Livin For The Weekend その2

無機質な白い廊下に壁、新車のような良い匂いが広がる横に広がった六角形の通路。


見覚えのない服に包まれ気づけばそこにいた。


異様なほどの静けさと人気の無さからくる不安から逃げるようにして前へと進んだ。




長く飾り気のない一本道の通路の奥に扉らしきものを見つけると歩みを早め、目前に迫ると


扉はスライドし廊下と同様真っ白な空間に赤いジンチェアがいくつも並ぶ広間に出た。



部屋の中心には大きな柱、そして壁には小窓がいくつかあるのを見つけ


急ぎ駆け寄るとそこには見たことのない光景が広がっていた。


青白い空間の中で、まるで子供のころテレビで見たテールランプのストリーク現象のように


光の線が伸び、あみだのように進んでは分かれ、また現れては消えていく。



勘違いじゃない、CGなどでは生じえない実在感を目にして認めざるを得なかった。



俺は今、宇宙にいる!!



その現状を受け入れようと頭を抱え割り込んでいると、中心部の柱の奥からオールディーズのメロディが漏れ聞こえてくる。


ゆっくりと気配を消し覗き込むと、ジンチェアで背を丸めた女の子が頭にヘッドホンを掛け座っていた。


赤みがかった栗毛が肩で結び膨らんだカントリースタイルのツインテール。そして羊のようにモコモコとした薄いピンクのルームウェアから細く締まった脚が山を作っている。





彼女の綺麗な顔立ちと、この寄る辺ない状態も相まって喜び勇んで駆け寄り、彼女の肩へ走る勢いそのままに手をかけた。


『キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』


金切り声を上げ座ったそのままの姿勢で跳ね上がり、バキッとなにかが割れる音を立て後頭部から床へ落ちた。



「ご、ごめん驚かせるつもりじゃ」


伸ばした手を引き慌てている間に、彼女は頭を擦り立ち上がるとこちらへ詰め寄った。


『なんで起きてるの!?次の当直まであと3サイクルあるはずよ!それに起床通知は...っていうかあんた誰!?』


勃然として畳みかけると、自身の頭にヘッドホンがないことに気づいたようだ。


足元に目をやると、そこには彼女のヘッドホンが中心で割れ見るも無残な姿で転がる。


ゆっくりとしゃがみ込み、それを大事そうに拾い上げると小刻みに震え始めた。


泣いてる間違いない、誰が見たって。責任の所在がどちらにもないとわかってはいてもここは謝るべきだと詫びの言葉を探していると


彼女はすっくと立ち上がりこちらに背を向け一歩進むと立ち止まり、気づいた時には俺の体は地に伏し倒され頬に強い痛みが。


何が起きたのか少し経ってから気づいた、この女は振り返る勢いそのままに軸足を右足から左足に切り替え、大きく弧を描き右足を頬に向かって食らわせたのだ。



『許さないから』



カポエラじみた蹴り技で呆気にとられていると、どちらのかは分からない。雫が顔から落ちていくが床に触れることはなく



室内の明かりが赤い非常灯に切り替わり警告音が鳴り響く。


〈ホワイトホール通過 目標地点到達まで20分〉


『どういうこと!?』


二人の足は床を離れバランスを崩し慌てふためきジタバタすると再びシステム音声が流れた。


〔警告 メインシステムダウン 重力消失〕


女は極めて冷静に衛星のように浮くタブレットを取りなにかを確認しているようで、


思わず彼女の服の端を掴み手繰り寄せるようにして足にしがみつくと


『どさくさに紛れて何してんのよ!』


「そ、そんなつもりじゃ」


『いいからさっさと離れて!』


しがみついた俺を振りほどこうと足をばたつかせていると、すでに天井近くまで浮き上がると再び音声が。


〈予備電源起動 重力を再セッティングします〉


その後、浮遊感は消え、彼女もろとも落ち下敷きとなった


後頭部を打ちチカチカと目の前が明滅し痛みが走る中、顔に押し当たる柔らかさと匂いにどこか原初的な幸福を感じる。



彼女はすぐさま起き上がり彼女は再びタブレットを確認すると愕然とし肩の力を落とし小さくつぶやいた。


『こんな事例知らない...』


しかし瞬間、意を決するように叫んだ


『コード:パープル!』


すると船内の灯りは毒々しい紫に変わり、床のパネルがせり上がり中から潜水服のような出で立ちの宇宙服が二着現れた。


全身は白く手足にはダマスク模様のレリーフがあしらわれ、背にはランドセルのようなものが取り付けられている。



事態の急変に戸惑い助けを乞おうと彼女に目を向ければそこには突如として服を脱ぎ捨て下着姿で立つ彼女。


目を離すなどということもせず、視線を上下に反芻するがそれを邪魔するように船は揺れ態勢を崩すと彼女は即座に宇宙服に身を包み


折れたヘッドホンを大事そうに抱え広間を走り去ろうとするのをする彼女を呼び止めようとする。


「待って!」


初めて幼稚園に預けられた子供のようだと自覚してはいるが心許なさが声を止めずにいた。


「俺はどうしたらいいんだ!」


彼女は呆れた顔で立ち止まり、足で宇宙服を蹴り倒し


