第3話 証拠隠滅作業

 免許証を見る度にため息が出る。


 面の顔写真は当時流行ったメイク(こなれていない感満載のしかもオタクとわかる微妙な半笑い)と、ぱっつん前髪、ヒラヒラが少しついた服……若いを通り越して痛みしかない。


 じゃなく、裏を見る。


 そこには結婚しました! 離婚しました! と一発でわかる、苗字変更の嵐。


 苗字が変わると免許証の裏に手書きで苗字とハンコが押される。結婚して離婚したらその分それが増えるのだ。おかげで、本人確認のためと提出し、裏を返す度に相手が「ああ」と物言いたげな目の色になるのがはっきりとわかる。けれどほとんどの人が黙っている。いっそ振ってほしいと思うほど、「あー……結婚生活短かったんだ……あー……離婚してるんだ……」と目が物語る。


 マイナンバーも同じく、タイミングが悪かった。


 マイナンバーは私も息子も結婚時の苗字で来た。しかしその頃はすでに離婚していたのだが、おそらくタイミング的に印字を変更する事はできなかったのだろう。備考欄に手書きで戻った苗字が書いてあった。いいのか、マイナンバー。そんな簡単でいいのか。ミラクル個人情報が詰まっているのに、そんなアナログで。


 通帳もひどい。


「苗字変わったんで、変更したいんですけどー」


 渡した通帳は五分後、二本の斜線にハンコ、その上のスペースに新しい苗字と、悲しいまでに修正された形で戻ってきた。そうよね、新しくしないよね、資源は無駄遣いしてはならない。にしても、あからさまな変更に愕然とする。


 さらに母子手帳。これはさすがになんの変更もできない。かといって結婚時の苗字が記載されているのは大変おもしろくない。


 仕方がなく、修正テープで消した。息子の名前を初めて文字にしてもらった結婚時の苗字すら消した。躊躇きてはならない。結婚していた痕跡は消す。修正テープなのがしょーもないが。


 残っているのも嫌だが、修正テープで消すクオリティというのも恥ずかしい。躍起になって消した(割に、おとなしい躍起だ)と、捉えられても恥ずかしい。


 あれかな、いっそ苗字自体を廃止すればいいんじゃないかな。夫婦別姓とかもうどうでもよくて、それ自体がなければいいんじゃないかな!


 離婚してから思考回路がヤケクソだ。いっそ、こうなったら、一かゼロしかないように、何もかもなくなってしまえばいいのだウハハハハ! なぜか中二病が復活していた。


 そんな免許証も離婚して三年半後に更新できる。マイナンバーはカードにする予定だ。母子手帳は結局修正テープのままだが、今は可愛いマスキングテープもある。


 いっそ、可愛くデコってしまえば母子手帳に色が増え、オリジナリティが出るというもの。


 いっそ、こうなったら、何もかも楽しめばいいんじゃないかな! 最近のマスキングテープの可愛さは凄すぎるし、なんだったらオリジナルのマスキングテープも作れる。そうだ、ブックカバーを作ろうかな。手芸は苦手だが、ボンドで貼り合わせるのも悪くない。


 そんなことばかり言っていたせいで、気がつけば息子も「よーち、こうなったら!」と言うようになってきた。


 そうだよ、息子。こうなったら、人生やりきるしかないのだよ。そして、何かあっても修正テープがあれば消す事ができる。


 女々しくも、私は今日も苗字や持ち物の証拠隠滅に勤しんでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る