Big Girls Don't Cry その2

歩き始めて随分経つが気遣ってなのか、それともかける言葉が見つからないのか一言も喋らぬまま歩き続けている。


しかし良きにつけ悪しきにつけ、こちらはベラベラと取り繕うほどの気力はなく、頭痛にめまいと吐き気のちゃんぽんで今にも意識が飛びそうだ。


歩みを止め膝に手をつき休もうとすると、すぐさま依由ちゃんは身体を支えてくれる。


「大丈夫ちょっと疲れただけだから」


やせ我慢で強がってはみるが子猫のように見つめるその顔は少しづつ青ざめた。


『守さん...鼻が!』


驚く彼女に遅れてポタポタと垂れる血に気づき、顔を背け袖で血を拭き取るが頭の中では死への不安は拭えず泣き出しそうになる。


でも、それでも、ここで心崩れれば彼女へどれだけのトラウマを与えるかなんてことは痛いほど分かってるつもりだ。


より一層歩みを早め前へ前へと進む、が依由ちゃんは掴んだ手を振り払いヘルメットのロックへ手を伸ばす。


『まだ今なら間に合います!守さんが着てください!』


「それだけはやめてくれ、頼むから…」


「このまま真っ直ぐ行けばきっと…」


再び前へ踏み出そうとした足に力は入らず顔から倒れ、心臓は足掻くようにして打ち鳴らし耳に響く。


依由ちゃんは身体を仰向けにし、揺さぶり呼びかけスーツを脱ごうとしているがロックスイッチは反応しないようだ。


やっぱり優しい子だ。キルケーにロック解除を出来ないよう頼んでおいて正解だった。



心音は次第にうるさいほど高まり、身体の感覚は遠のいていく。


もし向こうで姉さんに会ったらどうしよう。許してくれるかな。なんて声をかけよう。


期待からか脈は強く地面に響く。


『守さん!助けがきました!頑張って!』


違う、これは心臓の鼓動じゃない。近づいてくるそれに照らされ目の前は瞼を落とすより早く真っ暗になった。







誰かが足を持ち上げ、さらに手が背に回り運ばれ出しどこか室内に運び込まれたかと思うと、大量の水が全身に噴射され洗い流されると再び移動し静かないい香りのする場所に落ち着いた。



何かを口にあてがわれ、流れてくる酸味ある液体を飲むよう促され一口胃に流し込むと光が目に差し込んでくる。


目が慣れると自身の両膝を開け太腿を枕代わりとする依由ちゃんが覗き込んでいる。


また泣きそうな顔で「ごめんなさい」と口をパクパクしている。本当にこの子は...


深く息をつき、残ったものを全て飲み干すと先ほどまでの不調が嘘のように澄んでゆく。



首を上げ周囲を見ると幻覚剤が入っていたかと疑う光景だ。それは20畳ほどの、それもとても一般的な中流家庭のリビングだった。


「ここは....」


『ここはスペースギャリーの中です』


依由ちゃんは頰に手を沿わしジッと見つめている。


『ごめんなさい私のせいで、もう大丈夫ですよ』


1/fゆらぎそのもののような声で言うと、彼女の唇が額に触れた。


あ、あ....


どもり、言葉さえ出ず赤面すると伝染するようにして彼女の顔もリンゴのように赤くなっている。


本能は甘美な瞬間を再び求めこちらから顔を再び近づけようとすると、大きなカウチから赤毛の頭が立ち上がりこちらへ向かってきた。


「照美!」



葉山 照美、彼女は船内とは打って変わってぴっちりとしたインナースーツの上にカーディガンを羽織った姿でこちらへ歩み寄る。


身体を起こし、どこか取り繕うようにして気を持ち直す。


『調子はどう?』


「まぁなんとか...そっちは大丈夫だったのか⁉」


こちらの心配をよそにポケットに手を突っ込みながら、彼女もまた鼻先が触れ合いそうなほど顔を近づけ思わず目を閉じると、照美の手は両肩から手首へ流れる。


いまや共に死線を超えた仲だ。感動の再開にあらぬ期待を抱いていると、俺の両手首を瞬く間に結束帯で縛り、彼女はあの笑顔が嘘のように冷たい目を向けていた。

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