『こんなときに記憶障害!?とにかくこれ着なさい!ほら!』


そう言い残し一人取り残されると、再び船は大きく揺れ我に返ると手探りで宇宙服を着ると、初めての密閉感と息苦しさに呼吸が早くなる。


背部から大きな機械音と共に内部の空気を排出し同時に新たな空気が内部に満たされ、スーツ内部はスッと快適な空気へと変わり息苦しさから解放された。


続けて目の前のバイザーに温度や心電図、時間など複雑なユーザーインターフェースが展開していき、耳元から先ほどの女の声が聞こえてくる。



『いい?簡単に説明するからまっすぐ走りながら聞いて!』


彼女の焦り気味の声に掻き立てられ慣れぬ宇宙服で部屋から長い一本道の廊下へ出ると、煙が上がり火花散り赤い警告灯が回り続けている。


素人目にだってどれだけ切迫した状況かはわかる。不格好にもがしゃがしゃと音を立て走りだすと合わせて彼女は話し始めた。


『主要機能が原因不明の停止で現在星の引力で落下中、私はなんとか船の機能復旧を試みるから


あんたはクルー全員をロプロスに運んで!』


つるべ打ちで現状説明が済むと09:99と緑に表示されタイマーが作動しする。


突き当りに差し掛かり立ち止まり聞く。


「おい、ロプロスってなんなんだ!?それにこのタイマーは!?」


『そこを右!それから上に2階』


にべもなく素早い指示で質問は遮られ


『とにかく順路送っといたから、ポッドルームに向かって!』


健闘も励ましもなければ断りもなく通信は一方的に切られてしまう。



呆然としているとヘルメットのモニターに船の見取り図とあの女が設定した目的地へのナビゲートが始まった。



全長400mの独鈷杵の様なフォルム、船頭にはブリッジや船長室、中心には居住区、船尾には貨物室や様々なシステムを司る機関部などが集まっているらしい。



先ほどまでいた広場は船の中心部にあるレストルームからポッドルームまで100mほど。


先ほど言っていた「ロプロス」とは中型シャトル機の名称のようだ。ここにクルーを運ぶなんてどうやって...



息を切らし揺れ続ける船の中を壁伝いに走り、梯子を上り、再び走ること数分。


目的地のポッドルーム描かれた扉の前へ辿り着き、中へ入るとそこは体育館ほどの広さに薄暗く、辺り一帯にはヤシの木のようなものが何十本と生い茂り、足元には冷気から靄が溜まっており小雨降る密林のようだった。


ヤシの木の葉へ目を凝らすと一本につき二台のポッドが実のようにくっつき、中には人が眠っているようだが暗く顔は見えずにいる。



すぐ側には角錐台のコントロールパネルが一本立ち、近づいて触れようとすると再び彼女が話し始めた。



『着いたわね、そこのポッドツリー50本すべてロプロスに送って。そうそのタブから』


言われるがまま彼女の指示に通りに進めると、ポッドツリーと呼ばれるヤシの木は葉部分がポッドを包む形で垂れ、靄の中へと消えるようにして下りていく。



慌ててパネルを見ると、船内図が映し出されロプロスへとツリーが送られていく様子が映し出され胸を撫で下ろすが、


地表へ落ちるまでのカウントは既に五分が経ちカウントダウンの色は黄色へと変わっていた。急ぎ次から次へとポッドを運び出していると船は強く揺れ、尻餅をつくと目の前の床が爆発しその衝撃で吹き飛び身体は壁に叩きつけられた。




ポッドルームの中心には大穴が開き、部屋中のものを吸い込み始めていく。


ツリーは爆発の衝撃で将棋倒しに折れ穴の中へと次々に吸い込まれ、自分までもが宙に浮き引き込まれようとする。



がむしゃらに手足を振り回し無傷のポッドツリーの幹へしがみつき


目を閉じ歯を食いしばっていると、床の大穴に膜のようなものが張られ地面へ落ち放心したまま動けずにいると彼女から通信が来た。


『今のは何なの!?』


しかしなにか口に出すほどの余裕さえなく意識を持たせようと落ち着いていると


倒れたツリーから転がったポッドに―手を伸ばそうとすると、天井から瓦礫が降りかかり隙間からはツリー内を循環する栄養液が血と混ざり青と朱は混じる液体がこちらに向かって流れ出る。


その光景の既視感は胸をこみあげさせ、急ぎヘルメットを脱ぎ吐き出した。


また、また、どうしようもなかった....


自失で視点も定まらず身体に力をいれようとさえできず目の間にできた液だまりを見つめているだけだった。


頭の中は姉との日々を繰り返し様々な会話を繰り返す。


『早く逃げて!』


姉さんが強く叫ぶと、ハッとしてその声は投げ捨てたヘルメットからだと気が付きかぶりなおし立ち上がった。


爆発で飛び散った破片や煙が少しずつ中心へ動き、穴を塞いでいた膜の上に溜まった大量の瓦礫とポッドツリーが負荷をかけ今にも破ける寸前に。


『隔壁を降ろして!』



目の前の惨状から背を向け這う這うの体で逃げ出し、扉の傍にあるレバーを降すと閉まる隔壁の隙間から爆発した穴の真上、その天井には大きな球根のような塊がめり込んでいることに気づいた。

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