女の子とポッドツリーの場所はわからないか⁉」
〈残念ですがレーダー及び送信機能は墜落時の衝撃で破損。受信のみがオンラインです〉
見知らぬ駅でさえ心細いと言うのに、未開の星で遭難なんて冗談じゃない。
まず照美を探しに行かないと!手をつき立とうとするが痛みがそれを許さなかった。
〈まずはメディカルスキャンで身体のスキャンをするのが最善です〉
「そんなことより葉山とポッドを見つけないと!」
〈メディカルスキャンをすれば〉
「あぁ、わかったよ!早くやってくれ!」
〈素直が一番です。さぁ大きく息を吸ってください〉
スーツの機能で濾過された空気を肺いっぱいに吸い込み息を止め、キルケーの言葉を待った。
〈何故息を止め続けているのですか?その年齢で指示待ち人間は許容できかねます〉
本当にこいつはAIなのか?どうしてこうも人をコケにしてくるんだ。
息を吐き出すと、スーツの内から光が照射され、ものの数秒で検査は終わった。
〈複数箇所に軽い打撲、そして筋肉痛のようです。現状では対処できません。最寄りの医療班の元へ向かってください〉
結局お手上げということだ、さっきまでの推しはなんだったんだ。
「ならそこまでの案内をしてくれ....」
皮肉めいて言うと間髪入れず返答した。
〈現在位置情報はオフラインのためその機能は使用できません〉
「なんだお前!じゃあ一体何が出来るんだよ!」
〈ラジオは使用可能です〉
先ほどから流れていた曲の音量が上がる。
〈1934年 Cole Porter Anything Goes 現在、この周囲で唯一発信されている音声信号です〉
このメロディは聞き覚えがあった。
そうだ、船の中で照美のヘッドホンから漏れ出ていた音楽だ。きっと無事なんだ!
「待て、ならこれの発信元を辿れないのか?」
〈受信しているのですから当然です、ですが正確な位置およびその他の情報の解析はできません〉
なんて融通の利かない…
「あぁもう!分かったよ」
激痛を噛み締め立ち上がるとヘルメットモニターに表示された電波の発信元へヨタヨタと踏みを始めた。
砂に足を取られながらひたすら変わらない景色を進み時に振り返ってみれば足跡は風で消え途方に暮れていた。そんな中、耳元では延々と同じ曲がループし続けいい加減嫌気が指してくる。キルケーに曲を止めるよう頼もう。
〈残念ながらミュート機能はオフラインです〉
「...わざとじゃないよな」
心を無にしてひたすら前へと歩き続けていると、舌の根...はないが、乾かぬうちにお喋りを続けてくる。
<退屈でしたらなにかお話しましょうか?>
一言でも返すものかと沈黙を守るが、一人黙々と進んでいるのかもわからない時間を過ごしていると来るべくして来た不安は止まらなくなっていた。
もしこのまま何もなかったら
もしみんな嵐に巻き込まれて死んでれば
このまま一人で何もない星に…
ただあの学校にいたくなかった
ただあの家に居たくなかっただけなのに
ただ姉さんが....
〈このAnything Goesの歌詞の意味をご存知でしょうか?〉
不安を紛らわせるようなタイミングに気をよくし返した。
「わかんねぇよ」
〈時が変われば常識も変わる、だから【なんでもあり】という意味なのです〉
「結局何が言いたいんだ」
〈こういった状況も慣れてしまえばいいのです〉
〈また英詞が分かるかどうかの知的レベルのテストも兼ねています、追試の用意をしておきましょう〉
ちょっとでも救われたような気持ちになってしまった自分を後悔していると悪びれる様子もなく続ける。
〈もしも私がうるさいと感じられたのであればミュート機能もお使いになれますよ〉
「じゃあ…」
そう言いかけたが、間一髪で気がつき怒鳴った。
「ミュート機能は使えないんだろ!」
〈覚えておいででしたか、数分経ったので記憶系統が正常に機能しているか確認をさせていただきました〉
このAI、明らかに不良品だ。いつかデイジー・ベルを歌わせてやる。
〈朗報です〉
「もう黙ってろよ」
〈8時の方向 3km先にポッドの救難信号を受信、内部に生命反応アリ〉
途端に曇った目に輝きが戻り
-実際に自分の瞳がどうなっていたかなんて分からないが、きっとそうに違いない-
つんのめるようにして走り出すと、痛みから再び地面に伏した。身体はすでに限界
迎えていることを忘れていた。
〈また二度寝ですか、まさかご自身の身体状況を忘れていた訳ではありませんよね〉
もしコイツに体があったなら今すぐにでも蹴り飛ばしてやるのに...
〈でしたら〉
キルケーがそういうと首元に刺すような痛みがあり、何かを注射された。
「何を打った!?」
〈毒です〉
こいつやっぱり....
〈痛覚をマヒさせる。1時間ほど経てば吐瀉物と共に体外へ吐き出すことができるでしょう〉
説明を聞いている間に痛みは引き、むしろ身体はいつも以上に軽くなったようだ。
地を跳ねるようにして走り出し、ようやく人工物らしきものが目についた。
「おい、生きてるか!?」
縦に突き刺さったポッドの元へ行き、掛かる砂を払い除けポッドを覗き込むと碧い髪の童顔の少女がそこにはいた。
まぶたは少し腫れ 目じりからは乾いた涙の跡は、この棺桶ほどの狭い空間で起きていたことを察し、出来るだけ優しくゆっくりと台詞めいたものかけた。
「助けに来たよ」
そう言うと、驚き固まった儚げな顔は泣き崩れ喉の奥からひねり出したような声をあげる。
それから数分落ち着き平静を取り戻した彼女はようやく言葉らしい言葉を発した。
『船内ID037 間山 依由です 』
首元にかけたタグをこちらへ見せる。
船内ID!?ダメだ、ここで正体不明の男なんて彼女をまた不安にさせてしまう。そう思い即座に取り繕った
「俺は....星野 守」
「タグは失くしてしまったんだ。」
しかし気にする素振りもなく返す。
『ごめんなさい、一体ここはどこなんですか...それに船は...』
説明すると長くなる上に、順序立てたところでこちらもわからないことだらけだ。
それに同じ状態の方がきっと共同意識が強まるはずだ。自分の中で言い訳を立て言う。
「俺にもまったく」
彼女は髪同様に蒼い目を潤ませ子猫のように震えている。
それもそうだ、実のところ俺だって足は震え今にだって泣き出しそうだ。
ここで下手に悲観的なことを口から滑らせてしまおうものなら両者ともに再起不能になることは目に見えてる。
意を決し頭の中のアーカイブを掘り起こし、キザで熱い男像を作り演じ始めた。
「大丈夫 依由ちゃん、絶対に助けるから」
『星野さん...!』
キラキラした視線を受け掴みはできた。とはいえ助かる見込みは延々流れ続ける一曲だけ。
このままポッドを引きずるなんてこともできない、それに何より早く彼女をこの狭い場所から出してあげたい。
無い知恵絞り頭を働かせるがたった一つしか思い浮かばずポッドに寄りかかった。
『あの....ごめんなさい、大丈夫ですか?』
「少しね、少し休ませてもらってもいいかな」
『あっ、そうですよね!ごめんなさい』
よく謝る子だ。
思わず微笑み膝を打ち立ち上がり腹の底から声を出し算段を付け始めた。
「おいキルケー、ここの大気は生身でどれぐらい保つ」
〈人体に有害な毒素が含まれているため、生身での活動はお勧めしません〉
〈しかし彼女へセックスアピールによる自己犠牲から陶酔を得ようとするのであれば、おそらく30分ほどで感覚機能がマヒし意識は次第に朦朧とし徒労に終わるでしょう〉
真剣に聞いた自分が馬鹿らしい。ため息をつくと依由ちゃんへ聞こえないよう背を向けキルケーに一つ言付けし、首元のロックへ指をかけ深く息を吸い込み力を入れた。
『何してるんですか!?』
ヘルメットを外しスーツを脱ぎだすと、ポッドを内から叩き止めようと何か叫んではいるが焦りと恐怖から耳には届かない。
いざ顔を外気に曝してみるがどうってことはない、息を吐き吸い込んでも変わらない。
キルケーめ、またふざけたこと言って脅してきたに違いない。据えた覚悟が杞憂に終わり、依由ちゃんの顔を覗き込むとまた涙を流し首を振っている。
「大丈夫、さぁ息を止めて」
ポッドを開け、嫌がる彼女の手を引きスーツを着せた。
「中は汗臭くない?」
『どうしてこんな無茶な!』
気を揉まぬように冗談めかしたが、届いていないようで縋りつくようにして俺の胸へ掌を当て泣いてる。
肩を掴み離すし言い聞かせるようにして言った。
「歌通り、キザでも無茶でも‘’なんでもあり‘’さ」
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